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三日目 2

――13


『誠に勝手ながら、私、不動真菜は実家へ帰らせていただきます。今まで散々ご迷惑をお掛けした上、今回の勝手なわがままを……』

「どうかお許し下さい。不動真菜……か、アンタが構内捜し回って見っけたのはこの手紙一枚だけ?」

病院のベッドで手紙を読み終えた素子さんは、特に怒る訳でも、哀しむ訳でもなく、いつもの感じで俺に問い掛けた。

「はい、学校の中も周辺も捜してみたんですけど……研究室の机の上にこれが」

「残念、帰っちゃったのかマナちゃん。まだまだお話したかったんだけどなぁ」

「何のんきな事言ってんスか。何かおかしいっすよ、急にいなくなるなんて……やっぱりもうちょっと探したほうが」

「やめときなよ」

「どうしてっすか!」

 つい大声を出してしまった。そんな俺に素子さんは唇の前で人差し指を立ててシーッというジェスチャーをしていた。

「五月蝿いよ黒野、ここ病院。まあ、アンタの言う事もわかるけどさ、マナちゃん本人の意思で帰るって言ってるんだから、アタシらに止める権利は無いよ」

「でも……」

「でももへったくれもないの……、でも! っだ。ブルードルフィンのことは調べ続けるよ」

 素子さんは俺に顔を向けると、ニッと笑った。

「これは話が別だ。こちとら腹を掻っ捌かれてんだ。ここじゃ引けないよ。あの時完全に殺しに来てた。ブルードルフィンにはそれだけの何かがある。絶対に調べ上げてやる」

素子さんの視線はどこを向いているのかわからないが、口元だけがニヤ~っとつり上がっていた。

すると、いきなり俺の方に向き直り、素子さんはこう言う。

「とりあえずアタシは今日の夕方には退院できる。だから、早速夕方から始めるよ」

「それは別にいいっすけど、素子さんはそんなに早く退院して大丈夫なんすか?」

「大丈夫だよ。ちょっと様子を見るために入院しただけだから、激しい動きをしなきゃオーケー。それと、後はジイサンの事なんだけどなぁ……」

コンコンと突然病室のドアをノックする音が響いた。

「ん? 誰だろ? どうぞ~」

 素子さんは病室を訪ねてきた来客を招きいれた。ガラガラと病室の引き戸が開いた瞬間、俺と素子さんの顔が口を開けたまま凍りつく。

「失礼するよ。おや、桃山君元気そうだね。入院したと聞いてやって来たんだが、いやいや安心したよ」

 病室に入ってきたのは一人の老人だった。白髪の髪をオールバックにし、若者向けのジャケットを羽織り、黒いデニムを穿いた人物。そして何より、その人物は俺や素子さんがよく知る人物だった。

