その手があった!
「え? なにこれ? なんですか? これ」
「うちはゴブリンを繁殖して魔石を採取してるんだよ。臭いだの、汚いだの、ゴブリンに襲われただので若い子みんなやめちゃってさ。どうにかならんかぁって知り合いに相談したら君を紹介されたんだよ。」
「え? いや、ちょっと仕事内容が想像できない……」
「うん、今日は一緒にやろうか。なれたら一人でやってもらうけど、わからなくなったら聞いてね」
ジルさんはそう言うと棚に置いてある袋を取り真下に投げつけた。勢いよく粉が舞い上がり、いっせいにゴブリン達が集まってきた。
立てかけてあった槍を手に取り鉄格子越しに、ドスッ、とゴブリンの頭に突き立てる。
ギャッ! と悲鳴を上げて絶命するゴブリン。ジルさんは槍を引き抜くとすぐさま次のゴブリンに突き立てる。
「陽介君もやってみようか。心臓には魔石があるから突いちゃだめだよ。一発でやるなら喉か頭を突いて」
ジルさんに言われるまま壁の槍を取り、ゴブリンめがけて槍を突き出す。頭を狙っているのだが体に突き刺さったり、鉄格子にあたったり、外れたり結構難しい。ジャストミートすると頭蓋骨を砕く感触が手に伝わってきて気が滅入るが、なるべく考えないようにしてがむしゃらに続けた。ジルさんが十匹倒してる間に二、三匹ほどしか倒せていない。なのに腕はもう悲鳴を上げ始めている。
二十匹ほど倒したところでゴブリンが全滅したのでいったん手を休める。これだけ倒したなら経験値もがっぽがっぽ入ってレベルが上がりまくってるはずだ。そう思わなきゃやってられない。
「じゃあ次は魔石を取り出す作業に入るよ。」
「……はい」
「魔石はこの袋に、魔石を取った死体はそっちの荷台につんで」
すでに疲れから悲鳴を上げている体に鞭を打って、ナイフを手に取り心臓から魔石を取り出す。返り血が作業服に大量にかかり血生臭いさに顔をしかめる。
ジルさんのお手本通りにしているつもりだがナイフに骨が引っ掛かりなかなかうまくいかない。心臓から取り出した魔石は肉片がついているが、小指の先ほどの小ささで青白く輝いている。
全身が血で汚れ鼻も馬鹿になってきた。魔石を取り除いたゴブリンの死体を荷台に積んで別のケージに運ぶ。
「ギー! ギャギー!」
ケージの中のゴブリンたちが死体の血の臭いに興奮しているようだ。
「この死体がゴブリンの餌になるんだ。飼料のリサイクルだね」
さすがゴブリン。共喰いなんて気にしないものすごい食欲。
この世界に知的なゴブリンはいないんだろうか?
「適当にぶちまければこいつらは勝手に食べるけど、中に入るときは誘引剤をまいてからにしないと陽介君もリサイクルの輪に入っちゃうぞ。あっはっは」
「それ、笑いごとじゃねーよ!?」
どうりで若い人が辞めていくわけだ。臭い、汚い、危険、の3Kが揃っている。
数か所のケージに死体をぶちまけながら移動をしていると、牢屋のような小さな部屋が並んでいる場所を通った。その中にゴブリンが一匹ずついる。血の臭いが食欲を刺激しているのだろう、全部のゴブリンがこっちに手を差し出してギャーギャー騒いでいる。
「陽介君モテモテだね。交配してみる?」
「は? 確かに今の俺の心は荒廃してますよ?」
素直な気持ちを伝えてみた。この荒れに荒れている心が少しでも伝わってくれ。
「あっはっはっ、違うよ。エッチだよエッチ」
「あんた何言ってんだ!?」
「ゴブリンのメスに求愛されるなんてめったにないよ。よっ! 色男! やっちゃいなよ!」
「心に拭い去れない闇を抱えて生きる気はねーよ!」
ゴブリンがギャーギャー騒いでいるのは性欲を刺激されていたからのようだ……。もうジルさんがリサイクルの輪に入ってしまえばいいのに。
少し遅い昼の休憩をはさみ次の作業に入る。血生臭い服のまま食べるご飯はほとんど喉を通らなかった。
魔力量ごとに魔石の仕分けをするそうだ。俺が魔石の洗浄をしジルさんが機械を使って魔力量を測定する分担作業をしている。同じゴブリンの魔石でも魔力量がだいぶ違うそうだ。魔石についた肉片をブラシで丁寧に洗い落としていく。
全ての魔石の仕分けが終わって本日の仕事が終了となった。作業着のまま頭から水をかぶり汚れを落とすが、すでに体に染みついた血生臭さは取れなかった。作業着から着替えて脱いだ作業着を事務所の前に干す。一週間に一回だけまともに洗濯するとジルさんは言っていた。
帰りの馬車に揺られながらジルさんとたわいもない会話をしているうちに裏門まで到着した。
「じゃあ、明日もよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「まだ交配の作業が残ってるから陽介君も今度一緒にしようね」
初仕事を終えて、体は疲労で悲鳴を上げているが早く帰って夕ご飯を作らねばアイーシャさんの拳で悲鳴を上げることになるだろう。
走らないまでも速歩きで家路を急ぐ。
早く風呂に入ってこの臭い取りたい……。
しかしジルさん、交配するってゴブリン同士だよな……?
