エリートは伊達じゃない!?
「陽介なんじゃ、この女は……。さてはアタシのごはんを奪う気かの?」
「うん、エルはちょっと黙ってようか」
口にクッキーを突っ込んで黙らせる。幸せそうにクッキーを頬張っている姿は本来なら見るものを和ませるが今はただただ逆効果だった。見る見るうちにアイーシャさんの機嫌が悪くなっていく。俺の顔色も悪くなっているだろう。
「……とりあえず、着替えてくるわ。首を洗って待ってなさい」
あれ? すでに処刑決定ですか? エルの問題をアイーシャさんに丸投げしたら、俺の首が丸投げにされちゃうんですか?
逃げ出したいけど出入り口に障壁張っていったね。触ったらバチッてすごい音たてて弾かれたね。絶対逃がさないって意思表示に違いないよね。父さん、母さん、今日僕はそっちの世界に戻れるかもしれません。魂だけだと思いますが頑張って見つけてください。
「陽介、ごはんはまだかの?」
あーもう、おじいちゃんたら今クッキー食べたばっかでしょ!? 我慢なさい!
……もはや喋る気力もなくなってしまった。
「……陽介、それ誰?」
ご飯の時間には正確な穀潰しがやってきましたよ?
そんな穀潰しは食堂の入口で障壁越しにこっちを覗いている。得意の人見知りを発揮してるようだ。
あ、そうだ、ブルーノを盾にして何とか生き残ろう。
「ブルーノ……俺、お前の事、信頼してるからな……」
「? うん、ありがとう?」
何が何やらという顔をしているがひとまず置いておこう。俺はお前の耐久力には一目置いているんだ。
相変わらずご飯コールをしてくるエルの口にはグミを突っ込んでおいた。またもや幸せそうに食べている。俺はこんなにも不幸せだというのに……これが幸福量保存の法則だというのか……。エルが幸せになればなるほど俺が不幸に……。
「邪魔よ」
――バリバリバリッ
「アババババ」
入口に立っていたブルーノをアイーシャさんが後ろから蹴飛ばし障壁にぶつけた。相変わらずのあの無慈悲が今日これからあれ以上の無慈悲になって俺に向かうと思うと震えが止まらない。
さてはこれが武者震いってやつか!? だめだ! 自分をだましきれない!
俺の盾になる前に煙をあげて倒れ伏せてしまうブルーノ。俺の信頼を返せ。
「さーて陽介、くわしく聞かせてもらおうかしら」
よかった……即死刑じゃなかった。まだ釈明の余地はある。でも正座させられた。石畳だから足が痛い。
「さっきも言った通りなんですが……フランクフルトを奢ったらついてきました」
「フランクフルト? 女の子に食べさせて何を想像してたの? 気持ち悪い……」
あっれーこの人エスパー? でもご心配なくアイーシャさん、期待してた光景は見れませんでしたよ?
「ついてきたからって家に入れることないでしょ」
「それはそうなんですが……。一身上の都合がありまして……」
「どうせやらしい都合なんでしょう?」
「やらしいと言うよりはおかしい都合です」
「おかしいのはあんたの頭の中でしょう!」
アイーシャさんが一気に沸点に達したようだ。怒鳴り声で身がすくんでしまう。
「ただでさえドラゴンが襲ってきた事後処理に大忙しなのに! 見た限り魔力量が少ないとはいえ首謀者と疑われてる魔族の娘なんて連れ込んで、私が働いてる間にいったいどんないやらしいことしてたのかしらね! 盛るんだったらゴブリン相手にでも盛ってなさい! 今度ジルさんに言っておくわ! だいたいあんたは女と見たらいつもいやらしい視線ばっかり向けて! ”陽介君はいっつもおっぱいばっかり見るのよー”ってミシェルも言ってたわよ! どれだけ私が恥ずかしかったと思ってるの! あんた達の行動が私の評価を下げてるのよ! わかってるの!」
ううう、ミシェルさん、胸を見てるのばれてたのか……。ばれていたなら開き直って今度からもあの巨乳を見よう。
しかしこんなに言葉で攻められたのは初めてだな。いつもなら問答無用で拳が飛んでくるのに……。なぜだろう、仕事でストレスがたまってたのかな?
