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げげぇ!

 そういえばコイツ、”元”宮廷魔道士っていってたな。それで、今は無職。つまり……ただの引きこもりなのではないだろうか? その上引きこもって女の子を召喚するのに精を出していたなんて……完全に変態だな。

 可哀そうな子……。ブルーノに対して憐憫の情が湧いた。しかしそれだけではなく、なぜか親近感の湧いてしまった自分に気が付いて、少し悔しかった。


 目の前のブルーノは変態の引きこもりと確信していたが、一応聞いてみることにした。


「ブルーノさん」

「何です?」


 ブルーノは俺の態度が急に穏やかになったことを訝しんでいる様子だが、気にせず続ける。


「あなたは、変態の引きこもりですか?」

「いいえ、天才の引きこもりです」


 相も変わらず天才プッシュをしてくるブルーノはうざかったが、もはや怒りはこみ上げてこない。ただただ、哀れだ。


「そうですか。ではブルーノさん、あなたは女の子を召喚してどうするおつもりだったのですか?」

「そっ、それは、その、何と言いますか……」


 ブルーノはあわてふためいた様子でいるが、変態であることを認めるのが嫌なのだろうか? まあ普通は嫌だろう。

 しょうがないのでここで救いの手を差し伸べてみよう。そう、今の俺は聖職者なのだ。すべてを許容する大いなる心をもっているのだ。

 俺はおもむろに立ち上がり、両手をへそのあたりで組ながら告げた。


「何人もあなたを責めたり致しません。ただ、あなたが懺悔することによって、あなた自身が救われるように私はお手伝いするだけなのですから」


 俺は微笑を浮かべながらブルーノに手を差し伸べた。着ている白のローブも聖職者っぽさ向上に貢献しているだろう。


「し、神父様……。わかりました。懺悔いたします」


 ブルーノ、この男、ノリノリである。よく神父ってわかったな。

 引きこもっていたから他人とのコミュニケーションに飢えていたんだろうか?

 しかしこの世界にも神父はいるんだな。ということは教会もあるのだろう。


「神父様、僕は天才ですが弱き人間です」

「はい」


 はいはい、天才ですねー。


「ですから、そんな僕を守ってくれる女の子を呼び出したかったのです」

「なるほど、しかしこの世界の女性ではいけなかったのですか?」


 女の子に守ってもらうことについては今はおいておこう。


「はい。この国の女は好みじゃありません」


 好みじゃないって、上から目線な奴だな! まあ、自分を天才なんていうやつなのだから当然かもしれないが……。


 召喚した女の子が好みじゃなかったら……きっとチェンジチェンジと喚くんだろうなぁ。そんなブルーノに俺の中の聖職者も少しあきれ気味だ。


「では、守ってもらうとは具体的にどのようなことなのでしょうか?」

「はい。部屋の掃除してもらったり、洗濯してもらったり。それに料理も作ってもらいたいですね」


 ……それただの召使いじゃね? それくらい雇えよ。元宮廷魔道士様よぉ。


 さらにあきれてきたが聖職者スタンスを崩さず続けるとしよう。


「つまり、家事をしてほしい、と?」

「そうですね。まあ、それだけじゃなく、あーんしてもらったり、膝枕したもらったり、あと、よ、夜のご奉仕なんかもお願いしちゃったりですかね!」


 うへへへ、と照れ笑いを浮かべたブルーノは、続けて召喚した女の子とのやけに具体的ないちゃいちゃの仕方を話してきた。しかし、俺の優秀な左右の耳は瞬く間に検問を張ってしまったようだ。そのためブルーノの戯言はいっさい頭に入らない。ただ、気持ちの悪いにやけ面を浮かべるコイツを正視するのも辛くなってきた。


 ブルーノの妄想、これ自体はある程度想像していた通りではあった。健康な男子ならば女の子にあんなことやこんなことやそんなことをしたり、してもらったりしたいものなのだ。それはわかる。わかるのだが、それは言わぬが花なのだ。


