第6話 依頼
カラン・カラン・カラン
カウベルが、ガランとしたパン屋の店内に鳴り響いた。
ロッキングチェアーで寝ていたベッカーが、即座に反応した。
「今日は何もねーぞ。明日また来てくれ」
ふあぁ~と伸びをしながらあくびをする。
「悪いな俺だ。カルロだ」
「なんだ。警備か」
「デニスもいます」
警備兵は仕事中は二人以上で行動する。何かあった時、即座に対応できるように。
「ま~た厄介ごとか? 昨日の話は終わっただろう」
「ああ。だから報奨金を持ってきた。2万ギルだ。受け取れ」
「命張って街を守って2万ギルか」
「今回は色付けれた方だぞ。それと昼食代? 800ギルだ」
「お~。ちゃんと通ったのか? 珍しいこともあるもんだ」
懸賞金の付いていない悪党を捕まえてもせいぜい7000ギル程度しか報奨金は出ない。あまり高くすると、罪のないものを突き出す輩がいるせいだ。
機嫌よく報奨金を受け取ると、「じゃあ終わりだな」と帰そうとする。
「まあ待て、それでだ、お前に依頼があるんだ」
「ええ? めんどくさそうだからパスでいいか」
「そう言うなよ。昔からの馴染みだろ」
はぁぁ、とわざとらしい溜息をついてみた。
「引き受けやとして仕事受けてくれ」
「こっちだって受けるかどうか選ぶ権利がある。何頼みてえんだ?」
「簡単な仕事だ。しばらくの間、子供一人預かってくれ。日当5000ギル。2週間もありゃ7万ギルだ」
カルロがそう言うと、部下のデニスのコートの中からエバが出てきた。
「ちょい待て! この嬢ちゃん貴族の令嬢だろ。そういった身分の奴は、それなりの地位にある奴に任せろよ」
「そうですよ、分団長。こんな得体のしれないおっさんにお嬢さんを任せて大丈夫なんですか!」
カルロがデニスを睨んだ。
「こいつはパン屋のくたびれたおっさんだが、お前より腕が立つ。こう見えて責任感も強いお人よしだ。押し付けられたら断れない奴だ」
「おいおい、聞こえてるぞ。誰がお人よしの断れない男だって?」
「聞こえるように言ったんだ。受けてもらわないとこっちが困るんでね」
「なんでまた、俺なんだよ」
カルロは取り調べの結果を伝えた。
あの二人は金で雇われただけのならず者たちで、有力な情報は持ち合わせていなかった。
だが、彼らの他にも何人かのならず者が、同じ話を持ち掛けられたとの情報が、裏社会で噂になっていた。
だから、いつどこで刺客が現れるか分からない。
ならず者同士が、我先にとチャンスをうかがっているのが現在の状況。
それに対応でき、なおかつ、現在のお家騒動に巻き込まれてもいいという、奇特な貴族を見つけることは不可能だということらしかった。
「騎士団で面倒見る訳にもいかないしな」
「こんなおっさんに面倒見させるのは、もっとありえないと思うぞ」
「それなんだが……、このお嬢様がお前をご指名でな」
「まさか?」
エバがベッカーの前に立ち、きれいなカーテシーを取った。
「ジーノ・プリマベーラ男爵の娘、エバ・プリマベーラです。年齢は12歳。未熟者ではございますが、よろしくお願いいたします」
「お、おう」
不意な貴族の挨拶に、思わず相槌を打ってしまう。
「まずは、昨日、命を助けていただいたこと、まことに感謝申し上げます」
「え、ああ。行きがかりだ。気にするな」
「それに美味しいお食事を分け与え下さったこと、心から感謝しております」
「金は貰ったから礼はいい」
「分団長様から、騎士団からスカウトが来るほどの腕前だと聞いております」
「……昔の話だ」
「わたくしは、現在頼れる者もなく、敵も多い身の上。このままでは明日にでも命を落としてしまうかもしれません」
「ああ……もういい! 日当一万! 飯代別だ。諸経費は別でもらう。二週間って言ったな。だったら二週間で何とかしやがれカルロ。それ以上は契約できん!」
「そう言ってくれると思ったぜ。こんな子供追い出せる奴じゃないからな」
「うるせえ! エルザがいたら受け入れろって言われるのが目に見えているからな。顔向けできないまねはしたくねえ。それだけだ」
カルロは軽口をやめ、改まった声でベッカーに言った。
「すまない。お嬢さんを頼む」
「ああ。できる限り守る。命を張るのはいつものことだ」
カルロは、辛そうな顔でベッカーを見つめた。
「お前がエルザさんのもとに行きたいのは知っている。だがな、俺はお前に生きていて欲しいんだ」
「……ああ。わざと死ぬような真似はしない。全力で守り抜いてこそ、合わせる顔もあるってことさ」
お互いに微妙にかみ合わない会話だと知りながら、無理やり笑顔で言葉を交わした。
「では、正式に依頼をする。ベッカー、エバ・プリマベーラ令嬢の護衛を二週間の期間限定で警備団分団長カルロが依頼する」
「わかった。謹んで受けよう」
「デニス、契約書を」
「こちらです。って言うか、本当に大丈夫なんですか」
まだ若いデニスは、ベッカーの事がまるで分っていなかった。
「いいんだ。何かあっても、お前には責任が被らないようにする」
「そうですか。いえ、俺のためでなくお嬢様の……」
デニスは自分の保身で笑顔になりそうなことに気が付いて、あわててエバの身を心配するような言葉をひねり出した。
「大変だな、新人教育」
「そう言うな。人手不足なんだ」
いいおっさん二人は、お互いを気遣いあっているのか、ははっと笑ってため息をついたのだった。
こうして、ベッカーとエバの奇妙な生活が始まったのだった。




