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エリ―トよエリ―ト!

 突然入ってきた女性はまるで親の仇でもみるかのような、そして心の弱い者ならトラウマになってしまうこと必至な鋭い目つきでブルーノを睨みつけている。

 ブルーノが姉ちゃん、と叫んでいたのでこの女性は姉なのだろう。もしかして彼女がブルーノを養っているのだろうか? それならば同情の念を禁じ得ない。


「早かろうが遅かろうが飯作っとけって言ってんだろうが! 忘れたならまた体に覚えさるぞ! コラ!」


 オラオラッ、とブルーノの胸倉を左手でつかみあげ、ボディに何発も右手がめり込んでいる。うげっ、ぐぼぉ、とブルーノの口から嗚咽が飛び出ている。さっき俺がブルーノを殴った時とは雲泥の差の殴打音に恐怖を隠せない自分がいた。


 端正な顔立ちはブルーノに似ている。身長は百六五センチメートルほどだろう。またブルーノと同じ茶色の髪の毛だが、ちゃんと手入れをしてあるようでつやつやと輝いている。髪を首の後ろでシュシュのようなものを用いて縛って左サイドから体の前に流している。長さは胸ほどまでであり、ゆるやかなウェーブがかかっているのが色っぽさを引き立てている。ひざ下までのふわっとした白いスカートを穿いており、趣味のいい茶色の細身のベルトをしている。上はフリルのついた黒の半袖ブラウス。言うなればコンサバ系のような感じだろう。胸は程よい大きさ、とでもいえばいいのだろうか。すらっとした体つきとのバランスが非常によく、劣情よりは美しい芸術品を眺めているような感情に抱かせる。美人なのは間違いないが、綺麗というよりは可愛いと表現が似合うだろう。

 ブルーノが二十五歳なのでそれよりは上の年齢なのだろうが、パッと見は二十代前半に見える。お肌の手入れも怠ってはいないのだろう。

 こんな女性に天使のような微笑みを浮かべられ、優しいボディタッチをされたら、十人中七、八人は即座に恋に落ちてしまうのではないだろうか。

 惜しむらくは、般若とタイマンをはって勝てるような表情でボディブローを繰り出している現状だ。ブルーノの非暴力主義はこのお姉さんの蛮行のせいだろう。


 何としても俺が標的にならないように立ち回らねばならない。最初の内はいい気味だぜ、と思っていたが思考を巡らせているうちに殴られているブルーノの嗚咽が聞こえなくなった。手足はだらんとしてまるで力がはいっていないようだ。口からは涎を垂れ流し白目をむいている。もはや意識を失い、その命まで失ってしまうのではないかと思い急いで止めに入る。


「もうやめて! ブルーノのライフはゼロよ!」

「ん? ああ、そうね」



 お姉さんが胸倉をつかんでいる左手を放すと、ブルーノはその場に仰向けに崩れ落ちた。

 ――ゴン

 倒れこむときに召喚機だと思われる謎の箱に頭をぶつけていたが、これもお姉さんの攻撃だとしたら恐ろしい。怒りの矛先がこっちに向かなかったことに安堵し、ブルーノの安否を確かめる。ひゅう、ひゅう、と息をしているのでまだ生きてはいるようだ。床に描かれている魔方陣から発せられる緑の光が消えたので、今の衝撃で箱は壊れてしまったのではないだろうか?

 倒れているブルーノにお姉さんが近づき、広げた右手をブルーノのへそあたりにあてた。とどめを刺すのか!? と思ったらどうも違うようだ。ぼそぼそと何かを口ずさんだと思ったら淡い白い光がブルーノの体を包み込んだ。ほどなくして光が消えた。ブルーノの息遣いが落ち着いているので、今のはきっと回復魔法だったのだろう。


 暴行を加えて魔法で回復させる……異世界ってほんっとに怖い。


「おら、起きろブルーノ」


 俺は、バチン、バチン、と容赦なくブルーノの頬を叩くお姉さんからさりげなく距離を取った。といっても狭い部屋の中なのでそれほど離れられたわけではないが……。

 ブルーノは、うーん、とうなりながら身を起こした。


「げげぇ! 姉ちゃん!? 帰ってくるの早いよ!」

「あんた、また記憶飛んだのね。いいからさっさと夕ご飯作ってきなさい!」

「了解であります!」


 シュパッ、と敬礼をしてからブルーノはどたどたと部屋から出ていく。殴られていた腹はシャツで隠れていたため、どれほど回復したのかはわからないが普段からこのようなやりとりをしているならば大丈夫なのだろう。出ていくときにドアに思いきり足をぶつけていたが気にした様子はなかった。そんなことよりも早くこの場から離れたいという気持ちが伝わってきた。