 これはあかん、ブルーノ、キモすぎる。もはや、俺の中の聖職者が白旗を用意している状態だ。

 そんなことお構いなしといった風にブルーノは話を続ける。


「それとですね」


 ブルーノはにやけ面を引き締め、やや真面目な顔を取り戻している。


「一番重要なことなんですが、働いてもらいたいです」

「お前が働けよ!」


 ブルーノのダメさ加減に、ついに俺の中の聖職者が殉職してしまった。白旗を使うことすら許されなかった。コイツは異世界人に何を求めているのだろう。自分が楽をするためにわざわざ召喚する。人の人生を狂わせておいて何も感じないのだろうか? もしくは、この世界の人間にとっては、異世界から召喚した人間なんてのは家畜ほどの価値もないのかもしれない。


 ここで、一つの仮定が浮かんだ。

 最初、ブルーノは言葉が通じることに驚いていた。俺は異世界補正だとばかり思っていたが、本来はまったく通じないのではないか。であれば、言葉が通じなかったときはブルーノにどういう対応を取られていたのだろうか。

 最悪を考えれば、魔力に還元される、ということをされていただろう。その場合、俺が死ぬだろうとわかっていながら……。

 またそれならばなぜ、俺はこの世界で意思疎通ができているのかという疑問も残る。


 ブルーノ自身の性格には危機感を覚えなかったが、この世界の常識がどのように俺に牙をむいてくるのかがわからない以上、あまりうかつな行動はできない。気づかぬうちに虎の尾を踏むようなことは、極力さけねばならない。

 ただブルーノが俺を無理やりどうこうしようというのは、今のところ見えない。暴力否定派のようだし、何かを暴力で強要するということはないだろう。魔法で何かを強要される可能性はあるが、そこときは暴力でお返ししようと思う。


 今後の出方を考えるためにも、ブルーノにいくつか質問しよう。


「で、クソニート。お前、俺が最初に言葉が通じるのに驚いていたけど、普通は通じないのか?」

「その呼び方ひどくない?」


 いかにも心外です、といった表情で見返してきたが、俺は訂正する気はまったくない。

 ぶつぶつ文句を言っているが、いいから早くと促すとブルーノはしゃべり始めた。


「ここ百年の間は聞いたことがないね。この国の方針で十年くらいの周期で召喚の儀を行っているけど、久しぶりだと思うよ」

「へぇ」


 まったくしゃべれないわけではないのか。

 やはり頻繁に召喚はされているようだ。十年周期とはまた結構な人さらいの習慣ができているものだ。


「そして、今回僕は歴史上で初めて個人で召喚を成功させたんだよ!」


 得意げな顔がイラリとさせてくれるがここは無視しよう。


「個人が勝手に異世界人を召喚なんてしていいのか?」

「そう! そこなんだよ! 天才の僕だからこそできた偉業なんだよ!」


 うわっ! 耳が痛い!

 急に大声出しやがって、壊れたスマホですか? お前は。


「でね! 何がすごいかっていうと……」


 そのあとはブルーノ先生の独演会というか、自分語りというか……。

 いやわかるんですよ、自分の好きなものについては熱くなっちゃうっていうのは。

 ただ、意味の分からない専門用語を多用されて魔法について話されても、魔法の基本知識もない俺がわかるわけないだろうに。この手の輩は自分が話せればそれで満足なんだろうがね。俺にも当てはまるときはある。他人のふり見て我がふり直せ、俺も気をつけねば。


 三時間ほどたってやっとブルーノが落ち着いたようだ。三時間もかかったとみるべきか、三時間で終わってくれたと喜ぶべきか悩むところだ。ブルーノが話している間、たまに質問するとき以外は、俺は”うん”と”へぇ”しか発言していなかったことに彼は気付いているだろうか? ぜひ気付いて反省していただきたい。


 ブルーノの話を要約すると、召喚された異世界人――異界人と呼ばれているそうだ――はほとんど日本人ということ。ただ、日本でも違う次元の日本であることがわかっているらしい。召喚された者同士での情報の差異がありすぎたためのようだ。また、元の世界に戻る方法は今のところなく、召喚に失敗することもあるらしい。

