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女になれば完璧だね

 玄関の扉を開けると、白のハーフプレートを着込み腰に帯剣をしているシュッとした好青年が立っていた。なかなか感じのいい青年だ。たぶん俺と同い年くらいだろう。

 どうぞ、とエムトさんを迎え入れブルーノと勝負していた食堂に向かった。


「ブルーノ、お客さん」

「誰?」


 少し不機嫌そうだ。引きこもりをこじらせて他人に壁を作りまくっているせいだろう。


「第三騎士団所属のエムトと申します。ドラゴンが想像以上に手ごわく、本陣を抜かれてしまったので王都直前にて迎撃の必要が生じました。そのご助力をぜひお願いしたく参上いたしました」


 なんとアイーシャさん達は討伐失敗してしまったのか。無事だといいが……。

 しかしそれならブルーノごときが加わっても大して変わらないんじゃないだろうか?


「やだよ税金泥棒。僕に尻拭いさせないでよ」


 そのセリフは働いて税金払ってから言え、ブルーノ。


「陽介、早く勝負の続きしようよ」


 と誘ってくるが、


「アイーシャ様からの言伝を預かっております。”もし迎撃に参加しなかったらあんたの部屋をあんたごと土で埋めるわよ”とのことです」

「すぐに行こう」


 我が家の絶対暴君のお言葉には何人も逆らえはしない。やると言ったら絶対やる。二十五年も弟をやっているならそんなことはすでに魂に刻まれているだろう。


「表に馬車が止めてありますので、お早くお願い致します」


 エムトは足早に外に出て行った。ブルーノも自室に戻りローブに着替えてきた。この間洗濯したからまだ臭くはないな。

 せっかく有利に進められていた勝負に水を差されてしまい残念な気持ちになる。


「陽介もさっさと行くよ」

「え? 俺は行く必要ないだろ。足手まとい以外の何物でもないぞ。むしろ避難したいんだが」

「えー、さっき見たいって言ってたじゃん」


 この国の総戦力を抜けてきたほどのドラゴンだ。そんなものを見に行ったら命がいくつあっても足りはしない。好奇心は猫をも殺す。警戒心で猫耳少女と生きる道を選ぼう。猫耳少女と知り合うことからまず始めよう。


「僕が行くんだから大丈夫だよ。天才だよ? 僕」

「お前はただの変態だろうが」

「いいから行こうよぅ」


 ブルーノはクロシュードの駒をさっさと片づけしまった。やっと勝てそうだったのに……。

 腕を無理やりに組まれ外に連れて行かれる。

 魔法で身体強化してやがるな。まったく腕を振りほどけない。さては知らない人達の中に一人で行くのが嫌なんだろう。

 ずるずると引きずられて外に出るとエムトさんが御者台に乗ってこちらを見ていた。


「お二人ともお早くお乗りください。いちゃいちゃするのはドラゴンを倒してからでお願いします」

「あんた真面目な顔して何勘違いしてんだ!」

「違うのですか!?」

「ちっげーよ!」


 心底ビックリしている様子だ。こっちがビックリだわ。


「照れちゃってもう。僕達はもうラブラブなんだからあとは陽介が女になれば完璧だね」

「お前ほんっと気持ち悪いな!」


 はーなーせー、と叫ぶも馬車に連れ込まれすぐに走り出した。

 がたごとと揺られながら街道を進む。走り出してすぐに腕を離してくれたがすでに結構な速度で走っていて降りるに降りれない。もうあきらめてついていくことにした。


「てか、夜だからよく見えないんじゃねーの?」


 座席に座り、外を見ながら疑問を口にした。空には雲一つなく三日月ときらきら輝く星が見えるが薄暗い。月は元の世界とは違い二つ浮かんでいるが……。


「近づいてきたら照明魔法を使うと思うから大丈夫じゃない? だよね?」

「はい。その手筈になっております。その後、移動式バリスタと魔法で撃ち落としたのち重騎士で取り囲み仕留める予定です」

「姉ちゃん達がその作戦を失敗したから今の状況に陥ってるんじゃないの?」

「お恥ずかしい話ですが否定のしようがございません」


 エムトさん、ブルーノなんかに敬語なんて使わなくもいいのに……。


 街はいつもと同じような僅かな夜の喧騒が聞こえてくるだけだった。どうやら住民達はドラゴンが迫っていることには気付いていないようだ。

 十分ほど馬車に揺られていると正門が見えてきた。門はすでに開け放たれておりそのまま走り抜ける。門を通り過ぎるとすぐに夜の暗闇から一転、昼間のような明るさになった空に目がくらんだ。

