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三日目 1

――11


俺とマナは一度大学の研究室に戻る事にした。帰りの車内では俺もマナも終始無言で、車の走行音がやけに大きく感じた。

「よーし着いたぞ」

大学に到着し、車から降りる俺とマナ。依然としてマナの表情は曇ったままだった。

「どーしたんだよ。いつまでも暗い顔して。まーだ自分のせいだとか思ってんのか」

「だって」

「だからマナは何も悪くない。素子さんもそう言ってただろ? だから、いつまでも気にしてんな。その方が素子さんだって気分悪くなるぞ」

時計の針は午前十時を指していた。病院から大学に直行したため、俺とマナは朝から何も食べていない。

「そうだ、マナ腹減ってないか? 朝何も食べてないだろ。何か買ってくるぞ」

「……いらない、今食欲無い」

「何か食わなきゃ元気でないぞ。とりあえず、売店行って食い物買ってくるから、マナは待ってな」

 俺は研究室を出て、学校の売店へと向かった。

 昼前だからか珍しく人のいない店内で何か食べ物はないかと品定めをしていた時だ。

「あら? またお会いしましたね黒野さん」

「ああ、竜崎さん」

 またまた、竜崎さんに声をかけられた。

「最近よくお会いしますね」

「いやまったく」

 竜崎さんといえば、昨日話していた藤堂先生はどうしたんだろう。一人で大丈夫みたいな事言ってたけどやっぱり心配だ。

「ところで、竜崎さん。昨日話していた藤堂先生の件はどうしました?」

「え、ええ。おかげさまで連絡をとることができましたよ」

 何だ、今の間は?

「そうですか、それは良かった。それで、先生は今どちらに?」

「ごめんなさい。連絡はとれたんですけど、先生今体調を崩されているみたいで休まれてるんです。大丈夫とは仰ってましたが」

「ああ、そうなんすか」

 おとといは結構元気そうだったんだけど、やっぱり疲れが溜まってたりすんのかな。

「あの、黒野さん。突然なんですけど、今お時間ありますか?」

「ええ、まあ」

「最近、黒野さんとは良くお会いするし、少しお話ししたいな~って思ったんですけど……ダメですか?」

 突然のお誘いに少し頭が真っ白になった。大学に入ってから、素子さん以外の女性から誘われる何て初めてではないだろうか。そんな事を思い何だか悲しくなってきたが、ここは素直に喜ぼう。

 だけど、今研究室にマナを待たせている。かといって、竜崎さんのお誘いを無下にお断りするのもできない。

「あ、やっぱりご都合が悪いですよね。ごめんなさい」

「いや、少しくらいなら大丈夫ですよ」

 少し悩んだ結果、十数分くらいならいいかなという結論に至った。ゴメン、マナ。もう少し待っててくれ。

「人も居ませんし、隣の学食でお話ししませんか?」

 竜崎さんの提案で売店のすぐ隣にある学食の席に移動した。

「どうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 俺は席に着く前に紙コップの自販機でアイスコーヒーを二つ買い、一つを竜崎さんの前に置いた。

「あの、お金を……」

「お金はいいっすよ、俺のおごりです」

「ごめんなさい」

 そう言って、竜崎さんは渋々ながらもアイスコーヒーを受け取ってくれた。

「こうしてお話しをするのは初めてですね」

「そうっすね。廊下とかで挨拶したり、ちょこっと立ち話するぐらいしかなかったっすもんね」

 昼休みともなると学生達でごった返す食堂も今は俺と竜崎さんの二人しかいない。なんだか、食堂がいつもより広く感じた。

「ええと、黒野さんは今勉強していらっしゃる分野や研究に以前から興味があったんですか?」

「うーん、今してる研究に興味を持ったのは大学に入ってからですけど、科学自体は子供の頃から好きでしたね。父親の影響があったのかも」

「お父様は何か科学に関したお仕事をなされていたんですか?」

「ええ、まあ」

 竜崎さんは「へぇ~」と頷いた後、アイスコーヒーを口にした。

「黒野さんって、よく研究室の方とお食事に行かれたりするんですか?」

「え? どうしてっすか」

「よくポニーテールの女性や学部生の男の子とお出かけされるのを見かけたりするので」

 ああ、そういうことか。学部生の男の子ってのはみっちゃんの事かな。正直なところ、その二人くらいしか遊びに行く相手がいないんだよなぁ。何か悲しくなってきた。

「ええ、まあ、素子さんに無理やり連れて行かれてるだけなんスけどね。あ、素子さんってのはポニーテールの人ですよ」

「それと明神先生ともお出かけされますよね」

「ああ、確かにたまにですけどメシを食べに行きますね。先生は食事でもしながら研究の話をしようとか言ってますけど、実の所一人でメシ食うのが嫌なんでしょうね」

「違いますよ、明神先生は期待されていらっしゃるんですよ黒野さんの事」

「ええ? そうっすか?」

「はい。藤堂先生もよく黒野さんの事最近の学生の中では真面目な学生だって仰ってましたし」

「マジすか」

 そういわれるとすごく嬉しいな。昨日は藤堂先生の講義あんな不真面目態度で受けてたけど、俺の評価はまだ大丈夫かな……。

「羨ましいな」

「え? 何か言いました?」

「黒野さんが羨ましいな、って」

「何でです?」

「黒野さんはそれだけ必要とされているんですよ。期待もされているし、私なんかとは違います」

「いやいや、そんな必要とされるなんて大層な事じゃないっすよ。それに、竜崎さんだって医大に入って、医者になるためにがんばってるじゃないですか。俺なんかよりずっと必要とされてますよ」

「そんな事……無いですよ」

 少しだけ、竜崎さんの声のトーンが下がった気がした。

「私って昔からいてもいなくても変わらない存在だったから。私なんかより研究室にいる実験動物の方がよっぽど人の役に立っていますよ」

竜崎さんは目の前のアイスコーヒーをじっと見つめている。笑顔でいるもののなんだか、哀しい雰囲気が漂っていた。

「って、私何言っちゃってるんですかね。ははは、ごめんなさい、つまらない話をしてしまって」

「そんなに悲観的にならなくてもいいと思いますよ。今必要とされてなくても、いつか必ず竜崎さんが必要となる時が来るはずです」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

竜崎さんは伏せていた顔を上げ、笑顔でそう言ってくれた。さっきまでの自嘲した笑顔ではなく、明るい笑顔だった。あまりの笑顔に俺は竜崎さんを直視出来ず視線を逸らした。

「あ」

「どうなされました?」

たまらず視線を逸らした先には時計があった。時間を見てみるとだいぶ時間が経っている。やばい、これ以上マナを待たせておく訳にはいかない。

「すいません、俺そろそろ研究室に戻ります」

「あ、ごめんなさい私長々とおしゃべりしてしまって」

「いいんですよ、お話ありがとうございました。ではまた」

「はい、また今度」

 そう言って俺は研究室に戻る事にした。途中、買いはぐれた昼飯を売店で購入し、生物科学科棟へ向かった。

「悪い、遅くなった……って、あれ?」

 研究室のドアを開け中に入った途端、異変に気が付いた。

「……マナ?」

おかしい、研究室にマナの姿は無く、気配すら感じられない。俺は研究室を隅々まで捜した。それでも見つからず、今度は構内を走り回って捜した。捜す時間が経つにつれ、何だか気持ちの悪い、嫌な予感がどんどん増していった。

「マナ……、どこ行ったんだよ」

 一時間近く構内を探し回ってはみたが、結局マナの姿を見つける事は出来なかった。

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