 最終的に頭をぶつけてはいたが、頻繁に記憶を飛ばすほど折檻をしているのだろうか。本当にこの女性は恐ろしい。


 いや、待て。美人に暴力を振るわれて回復してもらう……。”美人に”というのが絶対条件だが……有りか無しかで言えば、有りかもしれない……。


「ところで、あなた」


 手の平を肘の下にそえる腕の組み方をしながら、さっきまでの恐ろしい表情ではなく、うっすらと微笑みを浮かべながら問いかけてきた。もし最初の出会いが今このときであったなら脊髄反射で告白していたかもしれない。


「できれば絞め技でお願いします! 初めてなので優しくしてください!」


 気を付けの姿勢を取り、やり手営業マンも目を見張るほどの華麗なお辞儀を披露した。家電量販店のバイトで鍛えられたこのお辞儀、これならばきっと聞き届けてくれるに違いない。

 絞め技なら体と体が密着する。こんな美人とくんずほぐれつ締め付けられるならむしろご褒美だ。殴られるのが回避できないならば、できるだけいい思いができる流れに持っていきたい。


「……勘違いしてるようだけど、あなたは殴らないわよ」


 少々あきれられてしまったようだ。殴られないのか、よかった。よかったはずなのにがっかりなのはなぜだろう。


 お姉さんはゆっくりと窓の方に向かいやや乱暴にカーテンを全開にした。

 魔方陣の光も消えてしまったため、ドアが開けっぱなしの入口からの光だけでは薄暗かった部屋が明るくなる。薄暗かったときは気付かなかったがこの家は石造りのようだ。


「で、あなたは何者? あの引きこもりに友達なんていないし、できるわけないんだからちゃっちゃと正体を吐きなさい」


 なんてこった。ブルーノ、アイツ、友達いねーのかよ。どうりで俺と話しててテンション高かったわけだよ。てか、友達ができるわけないって姉なのにひどい言い草だな。いや、姉だからそれくらいわかっているのかもしれない。


「初めまして、ブルーノさんのお姉さん。

 この度、ブルーノさんに異世界から召喚されました、足立陽介と申します。年は二十一歳です。

 趣味はオセロやチェスといったボードゲームです。これらは一対一で行う陣取りゲームです。中の上くらいの実力はあると思っています。この世界にも似たようなボードゲームがあればお暇なときにでも一緒にどうでしょうか。

 特技は料理です。といっても一人暮らしで身についた程度なので本職の方にはかないません。しかし、よく自宅でパーティをしてそのとき友人達にふるうのですが、みんなおいしい、また食べたいと言ってくれます。

 この世界では右も左もわからない新参者ですが、誠心誠意がんばりますのでよろしくお願い致します」


 少し長くなってしまったが、最後に再度華麗なお辞儀を決め、失礼にならないように振る舞った。新入社員の挨拶やお見合いのときの自己紹介かよ、とも思ったがこの人に失礼があっては命がいくつあっても足らないのだ。

 それに無一文で追い出されたら確実に路頭に迷う。この家に住めるかどうかは今この瞬間にかかっているといっても過言ではない。できるだけ下手にでてもやりすぎということはないだろう。


「そんなにかしこまった言い方されるとこっちが困るわ。できれば普通に話してね?」


 首をかしげてかわいらしく、しかも今までよりも高い声で言ってくるお姉さん、あざとい。しかし、さっきブルーノがひたすら殴られている記憶さえなければコロっと惚れていたに違いない。本当に惜しい。出会い方さえ間違えなければ……。


「ああ、わかった。これでいいか?」


 この世界はそんなに敬語を使う習慣がないのかな? と思い、お姉さんのお許しもでたことなのでため口で話したが、


「敬語は使いなさい」


 今までと比べて一オクターブ以上低くなった、底冷えするような声でお姉さんは忠告してきた。表情が変わっていないのがより恐怖を増長させる。反射的に暴力をふるうわけではないのは救いだった。


「は、はい、失礼しました!」


 俺は少しどもりながら謝罪を述べた。


 あぶねぇあぶねぇ、とんだ地雷があったもんだぜ。安全地帯って書いてあるところに地雷を仕掛けるような外道なテクニックだな。


「まだ名乗ってなかったわね。私はアイーシャ・エクサスよ。

 ブルーノに召喚されたって言ってたけど、ちょっと信じられないわね。普通にしゃべってるし」


 そりゃあ信じられないよね。俺がアイーシャさんの立場だったら絶対信じないしね。

 だがどうにか信じてもらわないとここから追い出されかねない。


「ちょっと! ブルーノ!」


 アイーシャさんは食事の支度をしているブルーノを大声で呼んだ。


「何、姉ちゃん?」


 ほどなくしてブルーノがやってきた。左手でボールを支えながらテンポよく泡だて器を動かしている。いったい何を作っているんだろうか。異世界料理にはかなり興味がある。


「あんた、陽介を召喚したの?」

「うん」


 軽いな、ブルーノのやつ!


