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チェンジで

「男ぉ? 大失敗じゃないかぁ……」


 俺の目の前に立っている男が何やらがっかりしたようにつぶやいた。

 肩ぐらいまで伸びている茶色の髪の毛、だが身だしなみに無頓着なのか、あまり手入れがされているようには見えない。部屋全体が薄暗せいではっきりとは分かりづらいが瞳の色も髪の毛とほぼ同じ茶色のようだ。目線が俺より十センチメートルほど高いから百八十センチメートルほどの身長だろうか。ひょろっとした体型のせいで実際より背が高く見える。友達に雰囲気イケメン、と誉めているのか貶しているのかわからない評価をもらった俺とは違い整った顔のつくりだ。残念なのは目の下のくまがひどく少し不健康そうなに見えることだろう。


「はぁ……。やり直しできないかなぁ」


 男は俺をまったく気に掛けずに男の左側においてある箱っぽい物をいじっている。


 病院のベッドの上でもなく、赤ちゃんになって体が小さくなっているわけでもない。まして、内心期待していたロリロリ美少女な神様が出て来たわけでもない。だが別に神様の容姿なでどうでもよかったのだ。そう、ロリロリな美少女であろうと、まばゆいばかりの女神であろうと、男でなければ大歓迎だった。


 黒い靄の中で漂っていた時に考える時間だけは腐るほどあったのだ。今どういう状況なのか、これからどうなるのか、ということは自分の残念な頭で考え付く限りはシミュレーションしていた。目の前の男は神には見えないし、神らしいアプローチもしてきていない。

 周りを見渡してみると部屋は十畳ほどの広さのようだ。シーツがくしゃくしゃの安っぽいベッドがおいてあり、その横にクローゼットが一つ備え付けられている。クローゼットの扉は半分開いており、中は服が乱雑に積み上げられている。カーテンを閉め切っているため部屋は薄暗いが、カーテンの隙間から外の光が差し込んでいるのでまだ昼間なのだろう。そしてもっとも目を引いたのが、俺を中心に描かれている魔方陣らしきものだ。魔方陣からネオンのような緑色の光が出ていてキレイだ。しかし魔方陣はキレイだが部屋自体は汚い。あちこちにゴミが落ちている。この部屋の惨状をみれば、この部屋の住人の性格が手に取るようにわかる。ずぼらなのだろう。ずぼらすぎる。


 はいはい、これは召喚されちゃったパターンですね。わかります。

 理解が早いのが俺の長所だな。その分忘れるのも早いが……。

 しかし、おかしい。


 俺は再度周りを見渡してみたが、そこにいるべきはずの美しい王女様も王様も見当たらない。

 「ここをこうして、あー違う」などとつぶやいて謎の箱っぽいものをいじっている目の前の男しかいない。


 ぶるっ。


 少し肌寒いな、と思い、下を見たら、


「真っ裸じゃねーか!」

「うわぁ!」


 俺の叫びに驚いた男はこちらを見た。全てを解放されている俺を、だ。むぅ、照れる。

 だが男同士ででよかったのかもしれない。もし王女様に召喚されていたらいきなりの辱めを受けるところだった。いやまて、逆に俺が王女様に辱めを与えることになっていたんじゃないか?

 露出の趣味は俺にはない。ないはずなのだが、ひどく損した気分になったのはなぜだろう。


「なあ、これどういう状況よ?」


 目の前の男しか現状を教えてくれる存在はいないので、仕方なく聞いてみる。


「え? 言葉が理解できてる?」


 心底驚いた風に男が言った。


「何言ってんだ、お前? 理解ならできてるぞ」


 そう、異世界に召喚されたなら異世界言語翻訳やら理解やらは当たり前だろう。そんなものはデフォルトで持っていなければならない。


「そうか、理解できてるのか。召喚機を簡略化したせいかな? いずれにしても、やっぱ僕ってば天才だね」


 なぜか男の自画自賛が始まっていた。なんだろう、普通は言葉が理解できないのであろうか?

 男が喜んでいるところ悪いが、俺は質問を続けた。


「で、この状況はどゆこと?」

「ああ、そうだね。言葉が理解できてるのは予想外だったけど、ちょうどいいから説明しよう」

「いや、その前になんか着るもんくれない?」


 さすがに裸で男と向き合うのは勘弁してもらいたかった。ましてや、俺だけ裸ということもいただけない。それに少し肌寒かったのだ。衣食足りて礼節を知るという素晴らしい言葉もある。衣足らずに猥褻をするのは美少女相手にしか受け付けてはいないのだ。