もし違ったら明日からジルさんに向ける眼差しが変わってしまうだろう。
「どうだった? 楽しかったでしょ?」
夕ご飯を食べながらアイーシャさんおかしそうに聞いてくる。夕食は家族全員で食べるという昔の日本的なルールがあるらしく、三人揃って食卓についている。すでに俺は家族枠に入っているんだろうか?
「あれのどこが牧場なんですか。あそこで触れ合い牧場開いたら一級の戦士が誕生しちゃうでしょ」
「だって最初っから仕事内容言ったら、だいたいは断られるんだからしょうがないじゃない。まあ、陽介の場合は無理やりやらせたけど」
この人ひどい。知ってたけどひどい。
「まあ確かに楽しくなかったとは言わないですけど……」
「紹介料として魔石もらってるんだから簡単に辞めないでよ?」
紹介料だと!? 初耳ですよ? てか辞める辞めないは俺が決めてもいいの?
「疲れてるだろうからあとで回復魔法かけてあげるわ」
やだ、天使がいる! ひどいなんて思ってごめんなさい。
「だから、馬車馬のごとく働きなさい」
やだ、悪魔だった! 飴と鞭のスペシャリスト!?
「召喚機が壊れてるんだけどさ。二人とも何かした?」
黙々と食事をしていたブルーノが唐突に話に参加してきた。どうやら召喚機がなぜ壊れたのか記憶にないようだ。
「あんたが頭ぶつけて壊れるところは見たわよ」
この人すごい、さらっと自分は関係ありませんっていうスタンスとってる。ほとんどこの人のせいだったのに。
「え!? いつ!?」
やっぱり記憶にないのね……。不憫な子……。
「そうか……、ついに僕の第二の人格が目覚めてしまったのか!?」
ほんと不憫な子!
二週間ほどご飯を作り、仕事に行き、掃除をし、ご飯を作り、お風呂を覗き意識を飛ばしを繰り返す、割と平穏な日々が過ぎていた。
食品店に食材を買いに行く途中によくミシェルさんの娘さんを見かけた。愛らしいその姿を愛でつつ声を掛けると、キッっと睨まれてすぐに走り去ってしまう。しかし、建物の陰からじーっとこっちの様子をうかがってくるので確実に惚れられている。
娘さんを見かけるとき、たまにすごい形相で俺を睨んでくる執事っぽいおじ様がいるが、彼はいったい何者なんだろう。
そして正式に俺の処遇が決定した。
「なかったことになったわ」
「なんですと!?」
もしかしたら使えるんじゃないかと思いブルーノに初級の魔法の本を部屋で読んでいた時にアイーシャさんがやってきてそう告げた。夕食のときに微妙な顔をして俺を見ていたのはそのせいか。
最近自分の耳に信頼がおけない。あり得るはずのない言葉ばかりが入ってくる。俺の耳の検問官は何をしているんだろうか。
「正確にはブルーノが召喚を行った事実はなかった。陽介君はたまたま異世界から我が家に流れ着いたってことになったわ」
「え、えぇ……? 世界初の偉業だってブルーノ言ってましたよ……」
「そ、それは……」
少し口ごもり、あの子があんなことさえしなけりゃ、とつぶやいている。
以前何があったのか聞いても姉弟そろって口をつぐんでしまい聞き出せなかった。しつこく聞いたらいつの間にかベッドで寝ていた。ブルーノはいったい何やらかしたんだ……。
「王宮は関与しない。責任はエクサス家がとれって言われたわ」
責任……。責任か……。責任ね……。
「俺とアイーシャさんが結婚ってことでいいんですか?」
――ドゴォ!
「グボォ!」
お腹と背中がくっ付いちゃうかのような衝撃を受けて崩れ落ちる。照れ隠しにしては隠しきれていない殺意に溢れている。
即座に回復魔法をかけてくれる優しさがあるならぽかぽかと優しく殴ってもらいたい。そしたらいちゃいちゃしてるようにしか見えないのに……。
「結婚ならブルーノとしなさい」
結婚とか離婚とか夫婦生活とかの言葉を出すと過剰なスキンシップにでるんだから困ったもんだぜ。
「俺、男の子です……」
「じゃあ女になりなさい」
女になれって……。無茶言いやがる。
この世界は性転換の方法があるんだろうか? 絶対に嫌だが。
「その手があった!」
突如、穀潰しがやってきて戯言を抜かす。ほんと、誰のせいでこうなってるか考えてほしい。
「召喚機も直りそうにないし、陽介が女になれば当初の目的も果たせるし万事解決じゃないか!」
――ペキョ!
