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元いた場所に戻してきなさい

「だから! マギラスの金貨なんて使えねーよ!」

「一枚じゃ足りないのじゃな! ならもう一枚出すぞよ!」

「あーもう何言ってるかわかんねーよ! 誰か頼むから衛兵連れてきてくれ」

「むむむ……二枚でも足りないのか。この国の食べ物は高いのう」


 わーきゃーわーきゃー言い合いを続けているが微妙にかみ合っていない。せっかく少女がフランクフルトを買おうとしているのに一向に進まない状況に痺れを切らして首を突っ込むことにした。


「いい加減商売の邪魔だからどっかいってくれよ!」

「まだ欲しいのか。なら五枚……五枚でどうじゃ! この欲張りさんめ!」

「お嬢さん、フランクフルトがほしいのかな?」


 雄々しさと優しさと心強さを混ぜ合わせた、しかしあくまでも紳士的な微笑みを浮かべて少女に話しかける。


「なんじゃお前、気持ち悪い顔をしとるのう」

「そ、そうかな? そんなことはないと思うけど……」


 初対面でなかなかストレートな感想を言われてしまい頬が引くついてしまう。しかしそんなことでめげてはいられない。広場にいる紳士の皆のためのもここで頑張らなければ明日も拝めない。


「それで、お嬢さんはいったいどうしたのかな?」

「おお、お前は言葉がわかるのか! ちょうどよいのじゃ、アタシはこの肉棒が食べたいのじゃ!」


 肉棒ですと!? なんてこと言うんだ、この少女は。俺の耳の検問官がひたすらアンコールをしている!


「ごめんごめん。聞き逃しちゃった。最後の部分をもう一回言ってもらえるかな?」

「食べたいのじゃ!」


 おしい! もう一歩手前!


「その前の言葉を聞き逃しちゃったんだ」

「いいからこれが食べたいのじゃ!」


 フランクフルトを指さして訴えてくる。

 くそう……。しかしこれ以上引っ張って本丸を見逃してはまさに本末転倒。ここはサブイベントをあきらめ、メインイベントに戻らねばなるまい。


「あんちゃん、そいつの言葉がわかるのかい?」


 フランクフルト屋のオヤジは険しい眉が解けたかのように安心しきった顔をしている。

 言葉がわかる? なるほど……さては俺の唯一のチートの恩恵だな。たまにはいい仕事をするじゃないか。


「オヤジさんはわかんないのかい?」


 一応確認のために聞いてみた。


「もうさっぱりわかんねーよ。多分というか絶対そいつ魔族だぜ? 別に魔族には売らねぇってわけじゃねぇが、マギラスの金貨なんて出されても受け取れねーしよ。それにただでさえドラゴンが襲ってきたばっかだっていうのに関わりたくはねーよ。」


 横で「はーやーくー」と騒いでる少女に目をやる。

 魔族か……顔はよく見えないが美少女のような気がするので俺はがっつり関わっておこう。


「オヤジさん、俺が金を払いますんで一本ください」

「あんちゃん、こっちは商売だから構わねーが、あんま関わんねーほうがいいと思うぞ」


 代金を渡しフランクフルトを受け取ろうとすると少女が横から目にも止まらぬ速さで分捕った。その動きに唖然とするも目的の紳士のお楽しみタイムを逃すまいと少女に目を向けるが、すでに串だけになっていた。

 食べるの早すぎるだろう……。


「もっと!」

「……オヤジさん、もう一本ください」

「あんちゃん……関わんねーほうがいいって……」


 オヤジはそうは言うも商売だからかきちんとフランクフルトを売ってくれた。

 結局少女は八本ほど食べたところで満足したようだ。しかしフランクフルトを横からくわえ一口で口に入れるワイルドな食べ方をしていたので、期待していたお楽しみタイムも結局なかった。これは大変いただけないので、今度ラチェちゃんこの子の指導しをてもらおう。

 フランクフルト屋の前で会話をするのもオヤジの商売の邪魔になるので広場の方に移動した。このオヤジにはここでフランクフルトをずっと売ってもらわなければならないので、商売の邪魔だけは絶対にできない。


