19.今年のバレンタインデー その2
「で、なんでこんなに遅いんだよ!」
俺は人気の少ない上野駅構内で怒鳴っていた。
相手は無論莉里亜である。
首都圏のターミナル駅のひとつで大声を出すという馬鹿丸出しをしていることになるが、これも仕方の無いことなのである。
なぜか?それには至極全うの理由がある。
「到着する時間がわかったら連絡をしろと言ったのに、その後連絡は無く、気がついたら午後11時すぎ。鈍行を使っても4時間ぐらいで到着できる距離に何分かけてんだよ!電話しても一向に出ないし。」
途中で帰ってやろうかとも思ったが、終電ギリギリまで待ってやろうと心の広い俺は思って待ち続けた。
結果として俺は上野駅構内のカフェで5時間近くも時間をつぶすことになってしまったのである。
「めんごめんご。いやー大変だったんだよ?人身事故と車両故障と架線切断と国鉄ストが同時に…」
「本当のことを言え!」
もしかしたらと思って鉄道の運行情報を調べていたが、首都圏内の列車に遅れが発生することは無かった。
そもそもなんだよ、国鉄ストって。現代において起きるわけねーだろうが。
「いや、帰りがけに学園の最寄り駅の掲示板にあんこう鍋のポスターが張ってあったからつい…。」
俺は莉里亜の頭にチョップを決めた。
といっても本気ではない。実力の50%くらいしか出していない。
ちなみに莉里亜の身長は俺より低く160センチあるか無いかである。実に叩きやすかった。
「痛っ。ちょ、何すんのよ。」
どうやら莉里亜には痛かったらしい。
「人を待たせておいて鍋を食べに行く人間にはちょうどいいと思うがな。」
さすがの俺も少々頭にきている。
すると今までなんとも無かったような莉里亜の態度は一変、急に雰囲気が変わったかと思ったら、
「う、悪かったよ陸。本当にごめんね。」
なんと莉里亜が頭を下げて真剣に謝罪してきた。
今までノリで『ゴメンゴメン~』と軽い謝罪はいままでも何度もゲーム内で受けてきたが、本気で謝ってきたことなど皆無に等しかったのである。
「正直まだまだ言いたいことは沢山あるのだが、時間が無いから用件を話してくれ。」
首都圏といえどいつまでも電車が走っているわけではない。
俺も後10分ほどでまーるい緑に乗らなければ、乗換駅で終電を逃してしまうこととなる。
「え?出来れば今からカフェでもと…。」
「誰のせいで時間がないと思っているんだ!」
と一様怒ってはいるものの、内心ではあまり気にしていない。
ゲームの中では俺たちはいつでもこんな感じだったからだろう。
今回の件も相手が莉里亜以外の人物だったら間違いなく帰っていただろう。
「そっか、それは残念。」
すると莉里亜はコートの内ポケットからハート柄の包装紙に包まれた小箱を取り出して。
「これからもよろしくね、陸。」
そういって、俺にその小箱を渡してきた。
「え、これって。」
「チョコだよ、チョコ。せっかく作ったから渡したくて…」
すると莉里亜は顔をかすかに赤らめて下を向いてしまった。
「あ、ありがとな、莉里亜。」
きっと俺の顔もつられて赤くなってしまっているだろう。
お互い気恥ずかしい。
それからしばらくの静寂。
聞こえてくるのは自動改札機の音とホームからの発車メロディ。
「じゃ、じゃあ私時間があれだから。」
「お、おう。気をつけてな。」
気が着いたときには莉里亜のポニーテールはホームに続く階段の影に隠れていってしまった後だった。
俺は追いかけようとしたが、その足は別のホームに向かっていた。




