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エピローグ

――23


 あれから一週間が経った。

 あの後、藤堂先生は駆けつけた警察官によって逮捕された。素子さんが進藤を叩き起こし、藤堂先生の逃走ルートを吐き出させたらしい。

 勿論、俺の通う北関東科学大学は大騒ぎになった。現大学教員が逮捕されたんだ、当然だろう。事件が明るみに出てからというも校門の周りには毎日マスコミが張り付いている有様だ。

 しかし、そんなんでも俺は北関東科学大学の学生だ。大学には行かなければならない。だから、今日も今日とて生物科学科棟に入って行くのであった。

「おはようございまーす」

 研究室のドアを開け元気に挨拶をする。

「おう、おはよう」

「おはよう、恭輔」

 研究室にはダルそうな顔をし、椅子に座っている素子さんともう一人、明るい笑顔のマナの姿があった。

「マナも来てたのか」

「うん。この前のお礼を言いに来たの」

 嬉しそうな表情をしたマナの手には紙袋があった。お礼をしに来たと言っているから茶菓子か何かを持ってきてくれたのだろう。

「それにしても、今日もマスコミにもみくちゃにされましたよ。早く帰ってくれないっすかねぇ」

「そりゃまあ無理だろうな。連中の仕事はソレなんだから、当分は我慢しな。ああ、そんな事より、黒野お茶淹れて。マナちゃんが折角お菓子を持ってきてくれたんだから」

「はーい」

 どうやらお菓子で正解だったようだ。俺は気の抜けた返事をすると、お湯を沸かし、お茶を淹れ、素子さんとマナの待つ休憩室へ運んだ。

「そういえば、大変だなマナの家は」

「へ?」

 俺は淹れたお茶をマナに手渡しながら訊いた。マナは突然話を振られ、少し驚いたようだった。

「確か、親父さんこの前に事件の責任を取って社長を辞めるんだろ?」

 藤堂先生が違法薬物の研究及び作製を行っていた事が今回の事件であり、そして、その違法行為にA&Jファーマが関わっていたという事の責任をマナの父親である不動社長が取る形となった。

「大変だねぇマナちゃんは。今年大学受験でしょ?」

 素子さんは俺からお茶を受け取りながら言う。

「お父さんは、お金の事は心配しなくてもいいから勉強に集中しろって言ってくれてますけど、やっぱり負担はかけたくないから授業料の安い国立大学を受けようと思ってます」

 マナは笑顔でそう言ったが、すぐに暗い表情になる。

「けれど、一番心配なのはお母さんの事だから。お母さんが元気になってくれればそれでいい」

 研究室がシーンと静まり返った。開け放たれた窓からは外で騒ぐ学生達の声が響いてくる。

 「大丈夫だ」とか「きっと良くなる」なんて言葉はとてもかけられない。そんな事を言ったところでマナのお母さんの病状が良くなるわけでもないし、それにそんな無責任な事、俺には言えない。

「あっ、あーそうだ。まだ明神先生にお礼を言ってなかった」

 静寂の中、突然マナが少し棒読み気味でそう言った。

「私、先生の所に行ってきますね」

 そう言うと、やや早歩きで研究室の出口に向かう。

「先生の部屋わかるか?」

「うん、大丈夫」

 ドアを開け、バタバタと研究室を出て行ってしまった。

「余計な事を訊いちゃいましたかね?」

「そーだな。変な気まで遣わせちゃったみたいだしね」

「ああ、ついでなんですけど、そのA&Jファーマをめちゃくちゃにした進藤とか言う男、留置所で首を吊って死んでたみたいです。内海さんから聴きました」

「ふーん、あっそ」

 特に興味を示さない素子さんは近くにあった雑誌を手に取るとペラペラとめくり始めた。

「でも何か不自然な死に方らしくて、自殺じゃないんじゃないかって」

「大方、消されたんだろ? そいつのバックにいる組織にさ。そりゃ組織の情報漏らされんのは嫌だろうからな」

 ペラペラと雑誌をめくっていた素子さんだったが、雑誌に飽きたのか、ぴしゃっと雑誌を閉じると俺の方を向いた。

「ていうか、そんな奴の事よりも、藤堂先生はどうなった訳? いや、どうなるか……か。ウッチーからそこんとこ聴いてないの? アタシあれからウッチーに会ってないからわかんないんだよね」