「いや~うまかったのじゃ。助かったのじゃ! 実は昨日から何も食べてなくてのう。この国は食べ物が高くて困っていたのじゃ。持ってきた金貨では全然足らなかったのじゃ。食べ物を盗むとまた爺やに怒られるのう」


 着ているローブと高価と思われる金貨、それに”爺や”発言……どうやらこの少女は金持ちの魔族のようだ。ただ、食べ物を盗むという発言は気になるが……。


「とりあえず自己紹介しようか。俺は陽介、気軽にお兄ちゃんって呼んでくれ」

「陽介じゃな」


 ミッションインコンプリート!? 華麗にスルーされちゃった。


「……君の名前は?」

「ふふん、聞いて驚け! アタシはエル・アザリア・マギラス! マギラス王家の第三王女だ! エルと呼んでよいぞ」


 なんと王女様だったのか。確かに着ているものは高そうだししゃべり方もそれっぽいが、敵国の真っただ中にたった一人でうろうろしているのはなぜだ。普通ならそんなことはありえないだろう。単純に本当の自分は王子様やお姫様なんだっていう思春期特有のあれではないのだろうか? 俺も中学生くらいのときは実は某国の王子で赤ん坊のころ命を狙われていたところ橋の下で拾われてうんたらかんたらということを考えていたこともあった。


「いまいち信じられないな。何か証拠ってないのか?」

「なんじゃ失礼な奴じゃのう。ならこれでどうじゃ」


 ガッとフードをとる。くりくりっとした大きな紫色の瞳、真っ白な肌と対照的な小ぶりな紅色の唇、柔らかなパーマがかかった銀色の髪から覗くクルっと回った山羊のような角、神に創られたかのような絶妙に均整のとれた顔の造形、まごうことなき美の化身がそこにいた。


「生まれた時から好きでした! 結婚してください!」


 気が付いたら土下座で結婚を申し込んでいた。骨髄先生が反射したせいだろう。


「わははは、アタシの魅力にメロメロなようじゃな! 特別に許してやるぞよ」


 あまりのことに気が動転してしまった。気持ちを落ち着かせてから立ち上がる。改めてエルの顔を見るとものすごく美しい。美しすぎて逆にエロさを感じさせない。

 確かに王女と言われれば信じてしまうほど美しいが、美しいからこそ勘違いがエスカレートしてしまったパターンかもしれない。


「エルが美人なのはわかったけど、それだけじゃ信じられないぞ」

「この角を見てもまだ言うかの!? 王家の証じゃぞ!」


 そんなことを言われてもたまに見かける山羊の獣人との区別がよくわからない。しかし本人がここまで設定にこだわるなら乗ってあげてもいいかもしれない。それに魔族でいいとこのお嬢様なのは間違いないだろう。


「わかった。エルは王女様だな。納得したよ」

「わかればいいのじゃ」

「それでエルはなんでこの国にいるんだ?」

「旅行中なのじゃ~」


 嬉しそうに語るエル。旅行ならどこかにお供がいるのかもしれないが昨日から何も食べていないのが気になる。はたしてお供がいるのかどうか確認をしてみよう。


「旅行って、一人で?」

「うむ! 一昨日ドラゴンに乗ってやってきたんじゃがドラゴンから振り落とされてのう」


 なんだと?


「……ドラゴンって操ってたの?」

「そうじゃ!」


 お供がどうこうという状況じゃなくなってしまった。ドラゴン騒ぎの犯人こいつかよ。


「旅行ならなんで王都に攻撃したの」

「結界が張られてて入れなかったから壊したのじゃ」


 おーまいがっ! 屋台のオヤジ、あんたの言うことは正しかったよ。これは関わっちゃいけない物件だった。人生の先輩の言うことは素直に聞かなきゃいけないな。つーかドラゴンごと街に降りるつもりだったのかよ。この厄介ごとを抱え込むのは俺には力不足がすぎるぜ。今日の出会いは良き思い出にして別れよう。


「そっかぁ、それじゃ俺はせっかくの旅行を邪魔しちゃ悪いからそろそろお暇しようかな」

「……おいとまってなんじゃ?」


 少し不機嫌そうな顔をしている。

 まずい、いきなり別れようとしたのは失敗だったか。機嫌を損ねたら魔法で攻撃されるかもしれない。どうする、どうやって切り抜ける?


