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第五話・そして、これから始まる。

 ウェンディ・フラムメント。

 享年十七、満十六歳。


 十七の誕生日を前にしてこの世を去った彼女は同い年のテオルギウス・フラムメントの妻であった。

 彼女は実家、クラリッサクリスティー家の人間でアリスティル・クラリッサクリスティー公爵令嬢の叔母に当たる人物である。

 おっとりとした優しい雰囲気を持つ女性で誰に対しても棘がなく人によっては彼女に対して苛立ちを覚えることだろう。

 自分もかつてそうであったと、エイダはテオルギウスの元で出会った少女への手紙の返しを書きながら彼女を思い出す。

 彼女と、ウェンディと出会った時のことを思い出す。




 ◇


 あれは、五歳になり王都の社交界に顔出しをはじめた年のことだった。

 この頃から既に精神的な型が出来つつあったエイダは挨拶をほどほどに社交界の会場をどうやってか抜け出してサボタージュした。

 会場の敷地内の庭にある花畑の中心にある憩いの場に幼い身を隠す。

 会場からの光が届くこの場所ならば言い訳もいくらでも使えて便利だと事前に調査していた。幼い頃からそう言う頭の使い方が彼女は非常にうまかった。

 そんな場所でエイダはウェンディ・クラリッサクリスティーと出会った。


「羽織もなしにこんなところに一人でいては風邪を引いてしまいますわ」


 そう声をかけて来た春の暖かさのような花の香りのする少女に、どうしてかエイダは反射的に嫌悪感を抱いた。

 彼女は自分よりも強かであり優れていて尚且つ同種であった。そこからくる同族嫌悪だと今なら理解できるが、性格や振る舞いといったところでは対極にある二人であった。

 同族嫌悪をしたにはしたが、不思議と互いに惹かれあった。

 その出会いより二人は個人的によく合うようになった。当時のクラリッサクリティー公爵も娘が初めて自分にあの方にお会いしたいと我儘を言った時は喜びの余り跳ねそうになった。それはエイダの父である国王陛下も同じであった。

 他愛のない会話から、幼い子供がするには違和感のある貴族の力関係の話だったり金の流れについて語らうと言う異常な内容ではあったが、少女たちからすればようやく自分と同じ視点を見ている同種に出会えた嬉しさが大きくて暇を見つけては二人は予定を合わせて顔合わせをするようになった。

 そんな関係に変化が訪れ、彼女が変わり出したのは学院に通いはじめダメ男なら私もエイダのように婚約破棄をするわ、なんて言っていた彼女が婚約者に一目惚れした。


 テオルギウス・フラムメント。


 辺境伯家の次期当主で学院の中で他の男子よりも背丈が高く体格も大きくて少し彫りが深くて強面な男性。そんな彼にウェンディは一目見て参ってしまったのだと言う。


 曰く、あんな純粋な人を見たことがない。

 曰く、彼は恥ずかしがり屋だけれど言葉の端々から優しさを感じられる。

 曰く、私は彼を支える為に生まれて来たのかもしれない、と彼女が興奮してエイダに惚気たのをつい昨日のような彼女は思い出せた。


 そんなウェンディの様子に、幾人かの男子が彼女も私のように婚約は気をするのではないかと思っていたらしく残念そうにしていた。

 それからの彼女はこれまで以上に素敵であった。

 人としても、女としても。自分よりも圧倒的な高みへと昇っていった。

 しかし妬むことはなかった。

 二人はとても幸せそうだったけど、エイダを邪魔者扱いすることなく親友として共に過ごした。

 あっという間の三年間であっという間の楽園であった。

 それから、学院を卒業してすぐに二人は結婚式を挙げた。

 それから半年と経たずに国境付近での衝突が発生し、色々と問題が発生しフラムメント領の状況が怪しくなってきた。そこで彼女が実家に行き、父に支援をしてもらえるように交渉して来ますと行って馬車に乗り領を出た。