 ヒヒーン、と馬が悲鳴を上げて馬車は急停車する。徐々に目が慣れ前方の空を見上げると遠くに巨大な真っ赤なドラゴンが悠然と飛んでいた。


「おお! 生ドラゴンすげー! でけー! かっこいー!」


 その壮大な姿に感動を抑えきれず子供のようにはしゃいでしまった。あのドラゴンは西洋風だが、もしこの世界に中国風のドラゴンがいるなら是非見てみたい。願い事をかなえてくれるならなお良しだ。

 王都から少し離れたところに展開されている部隊が小さく見えた。彼らは下からドラゴンに対して魔法と矢による攻撃を加えている。水柱がドラゴン目掛けて立ち上り、続いて稲妻が地面から空に走る。バチィ、と大気を揺るがす爆音が聞こえてくるがドラゴンには効いているように見えない。続いて氷の塊が絶え間なく射出された。流石はドラゴンの生命力といったところだろうか、ほとんど命中しているはずなのにまったく動じていない。


「ブルーノ様、本隊への合流はあきらめここで迎撃の準備をしていただいてよろしいでしょうか?」

「まあそれはしょうがないよね。街はどうせアスランの爺さんが防壁張ってるんでしょ?」

「はい、万が一のときに備えてアスラン様は王宮で王都の防衛に勤めております」

「本当に万が一になってるんだからどうしようもないね」


 エムトさんはなんともいえない表情をするがブルーノは気にせず立ち上がった。

 馬車からけだるそうに降りると少し離れたところまで歩いて行き、どこからか取り出した杖を地面に突き立てた。

 くるくると踊るように魔方陣を描き始める。見ている分には適当に描いているようにしか見えない。


「すごい、流石ブルーノ様」


 それを眺めていたエムトさんが感嘆の声を上げているがきっと聞き間違いだろう。あいつがすごいのは部屋を汚くすることと睡眠時間の長さだけなのだから。

 完全に手持無沙汰だったので、アスランって誰? と聞いたら、筆頭魔道士様です、と少しあきれた様子で答えてくれた。知らなくたってしょうがないじゃない。異界人だもの。


「あのドラゴンちょっと変だね。攻撃が体の表面ではじかれてるように見えるよ。魔力量も尋常じゃないし」


 ブルーノのやつ目がいいなぁ、と思っているとドラゴンの首が大きく振り上げられ口が赤く輝きだす。振り下ろされたと同時に王宮めがけて光線が放たれた。バリバリバリッ、と甲高い爆音が耳に届く。思わず耳を塞ぐが耳の奥がキーンとなって少し眩暈がしてきた。慌てて振り返ると王都を球状に囲むように青白い膜が生じておりドラゴンのブレスを防いでいる。あれがアスラン筆頭の防壁というやつだろう。

 どうやら完全に防ぎきっていたがあれはあとどれくらい耐えられるんだろうか?


 何あれ……。やだドラゴンこえー……。来るんじゃなかった……。


 ブレスの威力を目の当たりにして恐怖が呼び起された。

 街の方から悲鳴や怒声が聞こえてくる。どうやら住民たちが気付いたようだ。いや気が付かない方がおかしい。


「まずいですね。魔法障壁が一発であそこまで破壊されてしまうとは……。これだとすぐに障壁を維持できなくなるでしょう。ブルーノ様、お急ぎ願います」

「はいはい」


 もうすぐ王都は真っ裸になるようだ。しっかり! アスラン筆頭!


「でも完全にあいつら無視されちゃってるね。頑張って攻撃してるのに」


 迎撃部隊の本隊は下から引切り無しに攻撃を仕掛けているが見向きもされていない。ドラゴンから反撃すら受けていないのだ。ドラゴンは彼らを無視してこちらに飛んできており、もうすぐ王都にたどり着いてしまうだろう。

 国の守りに残ったのだからそれなりの実力はあるはずだとは思うが少し哀れに感じた。


「王宮を狙うとはやはりマギラスの仕業なのでしょうか?」

「それはないと思うよ。あんな強力なドラゴンを手懐けてるならわざわざ単騎で攻めてくるわけないでしょ。よし、完成っと」


 どうやら魔方陣を描き終わったようだ。直径十メートルほどの大きさ魔方陣から赤黒い光が立ち上る。すごい、とエムトさんがつぶやいていたがこれには俺もそう思った。淡く輝く光の中心でたたずむブルーノ、その幻想的な光景を俺達は熱に浮かされたように見入っている。

 ブルーノがドラゴンを見上げて詠唱を始める。


≪深い谷に蔓延りし寂寥よ、長き時を廻り大地へと広がれ、何人も訪れぬ孤独を噛締め、無為に流れだす魂を留めよ、死は安息の揺り籠となり、新たなる生に希望を託せ、今揺らぐは其の力、今降るは其の心、全てを虚無へと還らせん≫


 詠唱を終えると魔方陣から強烈な光が立ち上り、ほぼ真上まで迫っていたドラゴンを包み込んだ。


「ギャオォォォォ!」


 耳をつんざく悲鳴をあげ、ドラゴンが暴れだす。ドラゴンの背中から何かが放り出され街の方に落ちていくのが見えた。うにゃぁぁ、という叫び声が微かに聞こえた気がした。

 ――ドォォォン!