「ヘムトッ!」
すごーい。人間ってあそこまで捻じれるんだ。びっくり人間ショーを見てるみたーい。
「あんたは少し反省しなさい!」
アイーシャさん、もっと言ってやって! そいつに罰を与えてあげて! 生まれてきたことを後悔させてあげて!
ところで、
「……性転換する方法ってあるんですか?」
「……あるわ」
あるんかい!
対策はちゃんとを聞いておこう。そしてブルーノの行動には気を付けよう。俺の雄々しき巨塔が聖なる泉に変えられないように……。
ポジティブに考えて国から自由を与えられてから数日が経った。
性転換魔法は大昔に外道魔道士が発明したが彼以外に使えるものがおらず失伝していた。マイサンの安全が保障されてほっとしていたが、目下研究中だとブルーノは意気込んでいたので警戒は必要だろう。
ブルーノのうっとおしい視線――多分頭の中で俺を女体化してる――にも慣れたころにドラゴンがこちらに飛んでくるという話を聞いた。辺境にある砦を抜けられて王都であるここに向かっているという。途中に点在する町や砦の兵力で撃退できなければあと二日ほどでこの王都まで来てしまうらしい。異界人は二人とも国境付近の砦にいて一人だけドラゴンの迎撃に向かっているが、距離が遠すぎるので追いつけないだろうとアイーシャさんは予想していた。アイーシャさんはドラゴン討伐で駆り出されて昨日から帰ってきていない。王都から半日ほどの馬車で向かったところに陣を張っていざというときは迎え撃つそうだ。俺としてはドラゴンを生で見てみたいのでぜひ来てもらいたいのだが、旅商人たちはばたばたと町から出て行った。また食料品や雑貨も高騰しているため住民の顔は少し暗い。
買い物途中に広場に出るとミシェルさんとその娘さんが仲良く手をつないでこっちに歩いてきた。
相変わらずの胸の存在感、ありがとうございます。たゆんたゆんが眩しいです。
「こんにちわ。ミシェルさん」
「あらー、こんにちわ。陽介君。ほら、ラチェもあいさつしない」
娘さんはラチェというのか。街で何回もあってはいるが初めて知った。
「……こんにちわ」
相変わらず俺を睨んでくるラチェちゃん。ツンデレも健在で何よりです。早くデレてくれれば幸いです。
「こんにちわ。ラチェちゃん」
「……チッ。名前呼ぶんじゃねーよ」
ははは、なんて照れ屋さんなんだ。早くデレてくれないとお兄さんのハートは再起不能になっちゃうぞ。
「もう、ラチェったら。ごめんね、陽介君。普段はこんな子じゃないんだけど」
やだ、やっぱり俺だけ特別!? ラチェちゃんの愛が重いぜ。
「……マジきめぇ」
重すぎて押しつぶされるぜ。誰か俺を癒して!
「そうだ、陽介君。ドラゴンが来てるって話は聞いたかしら?」
「ええ、今その話を知らないのはいないんじゃないですか? うちの穀潰しでも知ってるくらいですから」
「あらやだ、ブルーノ君は相変わらずなのね」
「もうどうにもならないですね」
うふふふ、あははは、と笑い合っている俺達に冷ややかな視線を向けてからつまらなそうに広場を眺めるラチェちゃん。
「アイちゃんも討伐に駆り出されてるのよね。うちの旦那もなのー」
「へぇ、そうなんですか」
旦那さんは騎士団に所属していて今回のような緊急時以外は王宮を警備しているそうだ。三人は幼馴染で子供のころから旦那さんとはラブラブだったと惚気られた。アイーシャさんの話がでるとラチェちゃんが急にこちらを向いた。ウィンクしてみると脛を蹴られた。ラチェちゃんはお転婆だなぁ。
二人と別れ買い物を終えて家路につく。今夜からはブルーノと二人きりだ。この間チェスのようなボードゲーム――クロシュードというらしい――で惨敗したので今夜こそはリベンジしよう。
二日経ってもドラゴンが撃退されたという話は聞かなかった。非難する住民もたくさんおり、街は少し寂れてきている。ブルーノに避難した方がよくないかと相談しても「必要ないよ」と笑いながら答えていた。元は宮廷魔道士だったからかこの国の防衛力に確信をもっているようだ。この王都以外に知り合いもいないため避難のしようがないのでおとなしく家で過ごしていた。
夕ご飯を食べ終えてからブルーノとクロシュードで勝負していた。少しずつ慣れて勝てるようになってきたがまだまだ勝率一割程度に収まっていた。十七度目の勝負を有利に進めていた時に玄関を叩く音が聞こえてきた。
「陽介、見てきて」
何度も勝負に負けている手前、文句も少なめに玄関に向かう。
「はーい、どちら様ですか?」
「夜分に失礼いたします。王宮からの使いでやってきました。第三騎士団所属のエムトと申します。ブルーノ様はいらっしゃいますでしょうか?」
むむ、ブルーノに用事とな? あいつまたなんか問題起こしたんかな?