「うるさいのう。さっきからなんなんじゃこの女は……。陽介、愛人を持つものいいがもっと若いのせよ。年増はヒステリックでかなわんからの」
――バキッ!
ああ!? アイーシャさん! テーブルが壊さないでよ! なんで!? 言葉通じないはずじゃないの!?
「だ・れ・が、年増ですってぇぇぇぇぇ!」
「言葉通じてた!?」
「私を誰だと思ってるのよ! 魔族の言葉くらい話せるわよ!」
「エリートは伊達じゃない!?」
「ちなみに僕も喋れるよ」
「このエリート姉弟! 俺の価値がどんどん下がるじゃないか!」
いつの間にかブルーノが復活してた。よし盾を手に入れたぞ。装備して防御力アップ。
「むぅ、いつものように魔法が使えたらこんな年増すぐに黙らせられるんじゃがのう」
「はん! そんなカスみたいな魔力量で私を黙らせるですって!? 寝言は死んでから言いなさい!」
それもう寝言じゃないです。遺言の類になってます。
「ぬぅ、年増も魔族の言葉が喋れるのじゃな」
「僕も喋れるよ」
「お主もかの。すごいのう」
どうやらアイーシャさんたちはエルにもわかるように魔族の言葉で喋ってくれるようだ。俺にはまったくわからない変化だが。
「あ、姉ちゃん、その子の魔力は封印されてるだけで姉ちゃんの魔力量の百倍は軽くは超えてるよ」
「ああ? ブルーノ、てめぇ! それはどういう意味だ! こら!」
あ、アイーシャさん、ついに切れた。百倍ってことに嫉妬したのか? エリートは自尊心が高いから困ったもんだぜ。
お、ブルーノが胸倉を捕まれて空を不自由に飛んでる。全然憧れない。
「僕の、封印、魔法の、痕跡、姉ちゃん、ちょっと、ふり、まわすの、やめて!」
床にたたきつけられると、うえー、とブルーノがえずいている。ああ、俺の盾がまた壊された。装備する前に壊された。
「僕の封印魔法の痕跡があるから、一昨日ドラゴンに使ったのに巻き込まれたんじゃない? たぶんドラゴンに乗ってたとかそんなんで」
流石天才、その洞察力が今は恨めしい! というかエルのやつ魔力封印されてたのね。今まで魔法で攻撃されないか心配だったけど取り越し苦労だったようだ。でもそれならここでいきなり派手な魔法戦闘は起こんないよな。
魔力を封印した犯人を見つけてエルがどういう行動に出るか恐る恐るエルのほうを見る。
あ、エルのやつちんぷんかんぷんって顔してる。さては今の会話で理解できないな。アホの子でよかった。
「本当なのね。ブルーノ……。で? 陽介はそのこと知ってたの?」
ここで俺に矛先が向かうだと!? これはまずい、なんとか誤魔化さねば。
「そんな! 初耳ですよ! まさかエルがドラゴンに乗って旅行しに来ただなんて夢にも思いませんでした。それに魔力が封印されているだなんてそんなこと想像するのも不可能ってもんです。まさに事実は小説より奇なりってやつですね。こんなことが起こるなんてさっすが異世界、やっぱ世界が違いますよ世界が!」
半分は嘘じゃないよ。なんか余計なことを口走った気もするけどいけるいける。
「そう……知ってたのね……。白々しい嘘までついて……。知っててこういうことするなんて私をおちょくってるのかしら? 死にたいのかしらね、陽介?」
いやん、俺の心が以心伝心だだ漏れ警報が鳴っているわ。まるで長い間連れ添った夫婦みたい。
アイーシャさんの邪悪な闘気が俺に絡みついてくる。二週間ほど一緒にいて初めてこれほどの絶望を感じさせられた。死の裁きが下る時がやってきたようだ。
ああ、ついにそっちの世界に帰るときが来たみたいだよ、父さん、母さん。これが走馬灯ってやつなのかな。ブルーノとやったクロシュード……、返り血のついたエムトさん……、バルバトスのおっさんのにやにや顔……、着替えの時にみちゃったジルさんの裸……、毎日俺に発情するゴブリン達……。
「死んでも死にきれねぇ!」
「うわ! 何よいきなり叫んで……」
こんな嬉しくない走馬灯なんてクレームもんだよ! 返金訴訟起こしちゃうよ!