 と音を立ててドラゴンが落下した。いつの間にか駆け出していたエムトさんがドラゴンに斬りかかっている。ドラゴンも反撃しようとしているが全く立ち上がることができず翻弄されている。


 ――オオオオオオッッッ!!

 追いついてきた本隊の騎士達が雄叫びを上げながらドラゴンに押し寄せる。激しく繰り出される斬撃の数々、魔道士から漏れ出す魔法の光。キンッキキンッキン、と剣が鱗に弾かれる音が美しい旋律を奏でているように感じた。


「僕の役割は終わったから、あとはあいつらの仕事だね」


 隣にやってきたブルーノはひどく疲れた顔をしている。それも仕方がないことだろう。まったく攻撃に動じなかったドラゴンを一発で大地に縛り付けたのだ、すごいなんて陳腐な言葉では全然足りない。


「あれって何の魔法だったんだ?」

「さっきのは対象の魔力を封印する魔法だね。ドラゴンって魔法で飛んでるから魔力を奪っちゃえば自然に落ちてくるわけ。そしたらただのでっかいトカゲだよね。あとは勝手に騎士団の連中が片づけてくれるだろうし僕は休んでるね」

「お前って、本当はとんでもない奴だったんだな」

「天才だからね」


 いつもの調子で答えると、あー疲れた、とつぶやいてそそくさと馬車に乗ってしまった。

 天才か……。今まで信じてはいなかったが本当のことだったとは……。


「キュイィィィィィ……」


 断末魔を上げてぐったりと絶命するドラゴンの上に立派な白銀のフルプレートアーマーを着込んだ騎士が立ち勝鬨を上げた。

 ――ウオォォォォッッッッ!!

 割れんばかりの歓声が起こり、皆、武器を投げ出してお互いの健闘を称えあっている。仲間をと抱き合う者、肩を組んで踊りだす者、神に感謝の祈りを捧げている者、様々だ。礼節を重んじるはずの騎士達がこれほどまでに興奮してしまうのも仕方がないだろう。彼らは己の命を懸けドラゴンという絶望的な脅威から愛すべき国を、忠誠を誓った王を、守るべき国民を、そして最愛なる家族を救ったのだから。そう、今日彼らは英雄になったのだ。


 この場にいただけで何もせずただ傍観していることしかできなかった自分……彼らを見ていると少しだけ嫉妬の念がこみ上げてくる。普段バカにしていたブルーノは本当はすごい男だった。それに比べ俺はなんてちっぽけなのか……。しかし自分の実力は自分が一番よく知っている。俺は彼らのようにはなれないだろう。ただそれでも、今日この時、この場の光景だけは一生忘れまいと心に誓った。そして彼らに少しでも近づけるように日々を過ごしていこうと心に決めた。


「陽介様、ブルーノ様はどちらに?」


 気付かぬうちに返り血のついたエムトさんが隣に立っていた。今にして思えば彼はブルーノの本当の実力を知っていたのだろう。それならば彼がブルーノに敬意を払っていたのも頷ける。


「もう馬車に乗っていますよ」

「そうですか。お疲れでしょうからご自宅まで御送りさせていただきます。陽介様もお乗りください」


 馬車に乗り込むとブルーノはすでに寝息を立てていた。エムトさんもそれに気付いたようで、


「あまり馬車を揺らさないように行きますね」


 と緩やかな速度で馬車を走らせてくれた。

 ぐっすりと眠っているブルーノを眺めていると、嫉妬、羨望、驚愕、興奮、尊敬、安堵といった様々な感情が浮かんでくる。そんな自分の気持ちに混乱を覚えながら、座席から少しずり落ちかけてローブが首を絞めつけているブルーノの体を支えて座席に寝転がす。

 その様子を御者台からエムトさんが覗き見ている。


「興奮したからってエッチなことしないで下さいよ。いちゃいちゃするのはドラゴンを倒してからって言いましたけど続きは御自宅でお願いしますね」

「あんたまだ勘違いしてるのかよ!?」


 家に着くまでエムトさんの誤解をどうにかこうにか解こうとしたが「わかってますよ誰にも言いませんから」と言って去って行ったので無駄に終わった。

 ブルーノが悪ふざけしすぎたせいだな、許すまじ。

 お返しにエムトさんがアスラン筆頭に手籠めにされているという噂を流そう。ミシェルさんに任せればすぐに広まるに違いない。

 まったく目を覚まさないブルーノをベッドに放り投げ、蹴りを入れてから簡単に明日の準備をして就寝した。

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