 テオルギウスが最愛の妻の死を知ったのは隣国と停戦条約を結び、この騒ぎの首謀者を隣国に差し出してからだった。




 ◇


 エイダから返って来た手紙には故人、ウェンディ・フラムメントについて軽い略歴と客観的な人物像が書かれていた。

 本当なら自分ではなくこの屋敷で彼と共にいるべきであったテオルギウスの最愛の人。そう考えると読まなければ、尋ねなければ良かったと後悔する気持ちが出て来る。

 私はウェンディという彼の妻がいなかったから引き取って貰えたのだ。それは彼にとっては自分の傷ついた心を癒す為の自己満足的な行為だったのかも知れないが、エレナにとっては一生を彼に捧げ、彼と共に歩んで行きたいと、今は隣を歩き寄り添いあいたいと願う。

 これも全て彼が彼女を失ったお陰である。


 自分は嫌な女なのかも知れない。


 それに最愛のまま亡くなってしまうなんて卑怯だ、ともエレナは思ったのも自己嫌悪に拍車をかける。

 けど、きっとウェンディも死ぬつもりなんて微塵もなかったに違いない。

 しかし、彼女は死ぬことによってこれから彼が死ぬまで彼の中から消えることはないだろう。


 なぜなら、彼は一途で純粋だ。


 エレナをして見ても、少しだけバカなんじゃ?と微笑ましく思うような事をすることもある。

 しかし、そんな彼だから一度心に決めた相手が亡くなったのだとしても決して忘れることはないだろう。

 死んでしまったから、それだけでテオルギウスの中では彼女が最愛だったと言う評価が絶対になってしまった。

 だから、ズルいと思った。

 彼のことを好きだからこそ最初から勝負すら始まっていない。対戦相手は宣戦布告するも何も出来ることなく、愛の争いなんて始まる前から終わっていた。


 けど。

 けれど。

 それでも。


 既に終わっていたとしても、結果を変えることは出来るかも知れない。

 私が彼を好きなだけではいけない。

 彼から彼女を忘れさせる訳でも、彼女の代わりなんてそんてそんな立ち位置に収まりたい訳じゃない。

 私は私として彼の横に立ちたい。

 彼に好かれたいのだ。彼からも愛されたいのだ。

 娘のように愛しているではなくて、一人の女性として愛して欲しい。


 エレナは手紙を机に置いた。

 この気持はこのままには出来ない。放置などしてしまえば、自分の心が壊れてしまいそうだ。

 結果がどうなってしまうか、これから何が変わるかも知れないと言うことも分かる。

 けれど、エレナはテオルギウスのいる場所を目指す為に自室の戸を開ける。


「――……エレナさん、エイダお姉様からお手紙来たって聞いたんですけど」


 部屋を出ると戸を叩こうとしていたシャーロットがいた。

 今まさにノックしようというところだったのか、少し驚いてるような顔を見せる。

 ここ数年で彼女が覚えたポーカーフェイスは中々のもので、親しいものでなければ彼女が本心ではどう思って動いているのか分かりづらいものだろう。


「机の上にあるわ。ちょっと私は彼に言わなきゃいけないことがあるから先に行かせてもらうわ!」


 そう、それはエレナの立場だからこそ今更であっても急ぎたくなる事である。


「え?あ、うん……」


 返事をするまでもなく廊下の奥へと早足で行く彼女を見送り彼女部屋に入り、エイダからの手紙を手に取った。




 ◇


 テオルギウスは丁度執務室から出てきたところであった。

 そこへ少し早足で、澄ました顔をしているけど、少し怒ったような怖い表情のエレナがやってくる。


「テオルギウス様、少しお話をする時間はございますか?」


 今日やらなければならない確認作業も署名すべき書類も終えているし、テオルギウスは少し何もないよな?と天井を見てからエレナの顔を見て大丈夫だと応える。

 そうして二人が来たのは団欒室。

 家族と過ごすための派手過ぎず飾り過ぎず落ちつけるような色合いと装飾の家具を置いてあるその部屋にこの数年でだいぶ彼女たちの私物も持ち込まれたものだ。