「のう陽介、おいとまってなんじゃ?」


 ますます不機嫌そうな顔をしている。ただの美少女だったらこんなにも引き止められるのは大歓迎だったんだが、エルは絶対大型地雷だろう。それでもこんな美少女に引き止められるのは結構嬉しいがここは心を鬼にして別れなければ……。


「おいとまってなんじゃ! 難しい言葉を使ってアタシをバカにしてるのじゃな!」

「……はい?」

「爺やもそうじゃ! 難しい言葉ばっかり使ってアタシをバカにしてるのじゃ!」


 なんと単純に意味がわからないだけだったのか。ドラゴンに乗って攻めてきてるのにそれを旅行なんて言っちゃうから天才かアホかのどっちかだと思っていたけどアホの子の方かもしれない。いや絶対にアホの子だ。


「おいとまっていうのはお別れしましょうってことだよ」

「なんじゃと! さっき結婚したばかりなのにもう別れるじゃと! なんてやつじゃ!」


 あっれー? さっきのプロポーズ成功しちゃってたの? 俺の人生の中で最悪の悪手を打ったんじゃね? 骨髄先生には恨み言を言っておこう。


「ひどいやつじゃ! もてあそばれたのじゃ! 傷物にされたのじゃ!」

「まだ手ぇ出してねーから傷物にはなってねーよ! 人聞き悪いな!」


 エルはぎゃーぎゃー騒いでいるが、よくよく考えればエルの言葉はこの国では通じていないのを思い出し、周りの人々には変な誤解を与えていないことにひとまず安堵した。しかし広場で騒いでいるので言葉はわからずとも注目を集めてしまっている。このままでは衛兵がやってきてエルが捕まってしまうかもしれない。それだけならまだいいがとばっちりで俺まで捕まるかもしれない。最悪エルと衛兵のドンパチにまきこまれて死ぬ可能性もある。

 この場を離れなければならない。迅速に、そして穏便に!


「エル、ごめんね。俺は帰って夕食を作らないと殺されちゃうかもしれないんだ。だから今日はもうお別れしよう」


 嘘は言ってない。本当に命の危機があるからな。


「ごはん? アタシも食べる!」


 いやーん喰いついちゃった!? スッポンかなんかなの!? 喰らいついたらはなさいない性質!?


「ごはん! ごはん!」

「今フランクフルトを食べたばっかでしょ!」

「うちはうち、よそはよそじゃ!」


 それはちょっと意味がちげーよ? ていうか母ちゃん!?

 別れの切り出し方を間違えてしまったがしょうがない。少し話題を変えるか……。


「エルってどこに泊まってるんだ?」


 言ってから気が付いた。言葉の通じないコイツが泊まってる場所なんてあるはずがないことに。


「あっちの方の馬小屋じゃ」


 泊まってる場所あった!? 完全に無断宿泊だけど!


「そっかそっか、じゃあきっとお馬さんが待ってるから急いで帰らないと寂しがってるんじゃないかな?」

「そうかの? でも寂しいのはだめじゃの」


 おお! さすがアホの子、安定の扱い易さ。このまま乗り切ろう。


「俺は生まれた時からお馬さんとは憎み合う運命にあるからついて行けないんだ。だから今日はここでお別れだね」

「それはつらい運命じゃのう。じゃが、ふ、夫婦は一緒にいるものじゃから陽介について行くぞよ。馬にはあきらめてもらわんといかんの」


 ちくしょう! さっきの俺め! 誰かお願い時間を戻して! 夫婦発言をしてちょっと頬を染めてるエルが可愛いのがくやしい!


「――どうする、どうする、どうしたらいい、どうやればいい、どうしむければいい……」

「陽介、ぶつぶつ言ってないで早くごはん食べたいのじゃ!」


 もういっそエルを受け入れてみるか?