 次に、異界人は初めはこの世界の言葉はしゃべれないということ。しゃべれたのは三百年ほど前に一人いたという話だ。この国ではエスパデル語というのを使うそうだ。異界人はわざわざ勉強しなければいけないらしい。そうそう、この国はエスパデルという名前なのだとか。召喚は頻繁に行われるため、エスパデル語ー日本語辞典がすでに作られているという話だ。また、異界人にエスパデル語を教えるための文官もいるのだそうだ。ちなみに俺はエスパデル語で書かれた本を読むことができた。

 なぜそこまでして異界人を召喚するかというと、異界人は例外なく強大な魔力量を保有しているからとのことだ。またその魔力量は召喚の儀を行った際に用いた魔力量に比例して大きくなるということがわかっているらしい。他国に対する抑止力、そして有事の際の戦力として使われるようだ。この世界の人間は魔力があってもだいたい千人に一人しか魔法を使えないらしい。そしてここで悲しい事実がわかってしまった。俺の魔力量は初級の魔法を使うことすらできないらしい。ブルーノが召喚の儀を改良して、非常に少ない魔力量で行えるようにしためだ。また異界人が保有する魔力量はほとんど増えることがないのだそうな。今現在エスパデルには俺を除いて二人の日本人がいるらしい。

 エスパデルは現在、表立った戦争している国は魔族の国マギラスとのこと。魔族の王だから、魔王ね。ただ、魔族憎し、滅ぼすべし、という風潮ではないようである。境界領域で小競り合いをしている程度なのだそうだ。魔族が世界を滅ぼそうとしているわけでもなく、まして魔物を作り出しているわけでもない。ただし、魔族とは魔物を操ることのできる人種であるようだ。そこに少し差別はあるらしい。

 あとどうでもいいがブルーノは二十五歳だとさ。


 せっかくの異世界なのに魔法チートで無双ができないと知ってがっくりきている俺は、少しでも早く立ち直るためにも別のことで気を紛らわそうと質問を続けた。


「で、俺はこの世界でどうすりゃいいのよ」


 クソニートことブルーノに俺を養うなんて甲斐性は皆無であろう。それならばまず自分の生活基盤をどう固めるかを考えねばならない。冒険者ギルドのようなものはあるのだろうか。ただあったとしても魔物に勝てる気はしないので雑務が主体となるが……。



「まず、家事をお願いしようかな。あと働いて僕の面倒をみて」

「俺はお前の母ちゃんじゃねーよ! 働けよ! このクソニート!」

「君は男なんだから父ちゃんが正しいよね。だめだよ? そういうのを適当にしちゃあ」

「お前は人生を適当にしてるだろうが!」


 俺も今までは適当に大学生活を過ごしていたが、ブルーノほどひどくはなかったはずだ。ブルーノのようにならないためにも真面目に誠実に生きよう。そう心に誓った。


 完全にブルーノは頼りにならないので、生活するすべを考えるために外を見に行くことにしよう。カーテンの隙間からは今だ光が差し込んでいるのでまだ十分に外を見てくる時間はあるはずだ。下着やちゃんとした服も手に入れたい。間違って召喚されたのだから服の代金くらいは都合してもらわねばなるまい。それにここに居座ろうがブルーノは文句が言えないだろう。言ってきたとしても無視しよう。せっかくの異世界なのだから、しかもしっかりと言葉が通じているのだから楽しまなければ損だろう。ポジティブシンキングこそが人生を謳歌するコツだ、と友達の母ちゃんも言ってた。ただその母ちゃんのポジティブシンキングが過剰すぎたらしくその友達は、母ちゃんめんどい、とよく愚痴っていたが……。


 俺はそう方針を決めてブルーノから金をせしめようとしたそのとき、


「おい! ブルーノ! てめぇ、飯ができてねーじゃねーか!」


 ――バンっ!

 とドアを勢いよく蹴り開けてブルーノに似た女性が入ってきた。


「げげぇ! 姉ちゃん!? 帰ってくるの早いよ!」


 ブルーノの驚愕する声が部屋全体に響いたのだった。


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