 手鏡や櫛であったり、彼に刺繍を入れて貰うために用意した無地のハンカチだったり。


「それで、エレナ一人で僕に改めて話って珍しいね。どうしたのかな?」


 圧力を感じるような巨漢でありながら、その声と表情は優しげだ。

 そのギャップのようなところも彼の魅力であると彼を慕う者は口を揃える事だろう。

 そして彼も数年も一緒にいれば、少女がいつもと違う雰囲気であることは用意に察する事ができる。


「先ず、テオルギウス様に謝らせて下さい」

「どうして―――」

「エイダ様に無理に頼み……テオルギウス様の亡き奥様について教えて頂きました」


 ―――ああ、うん。

 と彼は別段特別な感情を表に出さなかった。

 なんとなく、いつか聞かれるのではないかと彼は彼で予想していた。


「この頃テオルギウス様がウェンディ様の名前を呟くのを耳にして私は嫉妬してしまいました」


 今は私が彼の前にいるのに。今は私達が彼を愛しているのに。

 どうして知らない女性の名前を口にするのかと。

 それならいっそのことその姿も魅力も知っているエイダの名前であればどれほど心が乱れずに済んだことか、と。

 少女は見ず知らずの女性に嫉妬して改めて自分の気持ちに向き合う事になった。

 それは手紙を読んでからの数十分と短く思う時間であるが、おおまかな答えを知るには十分であった。


「……私は、テオルギウス様のことをお慕いしております」


 そう口にした少女の表情は大人の女性と遜色が無いように思えた。その顔は、どこかエイダにも、彼女は知らないはずのウェンディの浮かべる表情とも似ていた。


「エレナ……」


「今は私のことを愛せなくても構いません」


 それは嘘であると誰にでも分かる。

 けれど、どうしてか。

 彼にはこれから口にする彼女の言葉に勝てる気がしてこない。


「近い将来、私は必ずテオルギウス様のご寵愛をいただけるようになります」


 未だ成人の歳まで数年あるというのに。本当は不安であるのに関わらず、それを押し殺し自信を持って宣言する。

 そんな彼女の言葉に、テオルギウスは初めてエレナを娘のような子と言う認識を外して一人の少女を見る。

 自慢の娘から、優秀な女性を見る目に変化し始める。

 今は僅かな変化であっても、彼が彼女の本気を知ってしまったのなら最早変化は止まらない。


 もう、親子のような二人には戻れなくなる。

 テオルギウスがエレナを愛せるようにならなければ、二人の関係は数年のうちに終わりを迎えることになるだろう。

 これは賭けである。

 既に恋敵とも言える相手がいないなら、意中の人物が自分に愛を向けてくれるか。


 そんな、彼と少女の愛の博打だ。


「分かった。僕がエレナを愛したなら、―――僕は君と結婚しよう。約束だ」


 そうテオルギウスは柔らかな笑みを浮かべながらハッキリと返答する。

 賽は振られる。


 しかし、この場に彼のことをよく知るエイダかウェンディがいればこの勝負の結果など、彼からそんな台詞が出た時点で結果など見なくても分かるようなものだというのだろう。

 彼は無理な約束はしないし、嫌なことは顔に出るし口や態度にも出る。

 であれば、である。


 これは彼女たちが学院に入学する半年前の事であった。




 ◇


 余談となるが、抜け駆けされたシャーロットはしばらく間、拗ねてエレナの世話という仕事をサボってシャーロットに本気で嫌われたと思ったエレナが泣き喚きながら彼女の給仕服を涙と鼻水で汚すことになった。

一応これでプロローグっていうか本編前の大まかなお話は終わりです。

蛇足編その1・完!と言ったところ。

学院蛇足編もやるところピックアップしてちょいちょいっとやりたいなぁとは思います。

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