 これほどの美少女が嫁になるなんてこの先絶対ないだろう。アイーシャさんも美人だがあれもかなりの大型地雷だ。しかも嫁になってくれるかどうかわからない。

 エルを受け入れた場合確実にこの国に追われる。そしてきっとマギラスに行くことになるだろう。この世界に来たばかりなら迷わなかっただろうが、二週間ほど経った今となってはエクサス家の二人やお世話になったジルさん、ミシェルさん、それにラチェちゃんと別れるのはいささか辛い。知識不足ではっきりとはわからないが、マギラスに行っても人間は受け入れてもらえず即刻処分される可能性も考えられる。国に追われるだけならいいが捕まったら最悪処刑されるだろう。いずれにせよアイーシャさんに迷惑がかかってしまうのは心苦しい。もしかしたら問題が大きくなる前にアイーシャさん自ら俺を処刑に来るかもしれない。

 最良の場合はマギラスで幸せに暮らせる。最悪の場合は処刑される。ただ処刑される可能性が格段に高い。幸せになれるのなんて宝くじで一等が当たるくらいだろう。結論を言えばやはりエルを受け入れることはできない。

 だとしたらなんとしてもこの場を乗り切るしかない!


「あ! フランクフルトの群れが空を飛んでる!」

「何! どこじゃ!」


 今だ! ダッシュで逃げろ! アホの子で助かったぜぇ。


「陽介、いったいどこに……」


 いかん、騙されたことにアホの子が気付いた。だが残念だったな。もはやこの距離では追いつくことはできまい。ほぼ毎日ゴブリンを虐殺して上がりに上がりまくった俺のレベルをなめるなよ?


「陽介! 肉棒はそっちにいるんじゃな! アタシも行くのじゃ!」


 気付いてない!? 流石はアホの子! てかアホの子走るのはえー! 魔族の自称プリンセスは化け物か!? あ、いやドラゴン従えてるんだから化け物だよな……。


「エル! ここは俺に任せてお前は広場で待ってるんだ!」

「一人占めする気じゃな! 陽介! そうはさせぬぞ!」


 食い意地の張りすぎよ! エルちゃん!

 後ろを気にしてなどいられん。全速力で逃げねば。


「陽介遅いの、もっと早くは走れぬのか?」


 ぎゃーあっさり追いつかれた! 隣で微妙な顔でこっちを窺ってやがる。遅くてごめんなさい!

 ……もう諦めて止まろう。


「どうしたのじゃ、陽介? 早く追わねば逃げられてしまうぞ?」

「はぁ、はぁ、もう、はぁ、みうし、なっちゃっ、たよ、はぁ、はぁ」

「ぬぅ、残念じゃのう……」

「エル、だけ、はぁ、でも、追って、はぁ、きて」

「陽介をおいてはいけないのじゃ」


 嬉しくなることを言ってくれるじゃないの。でも今は言ってほしくなかった。

 いかん、もうなるべく穏便に済ます手が思い浮かばない。俺ではまったくアイディアが出てこない。やりたくはなかったがしかたない、最終手段にでるしかない。


「エル……」

「なんじゃ?」

「夕飯作んなきゃいけないから俺んち行こう……」

「ごはん!」


 最終手段、アイーシャさんに丸投げをしよう……。


 食堂には椅子が三つしかないので自室から一脚持ってくる。ごっはん、ごっはんと喜んでるアホの子には飴を渡しておとなしくしてもらった。アイーシャさんの機嫌を取るために少し手の込んだ料理を作る。さらにいつもより二品増やし少しでも怒りを抑えてもらおうという魂胆だ。


「ただいまー」


 玄関から待ちに待った声が聞こえてきた。


「陽介ー、今日のご飯な――」


 いつも通り部屋に戻る前に食堂に顔を出すアイーシャさん。目と目が合うエルとアイーシャさん。台所から様子を窺う俺。運命の瞬間が訪れた。


「……陽介、この魔族は何?」

「……餌あげたらついてきちゃいました、ごめんなさい」

「……元いた場所に戻してきなさい」


 それができたらどんなにいいか……。

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