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死にたがりのパン屋のおっさん、刺客に追われる追放令嬢を うっかり助ける  作者: みちのあかり


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第13話 戦闘

「よし。後は一次発酵が終わるのを待つだけだ」


 ベッカーは普段着に着替え、調理器具を洗い終わると、必要な所に薪を足していった。


「さ、一杯飲んで二時間ほど仮眠する……タイミングだが」


 エールの瓶を一本持ち上げ、愛おしそうに眺めた。


「嬢ちゃんのためにもう一仕事終わらせるか」


 子供部屋に鍵がかかっているのを確認し、防犯用の鎧戸が窓の全てで閉まっているのを確認し、玄関に鍵を掛け、夜の街に繰り出していった。



 下町の危険な路地裏に、怪しげな店が立ち並ぶ。ベッカーが歩いていると、客引きの女性たちから声がかかる。


 店もなくなり、袋小路の最奥。そこがゲドー組の事務所。

 ガラの悪い男たちが四人、ベッカーを囲む。


「ん? 何の用だおっさん、女と遊びたけりゃ向こうへ行きな」


 片手にビールを持った酔っぱらいのおっさんが、道を間違えたのだろうと、凄むだけで済まそうとしていた。


「ああ、お前らと遊ぼうと思ってな、まあ、乾杯でもしようや」


 振りまくったエールの王冠を抜き、男たちの顔に飛び出すエールを吹きかけた。


「なにしやがる!」


 目にエールが入って、ひるんだ男たちを、エールの瓶で殴る。

 足をかけ倒すと、靴底で鎖骨を折る。


「鎖骨折れたら腕が使えなくなるだろ。死にたくなけりゃ転がってな」


 男たちのうめき声と、「カチコミだ!」という叫びが響いた。


「お~お~、出てきやがったか。あいにく、今死ぬわけにゃあいかねえんだ。発酵時間内で終わらせてもらうぜ」


 十人ほど出てきた男たちの、腕や足を折りながら階段を上がり、組長のいる二階のドアを蹴破った。


「随分派手なご登場だな、ベッカー」


 組長のゲドーが、黒塗りの机の前で豪華な椅子に座りながら、低い声でベッカーに挨拶をした。


「ああ。まさかあんたが俺に喧嘩を売るとは。随分、モウロクしたんじゃねえか?」


「こいつ!」

「親分に向かって何を!」


 周りを固めた男たちが恫喝する。


「やめな。おい、ジャンク!」

「ヘイ」


「俺は、手を引けって言ったよな」

「しかし親父! たかがパン屋のおっさんじゃねえか」


「なんだい、内輪もめか? 三文芝居で時間潰す暇はないんですけどねえ」


 場にそぐわない、緊張感のない声で茶々を入れるベッカー。


「発酵しすぎるとパンがまずくなっちまわあ」

「すまんな。おい、ジャンク、この件うまくやって、俺を追い落とそうとしたんだろ! 証拠は挙がってるんだ!」


「ああそうさ! 俺も来年は四十。いつまでもナンバー2でいられねえ」

「お前を買っていた俺が馬鹿だったのか、あと三年で新体制を整えてからお前に組を譲る気だったんだがな」


「親父のやり方は生ぬるいんだよ!」

「お前は智謀が足りん。補佐が必要だ」


 ならず者同士の親子げんかに巻き込まれているベッカーは、だんだんイライラしてきた。


「だからよう、俺に対してどうけじめ付けてくれるってんだ! あんたら放っといて、構成員全員潰すか!」


「まてベッカー。そうだな。おいジャンク、お前こいつとサシで勝負しろ。殺しても構わん。お前が勝ったら俺は黙って隠居してやる」


「ホントか? こんなおっさんひねりつぶせばいいのか?」


「ベッカー、お前が勝ったらお前達には二度と手を出さねえと約束する。1000万ギルも払おう。他に何かあれば話は聞く」


 ベッカーは、「やっちまって構わねえのか?」と確認を取った。


「ああ。好きなようにやっていい。他の者は手を出すんじゃねえぞ」


 事務所で暴れられても困る、と、構成員全員裏庭に出た。


「ゲドー組がこの街の裏稼業のトップと知っての狼藉。このジャンク様が楽に殺してやるよ」


 暗殺用のナイフを器用に振り回しながら、ベッカーを煽る。


「で、お前の武器は?」

「ああ、そうだな。麺棒は置いてきたし。じゃあ、この肩こり解消棒でいいか」


 最近、他国から持ち込まれてブームになっている肩こり解消のための短い棒。いわゆる、ツボ押しのための道具だ。


「いや~、歳は取りたくないね。最近疲れがひどくてな」

「ふざけてんのか!」


 肩をグリグリをと棒で押しながら、のんきに答えるベッカーに、いらだちを隠せないジャンク。


「殺すぞ」

「俺は殺す気はないから」


「はん、死ぬ気もないってのか。手加減してほしくてそんなもの持ち出しやがって。殺すぞ!」

「殺される気は満々だが、今日じゃねえ。それに」


「なんだ?」


 ベッカーに殺気が宿った。


「殺された方がマシだってこともあるんでな」


「はじめ!」


 今だとばかりに、ゲドーが声を出した。


「一発で仕留めてやる」


 その言葉とは裏腹に、舐めることなく丁寧に間合いを取り合い、慎重に隙を窺うゲドーの腕は、裏稼業のナンバー2として確かなものだった。


「挑発して隙を作ろうとしたのか? すぐに刺しに行くとでも思ったのか? 甘いぜ」


 二三度フェイントをかけながら、主導権を握るジャンク。刃には毒を塗っている。絣さえさせれば、勝ちは確定だった。


「おっと」


 雪に足を取られ、姿勢を崩したベッカーに、チャンスとばかり最短距離でみぞおちを刺しに行った。


 ベッカーは、半身でかわし、勢いよく踏み出したジャンクの喉にツボ押し棒を刺し入れた。


 グワファァ!!!