「ごめんごめん。はい、これ」


 男はわきに置いてあった袋の中から白っぽいローブを取り出して俺に差し出してきた。下着なしでローブを着るのは少し抵抗があったがこの際致し方ない。


「んー、ちょっと小さいんだけど」


 着てみたはいいが、肩幅が少し合わない。やややせ型とはいえ、平均的な日本人の体系である俺からしても少し小さい。それに腰回りがきつめだ。


「だってそれ女物だもん」


 俺の文句に全く気にした様子もなく男は答えた。


「なんでだよ。男物渡せよ」

「それしかないよ。あとは僕のがあるけど」


 男は床に投げ出されていた黒いローブを手渡してきた。何か嫌な予感……というよりもほぼ確信があったのでそのローブを嗅いでみた。

 するとどうでしょう。人間の汗と肉が腐ったような食べ物の臭いが絶妙に混じった、完璧なまでの悪臭が俺の鼻を通して体全体に広がっていくようではありませんか。


「なんちゅうもん渡しやがる!」


 俺は男にローブを投げつけながら息巻いたが、男は飄々とした態度をとっている。


「僕のがだめなら今着てるのしかないから我慢してね」


 少し窮屈だが仕方がない。悪臭の漂うローブなんて着たくないからな。


「で、説明するけど、いい?」

「よろしく頼む」


 この部屋には椅子がないので、俺達は互いに向き合ったままその場に座った。


「まず自己紹介からしよう。僕の名前はブルーノ・エクサス、元宮廷魔道士の天才だ」


 なるほど、宮廷魔道士。やはりここは魔法が存在する世界でいいようだ。少しテンションが上がってきた。

 しかしこいつ、自分のことを天才と言っちゃう残念な頭の持ち主なのか。それとも宮廷魔道士だったのだから本当に天才なのか?


「では俺も名乗らせていただこう。足立陽介、大学の四回生だ。そして天才だ」


 俺も負けじと天才アピールをしてみた。ふーん、とブルーノがつぶやいる。俺の天才発言は普通にスルーされてしまったようだ……。


「大学って高等学術機関だったよね。ってことは二十歳くらい?」


 俺の世界を知るすべがあるのだろうか? ブルーノは自然に返してきた。


「二十一だな。あと三か月ほどで二十二になるけどな」

「ふーん。まあいいや。説明続けるね」


 コイツの年齢はいくつくらいなんだろうか? 後で聞いてみよう。


「君、やけに落ち着き払っているみたいだけど異世界に召喚されたのはわかってる?」

「ああ」


 やっぱり異世界で間違ってはいなかったようだ。剣と魔法の世界、つまり俺は勇者になってドラゴンとか魔王とか倒しちゃうわけだな。ドキワクが止まらないぜ。


「へぇ、すごいね……。召喚されたことがわかってるなんて流石は天才だね。ほんと話が早くて助かるよ」


 ブルーノは少し感心したように言った。

 どうやら俺の天才発言は素直に受け取られてしまっていたようだ。わざわざ訂正するのも恥ずかしいのでそのままにしておこう。


「で、わざわざ君に異世界から来てもらって悪いんだけど――」

「ああ、わかってる」


 俺はブルーノの言葉を遮り、すべてお見通しだぜ、といった感じで宣言した。


「世界の危機が迫っているんだろう? だから勇者を呼んだ。さぁ、魔王を倒しにいこうじゃないか!」


 最高の決め顔で。


「勇者? 何それ? 世界に危機なんて迫ってないよ。魔王はいるけどさ」


 な、なんだって――!?


「じゃあ、なんで俺を召喚したんだよ!」


 かなり恥ずかしくなったので、それを誤魔化すように叫んだ。


「んとね、手違いです」


 は? コイツ……何? 今、手違いって言ったのか?


「聞き間違いか? なんだって?」


 難聴系に陥るのは女の子に囲まれてからが正しいやり方だっていうのに……。俺はイライラを抑えながら聞き返した。


「だから、手違いでーす」


 てへ、と手で頭を軽く叩く動作をするブルーノ。

 語尾を伸ばすな! 可愛くねーよ! ああ腹立たしい!


「ちょ、おまっ、手違いだって? あれだよ? 俺がちょっとやんちゃだったら今頃お前、ぼろ雑巾だよ?」


 まったく悪びれる様子のないブルーノに、俺は怒りマックスオーバーヒート寸前だ。


「はっはっはっ、ごめんごめん。本当は可愛い女の子召喚したかったんだけど、なんか君が来ちゃった。」


 女の子指定だと? コイツ……天才じゃなくてただの変態なんじゃないだろうか? いや、変態確定だな。どうせろくでもないことするために女の子を召喚しようとしていたに違いない。俺ならそうするから間違いない。あ、俺は変態じゃありませんよ?