「わかったわ。早く戻ってご飯作りなさい」

「はいはーい」


 さっきまで暴力の嵐を受けていたとは思えないほどの気軽い受け答えにこの兄弟は普段は仲がいいのではないか、と思った。

 しかしアイーシャさんはこんな軽いやり取りで俺が召喚されたと信じてくれるのだろうか?

 そんな気持ちが表情に出てしまっていたのだろう。アイーシャさんはにっこりとほほ笑みながら、


「信じるわよ。あの子は魔法のことに関してはつまらない嘘は絶対につかないから」


 さすがは姉弟、相手の性格は熟知していのだろう。一人っ子の俺にはちょっとうらやましい関係だ。それにこんな美人な姉がいたら毎日がドキドキだろう。暴力的な意味も含めて……。

 信じてもらえたのならば今後の身の振り方を相談したい。引きこもりのブルーノとは違いちゃんと仕事についているはずだろうから、まともなアドバイスが頂けるだろう。


「俺はこれからどうすればいいでしょうか」

「そうね。見たところ召喚された異界人には見えないほど魔力量が少ないけど、何かで誤魔化してるってことはないわよね?」

「いえまったく」


 どうやら誤魔化す方法もあるようだ。というかブルーノもそうだったが、こっちの世界の人間は他人の魔力量が目に見えるんだろうか? もしかしたらやり方があるのかもしれない。


「魔力ってどうやって見るんですか?」

「だいたいは先天的なものよ。まれに後天的に見えるようになる人もいるみたいよ。ただその人の血筋に見える人がいたってのが条件だけどね。陽介は今見えないならきっと無理じゃないかしら」


 いったい俺のチートはどこに落としてきたんだろうか。今のところチートっぽいのは言葉が通じることだがまさかそれだけなんだろうか……。


 アイーシャさんは顎に人差し指を当てて、うーん、どうしようかなぁ、と唸っている。あざとい。でも可愛い。あざ可愛い。


「陽介、さっき料理が得意って言ってたわよね?」

「はい。結構自信はあります」


 もしかして料理関係の職場を紹介してくれるのだろうか。せっかく異世界にきたのだから冒険者として活躍したかったがチートがないなら仕方がない。ブルーノが魔石をケチったのが悪い。ちゃんと魔石を用意していれば魔法で無双できたし、アイーシャさんは今頃あふれんばかりの俺の魔力を目の当たりにして、素敵! お願い、抱いて! と言っているはずなのだ。ちょっと年はいっているが俺のハーレムの第一号さんになっていたはずなのだ。


「……なんか失礼なこと考えてないかしら?」


 おっといかん、顔に出ていたようだ。クールな男になるためにもポーカーフェイスを身につけなければ……。


「国が行う以外での召喚なんて初めてだろうし、私にはどうしていいかわかんないのが現状よね。明日になっちゃって申し訳ないけど、君の処遇について相談してくるわね」

「相談できるような知り合いでもいるんですか?」

「私は宮廷魔道士として王宮に勤めてるのよ。エリートよエリート! すごいでしょ!」


 胸を張りこれでもかと言わんばかりに自慢してきた。こういうところはブルーノに似ているな。

 まったく魔道士には見えない服装をしているので意外だったが、確かに家でまで動きづらいローブは着ないよな、と納得した。

 ブルーノも”元”とはいえ宮廷魔道士だったのだから兄弟そろって優秀なのだろう。


「俺は一緒に行った方がいいんじゃないですか?」

「あー、たぶんお偉いさん方がバタバタするだけでなんの進展もないと思うから来なくていいわ」


 なるほど、どこの世界もお役所の対応は遅いというわけか。王様の鶴の一声ですぐに決まるわけでもなさそうだ。


「それならせっかく異世界に来たことですし、町を見て回りたいのですがいいですか?」

「もちろん構わないわ。でもあんまり期待しないでね。四年前に召喚された弥生って女の子がいるんだけど、その子が言うには想像と違ってたみたいでがっかりしてたから」


 弥生ちゃんか。ぜひ会ってみたいね。アイーシャさんの言い方からすると弥生ちゃんは大分若そうだな。折をみて会えないかどうか切り出してみよう。


「それと、今着てるローブ以外に着る服と、下着が二、三組ほどほしいんですが?」

「あ、そうよね。でもお店はもうしまっちゃうし、申し訳ないけど地図書くから明日適当に買ってきてちょうだい。お金は……そうね、二万エスラでもあれば足りると思うわ。あとで渡すわね。でもそのローブは体にあってないようだし、明日は……そうね、お父さんの服を着てちょうだい。あとで持ってくるわね」


 この国の通貨はエスラというのか。二万エスラが高いのか安いのかよくわからないが、明日街をぶらぶらすればわかるだろう。


「このローブ、結構窮屈なんで今着替えさせてもらってもいいですか?」

「ええ、いいわよ。ちょっとついて来て。ブルーノのバカがちゃんと洗濯してるんだったらあの子の服でよかったんだけどね」


 異世界に来て数時間、やっとのことでこの汚い部屋から出たのだった。

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