行間2
――10
桃山素子が襲撃されたその夜、神ノ宮に在るとある研究室で二人の男性が話し合っていた。その二人以外に人気は全くなく、他にあるものといえば、棚に綺麗に整頓された実験器具と並べられた薬品ビンといった無機質なものだけだ。一人は白衣を纏った初老の男性、もう一人はA&J製薬社員である進藤だった。
「ブルードルフィンの方はもう完全に仕上がっているよ。先方にはいつでも大丈夫だと伝えてある」
「そうですか、それは何よりです。何ですが……」
進藤は少し言いよどんだ。
「どうした進藤君、何かあるのかね」
「ええ、実は我が社の社長の娘さんが家出してしまいましてね、不動真菜という女子高生なんですけれども。いや家出自体はどうでもいいんですけど、もしかしたらそのお嬢さん、この計画について気付いている可能性がありまして、今探しているところなんですよ」
「その娘一人でどうこうできるわけではないんだろう。問題は無いんじゃないのか」
白衣の男は特に慌てることもなく淡々と答える。
「ええ、問題はありません。ですが、この後の私の計画が面倒な事になるんですよ。なので、計画の最終段階は少し待ってもらえませんかねぇ」
進藤は笑みを浮かべながら白衣の男に懇願する。
「別に構わないよ。まだまだ余裕はあるからね」
「そう言ってもらえると助かります」
「しかし、あまり時間がかかるようならこちらで計画を進めてしまうから注意してくれ」
「ええ、わかっています」
コンコンと、突然二人の居る研究室のドアをノックする音がした。
「失礼します」
研究室のドアを開け中に入ってきたのは、左頬に大きなガーゼを張り付けた竜崎神奈だった。
「ああ、竜崎君か……ん、どうしたんだねその顔は」
「いや~、申し訳ありません。ブルードルフィンの事を嗅ぎまわっていた人達がいたので、口封じをしようとしたら失敗してしまいました」
笑顔で弁解する竜崎。
「もしかして、その嗅ぎまわっていた連中というのは黒野恭輔と桃山素子か?」
「あれ? ご存じなんですか」
「いや何となく予想がついただけだ。それに、今の君にそれだけの傷を負わせることのできる人物なんて限られてくる」
「え、そうなんですか」
「とにかくだ、今後彼らに余計な手出しは無用だ。ブルードルフィンの事を嗅ぎまわっていても彼らではどうしようも出来ない。それに下手に手を出して計画が流れてしまう事の方が困るからな」
「わかりました。以後気を付けます」
白衣の男の真剣な声に竜崎は真面目に答えた。
「ああ、そうだ。今研究室に入って来るときに聞こえたんですけど、進藤さん女の子探してるんでしたっけ?」
「ええ、そうですが」
「確か、不動真菜さん……でしたっけ? 私お会いしましたよ。北関東科学大学で」
「北関東科学大学……、ああ、なるほど。心当たりがあります。明日にでも尋ねてみましょう」
進藤はそう言っていやらしい笑みを浮かべた。