 戦いは一撃で終わった。全員そう思った。


「おらぁぁぁ!」


 息ができなく、強烈な痛みで転がりまわるジャンクに、足蹴りを何発もくらわすベッカー。


「よく見て置け! 死んだ方がマシな戦いってものをよ」


 戦意を喪失したジャンクに容赦ない攻撃を仕掛ける。


 うつ伏せに倒れ込んだジャンクの背に尻を乗せると、足首を胸に引き寄せホールドした。

 そして、ツボ押し棒をグリグリと、足裏のあらゆるツボに、力を込めて押し込んだ。


「痛い! やめろ!」

「お客さん、飲みすぎですか? だいぶ肝臓お疲れですね」


 グリグリ。

「ぎゃあぁぁぁー!」


「おや、随分目もやられてる」


 グリグリグリグリ。

「うわぁ、痛い! 死ぬ! くっ、殺せ」

「失礼な、終わったら健康になりますよ~」


 ツボ押しは、ふくらはぎ、もも、背中、肩と続いていく。

 笑顔でツボを押すベッカーの姿は、ネズミをいたぶっている猫、いや、絶対殺さない死神のようだった。


 その拷問を黙って見続けないといけない構成員たち。止めようとする者は腕を折られ、逃げようとすると、追いかけられて引き戻される。


「折るのは骨だけじゃねえ。心を折るのが俺のやり方だ」


「な、なんなんですか組長!」


 下っ端が声を上げた。


「こいつだけは敵対しちゃあいけない奴なんだ。二十年前、公国と小競り合いになっていたエーリッヒ領の奇跡的な和解を知ってるか?」


「へい。今にも戦争が起こる寸前に、なぜか公国が手を引いたと。噂では二人の若者が向こうの将校とナシを付けたっていう」


「それがこいつだ。ついた二つ名が|トルヴィート・ヴォルフ《狂犬病の狼》」


「ええっ!」


「おいおい、内緒だっていっただろ」


「同じ過ちを繰り返さねえためだ。いいか、ここだけの話にしとけ。他に広まったらああなるぞ」


 ぼろ雑巾のように転がっているジャンクに視線が集まった。


「あそこでエルザと出会ったんだ。エルザのいる街で戦争なんか起こせないだろ」

「だからって、お前とカルロの二人で、小隊一つ潰すか! しかも死人は一人も出さずにだ」


「だって、誰も殺さないでってエルザが言ったから。まあ、誰も死ななかったから戦争が起こらなかったんだ。結果オーライだろ」


「全員、骨が折られ、隊長、副隊長ら数人が、今より酷い拷問を受け、見させられた兵士の心をへし折ったからだろう」


「まあ、昔の話だ。それよりも、これからの話だ」

「ああ」


「ゲドー、裏社会をまとめてるお前が抜ければ、街が騒がしくなる。裏には裏の理屈があるのは分かってる。お前らを潰す気はねえ。金も立て直しに必要だろ。大体お前らから金貰ったら厄介ごと押し付けられる。預かっている嬢ちゃんの安全が一番だ」


「そうか。他の組にも声を掛けておく。あとは、情報が欲しいのか」

「ああ。知ってる限り教えろ」


「あのエバ・プリマベーラ男爵令嬢を追ってきたのは三人。二人はお前がぼこぼこにした。もう一人は名前はわからねえ。片眼鏡をかけた執事風の男だ。もうこの街からは去った。おそらく首謀者に情報を流しに行ったんだろう」


「じゃあ、しばらくは安全ってことか」

「多分な。何か情報があったら伝える」


「よろしく頼む」


 もう何もないなと去ろうとしたベッカーに、ゲドーが声を掛けた。


「せっかくだ。とっておきの情報をくれてやる」

「なんだ?」


「お前の女房と息子、川に落ちた事故死ってことになっているが、ありゃ間違いだ。突き落とされたんだよ。エーリッヒ領の男に」


 ベッカーが走り込んでゲドーの胸倉をつかんだ。


「なんだって!」


「初恋こじらせて、お前の女房とガキの幸せそうな姿に嫉妬したみてーだな」


「なんで……なんで黙っていた!」


 胸倉を掴んだ手に、力が入る。


「おいおい、俺らは情報屋もしているんだ。金さえ貰えればいくらでも教えたさ」

「そうだな。気が付かなかった俺のせいか」


「どうする? なんなら居場所しらべてもいいぜ。今回の詫びだ」


 ベッカーは星空を仰いだ。

 近くにいるはずの妻と息子を思い浮かべた。


「いや……いい。会ったら殺してしまうだろうからな」

「そうか」


「もう事故で決着がついた事件を、今さら本気で調べないだろ。憎しみで人を殺したら、死んだってあいつらと一緒にいることはできねえ。俺は誰も殺さない。殺されるのを待つだけさ。じゃあな、仕込みがあるから帰るわ」


「土産だ。持ってけ」


ゲドーは、雪に埋めていたエールの瓶を渡した。


「ああ。飲みたい気分だ。ありがとな」


 王冠を開け、グイっと飲むと、手をひらひらと降って店に向かって歩いて行った。


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