 んふふ、と含み笑いをこぼしながらブルーノが続けてほざいた。


「ってことでチェンジで」

「え、何?」

「チェンジで」

「……」


 どこの健康配達ですかね。


「チェンジ」

「こっちの台詞だよ!」


 ――バキッ!


「痛いな! 何するんだよ!」


 ああ、我慢ができなかった。

 せっかく異世界に召喚されたのにこんなもっさい男に出迎えられて、あまつさえチェンジとは……。こっちだってこいつと美人な王女様を交換できるならしたい。

 それに手違いであの暗闇に長いこととらわれていたかと思うとさすがに許せなかった。

 本気でコイツの顔面にいいのを入れてしまった。これも日々、電気のひもでシャドーボクシングをしてた成果だな。どんなくだらないことだっていつか役に立つときがくるって言ったのは誰だっただろうか、そんなことを考えながら、今度は脇腹にもう一発入れた。


「痛っ! 暴力ダメ! 絶対!」


 どこかの標語のようなことを叫びながらブルーノは素早く俺から距離をとった。基本的に暴力は好きではないので、その意見には賛成ではあるのだが抑えきれなかった俺を許してほしい。


 まったく野蛮人だな、などとつぶやいているのが聞こえてきた。


 ……なんかあんまり効いてないな。座った状態からのブローだったからかな? 殴った俺の方がダメージを受けているかもしれない。

 少しは体を鍛えているという自負はあるが、格闘技を習っていたわけではないから仕方ないかもしれない。殴ったおかげで少しばかりイライラが解消されたので続きを聞いてみることにした。


「で、何? チェンジってことは俺帰れるの?」


 この世界に来るときと同じように靄に包まれて元の世界に帰るのは御免蒙るが、帰れるというのならその方法を聞き出しておいた方がいいだろう。

 せっかくの異世界なのだから観光でもしつつ飽きたら帰ろう。そう思っていたのだが、


「帰れるっていうか、無に還れるよ、たぶん」

「何それ? 死ぬってこと?」

「その通り!」


 よくわかりましたね、とおちゃらけているブルーノ。

 おいおいおい、このブルーノ、どうやら俺を俺を怒らせる天才ではあるようだ。ブルーノに握り拳を見せつけて、


「もう一発、いっとく?」

「暴力ダメ! 絶対!」


 俺が殴っても特にダメージは与えられてるようには見えなかったが、痛いのはやっぱりいやなのであろう。


「僕としては魔力が君の体を完全に構成する前に元の魔力に還元して女の子を召喚したいわけですよ。できるかどうかわかんないけど」

「できたとしたら俺が死ぬんだろ? 魔力ならまた溜めなさい!」


 お母さん、我儘は許しませんよ!


 もしかしたら魔力に還元されるというのが元の世界に帰るプロセスなのかもしれないが、確証がないならばやれるはずがない。さすがに死ぬのは嫌だ。


「君、簡単に魔力を溜めるって言ったって……。召喚には大量の魔力を使うんだよ。もし溜めるとしたら五百年はかかるよ」


 天才の僕でもね、と続けるブルーノだがさらっと無視する。


 この世界の人間がどれくらいの寿命かはしらないが、五百年は確かにそれはさすがに気の長い話だ。


「それに今回は魔石を使って賄ったけど、その量を賄える魔石を買う金なんてもうないよ」


 魔石……とな? 魔王はいるみたいだし、それなら魔物もいるだろう。ならば魔物から魔石がとれるんじゃないだろうか? 採掘でも見つかるだろう。

 そう思い一応ブルーノに確認することにした。


「魔石って魔物からとれるの?」

「うん。魔物から取れたり魔素の多いところから発掘されたりだね。しかし君、本当にこっちの世界に詳しいね。なんで知ってるの? こっちに来た人が元の世界に帰ったって話や、こっちの人間がそっちの世界に行ったってのは聞いたことないけど……」


 ふふん、世界を仰天させる日本人の想像力をなめたらあかんぜよ! いやまあ中二力ですけどね……。


「で、魔石を買う金がな言ったって魔物狩るなり、採掘するなり、なんとでもなるんじゃねーの?」

「無断で採掘したら捕まっちゃうよ。それに魔物狩るったってめんどくさいじゃあないか。部屋から出るのもめんどくさいのに」


 ブルーノは本気で嫌そうな顔をして答えた。この部屋の状況、いや惨状を見ればブルーノがめんどくさがりやなのは想像に難しくなかったが、想像以上だったのかもしれない。


「じゃあ地道に金を貯めろよ」


 俺が少しあきれたように突き放すと、


「無職の僕が金を貯められるわけがないだろう?」


 やれやれ困ったものだ、という表情でブルーノは答えた。

 無職なのかよ。再就職しろよ、元宮廷魔道士……。

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