「ああ、その事なんスけど、まだ罪状の確認とか、余罪ととにかくいろいろ調べなきゃならないらしくて……そんで……」

「ん? そんで、何なんだよ」

「その、藤堂先生、竜崎さんを庇って、あの廃ビル一件をやったのも自分だって言い出したみたいですよ」

「はぁ~? 嘘だろ? どこまでお人好しなんだよ、あの人は。あんな奴ほっとけばいいのに」

 どうやら素子さんは、竜崎さんに刺された事を根に持っているようだった。確かに殺されかけたのだから当然なのだが。

 その竜崎さんだが、未だに運び込まれた病院に入院している。俺があまりにも強く殴ってしまったのが原因かとおもったのだが、そうではないらしい。肉体的にはもう問題無いとの事。しかし、薬……つまり、ブルードルフィンの副作用なのか、はたまた、藤堂先生が逮捕された事がよっぽどショックだったのか、竜崎さんは精神的に不安定になっているとの事だった。

「そんなだからあんな奴に付け入られるんだよなぁ。本っ当、誰かさんそっくりだよ。特にお人好しなところがね」

「誰かさん? 身の回りにそんなお人好しな人なんて居ましたっけ? それとも素子さんの知り合いっスか?」

「……ばーか」

 ヒドイ、突然暴言を吐かれた。俺そんな悪い事訊いたのか?

「それに、最初からその気が無いのならあんな研究しなきゃよかったのにな」

「? その気が無いってどういう意味っすか?」

 俺の質問を聞いた素子さんは、はぁーと溜め息を吐いた。どうやら呆れている様だった。

「お前……直接本人と話をしてて何も気にならなかったのか? あの日のお前と藤堂先生のやり取りを聴かされた時、アタシは疑問ばかり浮かんできたぞ」

「疑問……っすか?」

 ああ、と素子さん頷く。

「まず第一に、橋の上でお前を発見した時だ。どうしてわざわざ車を止めて降りていく必要がある? お前なんて無視して行っちゃえばいいのに」

 さらに素子さんは「邪魔なら轢いちまえ」なんてことを言いやがる。まあ、俺も体張ってでも引き止めるつもりでいたから、素直に止まってくれたのは正直助かったのだけれど。

「まあいい、車から降りてきたのはお前との別れを惜しんで、最後の挨拶をしたかったのかもしれない。……では次だ。もう一つ疑問。どうして藤堂先生は挨拶だけでは済まさず、長々と昔話をし始めたのか? しかもそこの話を聴いてると、どーもお前を怒らせてるようにしか聞こえないんだけどなぁ」

 続けて「お前はどう思った?」と素子さんは訊いてきた。

「うーんと、そん時は、確かに頭に来たりしましたけど、それよりも次から次へと新事実を聞かされて混乱してましたからね。正直冷静に物事を判断する事の出来る状態じゃありませんでしたし……」

「そりゃそうか、まあ、その辺も、『お前ともう会えなくなるから最後にお前の親父さんの話をしてあげよう』的な藤堂先生なりの優しさだったのかもしれないな……でも」

 素子さんは手に持っていた雑誌を机の上に乱暴に置いた。

「一番理解できないのは、どうしてわざわざお前にまで日本刀を渡したのか、だ」

 確かに、こう聴かされると異様だな。そんな事も疑問に思わない程当時の俺は頭がいっぱいいっぱいだったみたいだ。

「紳士的? フェア精神? ハッ、馬鹿げてる。藤堂先生本人も言った通り、命を取り合う為の暴力だぞ? そんなのありえない。お前からそん時の話を聴いて、そんな疑問が浮かびまくったから、今まで考えてみたけど、結局、この結論しか出なかったよ」

「何すか?」

「きっと藤堂先生はお前に止めてほしかったんだろ。良い先生だったけど、結構優柔不断なんだな」

 そうか、そう思ってみるとそれらの疑問もわからなくはない。止めてほしかった、か。素子さんの言う通りだ。そんな事なら最初からこんな事をしなければよかった。

 でも、しかし、藤堂先生がブルードルフィンの研究を再開しなければ、竜崎さんは助からなかったのではないだろうか。過去に何があったかは知らないが、竜崎さんは確かに藤堂先生に助けられたと言っていた。あれで助かったのかはわからないが竜崎さん本人がそうだと言うならそうなのだろう。結局、ブルードルフィンは一人の命を救ったという事になるのだろうか。

「……素子さん、一つ問題を出していいですか?」

「おっ! なになに? おもしろそうじゃん。出してみ」

 問題と聞いて、何だか素子さんはテンションが上がっているようだ。

「科学によって救われた生命と科学によって奪われた生命どっちが多いか」

「そんなんどっちでもいいよ」

 即答しやがった。しかも問題にかぶせ気味に。何なんだよこの人は、何か真剣に問題出したのに馬鹿らしくなってきた。

 しかし、素子さんは「でも」と続けた。

「その両者の数がイコールになっちゃダメだと思うね。それだと科学の意味が無くなっちまう。良い意味でも悪い意味でも」

 最後に「駄目だ。その答えは私にもわからん」と正直に答えてくれた。

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