「あー! もう! 早くごはんにするのじゃ! 話はごはんが終わってから好きなだけすればいいのじゃ!」
ちょ、エル、空気読んでよ! 流石にアホの子でも今の空気はわかるでしょ!
「そうね……。お腹空いたわ。陽介、早くご飯にしなさい。ブルーノはテーブルを直しておきなさい」
自由にそして奔放に生きることこそが生き残る道だっただと!? エルよくやった! ご飯を大盛りにしてやるぞ! でもこの状況はお前のせいだからやっぱり普通盛りにしてやる。
今まで一緒に暮らして分かったことだが、アイーシャさんは腹さえ満たされれば一先ず怒りがどっかに行くので殺されなくても済むかもしれない。料理もいっぱい作ったのできっと食後には菩薩のような心優しきアイーシャさんになっているだろう。なっていなくてもそれまでにブルーノが完全に復活するはずだから数発は逃れられる。
夕食自体はすでに作り終わっていたが、テーブルが壊れているのでブルーノにさっさと修理をしてもらうことにした。しかしテーブルの修理は一瞬で終わってしまった。ブルーノが土魔法で粘着質の土を出しあっさりとテーブルをくっつけていた。きっとコンクリートみたいなものだろう。俺としては時空魔法的なものを使って逆再生的な修理するのかと期待していただけにちょっとがっかりした。
エルは配膳している最中も、ごっはん、ごっはん、と騒がしくしていたので終始アイーシャさんに睨まれていた。
それでも気にしないこのアホの子は大物なんだろうなぁ。羨ましいような羨ましくないような。
配膳も終わり、全員席に着く。テーブルの亀裂を接着した部分は土がでこぼこと盛り上がっているので器を置くと傾いてしまいに置けない上、エルの分が増えているのでいつもは十分にスペースがあるテーブルのが、今はぎっちぎちに器が並べられている。そのせいでパーティみたいな豪華な感じになってしまった。
「「「いただきます」」」
「ごはーん!」
魔族にはいただきますの習慣はないのか、それともごはーんがいただきますなのか……。まあアホの子を見て魔族のことはわかりはすまい。
エルは嬉しそうに食べ始めるがアイーシャさんは箸が全く進んでいない。嫌いなものは出してないはずなのになぜだろう。
「陽介……。今日はなんでこんなに豪華なの?」
「そ、それはアイーシャさんに――」
「それはアタシのために決まってるのじゃ! のう陽介!」
いや、ちげーよ。普通にアイーシャさんのご機嫌取りだよ。
俺は静かに首を振った。
「ふーん、そう……。あら、この煮物おいしいわね」
むむ、南瓜の居込みの煮つけは高評価、これならなんとか機嫌も直るのでは……。
「さすがは陽介じゃの。南瓜はアタシの好物じゃ! うまいのじゃ!」
「……へぇ」
えー……。何この誤爆……。運命の神様は俺に試練を与えて楽しんでいるに違いない。神様いるならチートくれよ。
「このシュウマイおいしいね、僕、このタレ好きだな」
お、そのタレはちょっと自信があったんだ。ブルーノ、わかってるじゃないか。でもよくこの空気で喋ることができるな。
「蒸料理は我ら魔族の伝統料理じゃからな! ここまでアタシの好物ばかり出されても照れるのじゃ」
そんな伝統しらねーし! お前は嫌いな食べ物がないだけじゃねーの!?