「明神……先生?」

 俺はあまりに突然だったので、よく知っている顔なのに呆気に取られ、それが誰なのかすぐに理解できなかった。

「ん? どうした君達? 幽霊でも見たような顔をして、私はこの通りピンピンしておるぞ」

 ハハハと笑い自分が元気であることをアピールしてみせる先生。俺は何を話していいかわからず、戸惑っていると、素子さんはベッドから飛び起き先生に飛びついた。

「こんの~ジジイ! 今までどこほっつき歩いてたぁ!」

「イ、イダダダ! も、桃山君、か弱い老人にヘッドロックはイカンよ」

 素子さんは先生に飛び掛ると、先生の頭を締め上げた。さすがにやりすぎだと思い、止めに入る。

「素子さん、とりあえず落ち着いてください!」

 俺は素子さんを先生から引き剥がした。素子さんはまだ興奮しているようで、鼻息が荒かった。

「はぁはぁ、久しぶりに会ったと思ったら、随分な出迎えだな」

 先生はふぅと息と服装を整えた。

俺は素子さんをベッドに戻すと、先生がいる方に向き直った。

「たしかに、素子さんの言う通りですよ。今までどこに行ってたんすか? 連絡も通じなかったし」

 俺がそう言うと、先生はいやはやと頭を掻きながら謝り始めた。

「いや、すまない携帯の電池が切れていたのをすっかり忘れてそのままにしてしまっていた」

 すまない、と先生は頭を下げた。

「もういいっすよ。無事戻って来たんだし」

「よくない」

 間髪入れずに素子さんが割って入ってくる。そして、単刀直入に今回の事の始まりを話し始めた。

「先生が研究室を空けている間に一人の女子高生が先生を尋ねて来ました。その娘の名前は不動真菜。A&J製薬の社長令嬢だそうです」

「そんな子が何故私の所に」

 先生は首を傾げた。思い当るふしが無いのか先生は少し考え込んでいた。

「ブルードルフィンご存知ですよね?」

「また懐かしい名前が出てきたね。君達は……ブルードルフィンを知っているのかね?」

「その女の子が持ってきた資料を読みました。生物の体内に入ることで異常な遺伝子を治し、癌などの難病すら治癒する万能薬。そう書いてありました」

「ああ、そうだ。そして、A&J製薬か……なるほどな」

先生は何かを悟ったのか、納得したような表情を見せる。しかし、先生はすぐに複雑な表情になり、顔を伏せてしまった。

「それで、その娘は今どこに?」

視線を俺に向け、先生はマナの居場所を訊いてきた。しかし、俺はその質問に即答することが出来なかった。本当ならば、『この娘です』と、すぐに紹介したかった。

「彼女は……帰ってしまいました」

「そうか、私も直接詳しい話を聴きたかったが、仕方ない」

 ここで、しばしの沈黙が訪れる。病室の外から聞こえる他の患者さん達の会話がやけに大きかった。

「……そんで、ブルードルフィンってのは何なんですか?」

 沈黙を破ったのは素子さんだった。真っ直ぐ先生を見据えて真剣な表情で質問した。

「アタシ達も気になってるんですよ、その薬の事。そこらの薬とは違う、何かあるんでしょう?」

「何故そう思う」

 先生の言葉を聴いた素子さんは何を思ったのか、急に上着をめくり包帯の巻かれた腹部を先生に見せつけた。

「アタシの腹に傷をつけていった奴もブルードルフィンを知ってました。これでも何にもないといいきれますか?」

「わかった、わかったからとりあえず服を戻しなさい」

 先生は顔を手で隠しながら言う。そして、素子さんが服を元に戻した事を確認すると、「コホン」っと咳払いをし、話し始めた。

「わかった言うよ。頑固な君達だ。何を言っても無駄だろう」

 そう言うと先生は素子さんの横にあった椅子に腰を下ろした。

「あれからもう十五年以上経つのか、早いものだな」

 先生はしみじみと言う。そして、話してくれた。昔の出来事を。

「十五年以上前の事だ。A&J製薬と北関東科学大学が共同して新薬の基礎研究を行うことになった。その時に生まれたのがブルードルフィンだ」

 先生は手を祈るように組み、視線を床に向けていた。何か、昔を思い出しているようだった。

「ブルードルフィンは他の候補となる物質とは一線を画す程のものだった。試験を重ねていくうちに候補物質は絞られ、最終的に残ったブルードルフィンで本格的に研究を進める事となった。だが……」

 先生は言葉を区切り少し黙っていた。顔を伏せているので表情はよくわからなかった。

「マウスなどを使った動物実験の段階に入ってからは芳しい研究成果は得られなかった。確かに薬を投与したマウスの異常部位は見られなくなり治癒効果は絶大だった。しかし、薬を投与されたマウスは皆狂暴化したり、他のマウスを噛み殺してしまうといった異常行動が多く見られた。何度実験を繰り返してもやはりうまくはいかなかったよ」

「それで実験は見送りに?」

「ああ、当時は経済状況がかなり悪化していたし、結果が得られない研究に金を出せるほどの余裕は無かったようだ」

 先生の話を聴く限りでは、『結果が出ないから打ち切りになりました』って感じで、特に何かがあるとは思えない。

「今の話だとただの打ち切りになった研究って感じで、おかしなトコなんて無いんですけど」

 素子さんも俺と同じような事を考えていたようだ。

「その通りだ。この研究におかしなところは何も無い。だからこそ桃山君が襲われる意味が解らない」

「そんな……だって先生はこの研究のリーダーだったんじゃないんすか? 他に何か知ってるんじゃ……」

「いや、本当にそれだけだよ、他には特に無い。それと、私は研究リーダーと言っても名前を貸していたにすぎない。実際、ほとんどの研究を行っていたのは私ではないしね」

「え?」

「この研究を主に行っていたのは当時私の研究室にいた黒野英嗣君、そう黒野君、君の父だ」

 正直驚いた。親父が研究に関わっていたのはマナの持ってきた報告書で知っていたけど。

「ふーん、黒野の親父さんが研究をねぇ。しっかし、先生の話でますますわかんなくなっちゃったなぁ」

「すまんね、君達の邪魔をしてしまったかな」

「いや、そんな事無いっす。先生の話を聴かせてほしいって言ったのは俺達ですし」

「しかし、危ない事はやめてくれよ。君達にもしもの事があったら私は……」

「もしもの事なんて日常茶飯事じゃないですか」

 それはもう「もしも」の事ではないと思う。全く反省の色を見せず笑う素子さんを見て、先生は頭を抱えてしまった。

「出来るだけ危ない事はしませんよ。俺だって怪我するのは嫌だし」

「ああ、頼んだよ黒野君」

「なーんか黒野だけヒイキされてるような気がするんですけど」

 日頃の行いの違いだ。しかし、話をしてくれた先生には悪いけど、いくつかの疑問は解消されなかった。どうしてマナはこの研究の事を訊きに来たのか、どうしてブルードルフィンの名前を知っていただけで素子さんは襲われたのか。やはり、素子さんの言う通り足を使って調べるしか無さそうだ。

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