「……やっぱり魔族のために作ったのね」
「何言ってるんですか……。偶然ですよ、偶然……、偶々……、神様の悪戯ってやつ? ほんっと神様ってお茶目さんなんだから」
「……陽介、流石に僕もちょっと癪に障るよ」
なんでお前が嫉妬してんの!? なんでものすごく悔しそうな顔してんの!?
冷たい! エクサス姉弟の視線がすごく冷たい!
「このスープもおいしいのう! 陽介、お代わりがほしいのじゃ!」
「はいはい」
視線に耐え切れず、逃げるように所に行ってスープのお代わりをよそってくる。。エルに渡して席に着くとテーブルの下で思いきり脛を蹴られた。
「イッ――」
声にならない嗚咽を漏らし必死に痛みに耐える。姉弟そろってこっちを睨んでいるのでどっちが犯人かまるでわからない。どうせアイーシャさんだろうが。
「夫婦というのはなかなかよいのう。結婚には憧れておったがこんなによいものならもっとはやくするんじゃった!」
夫婦ってこういうのじゃねーから。これどちらかというと子供とオカンの関係だから。
「……夫婦? 結婚?」
ッ! いかん!? アイーシャさんの禁句が飛び出してた! ほんっとこのアホの子はどれだけ俺を窮地に立たせれば気が済むの!? 無邪気で人を嵌める天才か!?
「ねぇ魔族……、今のはどういう意味かしら?」
「アイーシャさん! この酢の物も結構な自信作なんですよ! ほら、あーん」
――ゴスッ!
「ウッ――」
また脛を思いっきり蹴られた。でもこんなときでも即座に回復魔法をかけてくれる優しさが憎い。さっきは回復魔法なしだったから蹴ったのはブルーノの線が濃厚だな。非暴力主義じゃなかったのかよ……。
「どういう意味も何もそのままじゃぞ。陽介が結婚してくれと言ってきたから結婚したのじゃ。夫婦になったのじゃ」
「あら、そうなの。よかったわね。じゃあ今日陽介が死んであなたはバツイチになるのね。おめでとう」
俺が死んで!? どう考えても殺してだよね、それ!?
「バツイチ? バツイチってなんじゃ? のう陽介、バツイチってなんなのじゃ?」
ここでアホの子の神髄炸裂!? バツイチバツイチ連呼しちゃいけません! 火に薪の代わりにダイナマイトくべてるようなもんだぞ!?
「うふふふふ、ほんっと面白い子ね。マギラスに殲滅戦を仕掛けるいい理由ができたわ。ありがとう」
ぎゃー! 全面戦争勃発!? 事の発端はバツイチ発言、って歴史書にかけねーよ! アホすぎて!
「よくはわからんが感謝されるのはいいことじゃな!」
俺もお前の思考回路がわかんない! もうだめだ、俺が会話の主導権を取らねば命が取られる!
「アイーシャさん! 少しは俺の話に耳を傾けてください! これじゃあ全然説明できないじゃないですか。普段の思慮深いアイーシャさんなら何も聞かずに制裁を加えるなんてことはしないでしょう?」
強気に、大胆に、そしてお世辞的誘導を……。アイーシャさんはお世辞に弱いからな。自尊心が高すぎるのもありがたいものだぜ。
「これ以上あんたの話で時間を潰すんならさっさとマギラス潰す準備がしたいんだけど……まあいいわ、言って御覧なさい」
瀬戸際で踏みとどまってくれた!? いやまだ気は抜けない……。
「のう陽介、バツイチって――」
「後で教えてあげるからエルは俺のシュウマイでも食べててねー」
まだ一個も食べてなかったがこの際仕方がない。アホの子が黙ったし今のうちに釈明せねば……。
「……魔族ばっかり甘やかして。僕は全然甘やかしてもらったことないのに……」
俺はブルーノのことは十分甘やかしてると思うよ? 毎日ご飯作ってあげてるし、洗濯もしてあげてるじゃないのさ。てか嫉妬すんな!




