美濃編 【6】
信長の台頭を思わしくない大名も少なからずいる。
甲斐の虎、武田信玄もその一人だ。
武田家は第4次川中島の戦いで、弟の武田信繁と軍師山本勘助を失ったとはいえ
騎馬隊を主力とする圧倒的な軍事力は、越後の龍、上杉謙信と双璧と言える。
その信玄が上洛を宣言したのだ!
武田家は一方的に徳川家との同盟を破棄して駿河に進軍を始めた。
二俣城を落とし浜松城を素通りし、三方ヶ原まで進出した。
徳川信康改め家康は織田家に援軍を求めたが、当時の織田家は石山本願寺と本格的な戦闘状態に入っていたため、佐久間信盛をわずか三千の兵と共に送り出しただけ。
その中に双葉たち風の党の姿があった。
双葉は徳川家に勝ち目はないと思いつつも、金ヶ崎のときに家康の人柄に触れ、死なせたくないとの思いから自ら進んで信盛に同行したのだ。
信玄は浜松城の城攻めではなく、騎馬隊に有利な野戦に持ち込むために三方ヶ原まで進み家康を挑発する。
老獪な信玄らしい策略だ。
若き家康は血気盛んで簡単に挑発に乗った。
三方ヶ原で激突した両軍は確かに兵力差があったとはいえ、武田騎馬隊の圧勝だった。
佐久間信盛は何もできずに討ち死に。
命からがら家康は浜松城に逃げ込んだ。
双葉は家康に空城の計を献策し、続けて十三に信玄狙撃を命じ東雲姉妹と共に信玄の本陣に向かわせた。
このままでは家康の命は風前の灯火!
しかし開けられたままの城門! 篝部が燃やされたまま
城内は静まり返っている。
武田家の名将山県昌景と馬場春信は城門の前で相談している。
異様な雰囲気を感じ取った二人は突撃せず様子を見ることにした。
もし突撃すれば簡単に家康を打ち取れていたのだが⁈
夜が明けた。
武田軍が静かに退却を始めているとの報告⁈
一体何が起こったのだろうか?
伊賀の忍びの報告では信玄が病死した?とか、いや狙撃されたとか!
どちらにせよ、家康は九死に一生を得たのである⁈
清州に戻った双葉は風の党全員を集め宣言する!
「我らは信長と決別する!」
「合点承知⁈」
どうやら皆、薄々感じ取っていたようだ。
屋敷にいる使用人全員を集め、今までの奉公に厚く感謝の言葉をかけ心付け(銭)を渡したうえで暇を出した。
そのうえで急ぎ荷物をまとめ屋敷を出た。
このまま出奔しても特に問題はないのだが、信長に挨拶がてら一言、言っておきたく謁見を申し出た。
謁見は断われるかもしれぬなと思っていた双葉だが、少し待たされた後で許された。
「久しぶりだな、双葉。 して、今日は何の用か?」
「暇乞いに参りました。」
「ほう、訳を聞こうか。」
「我らがいなくとも、もはや織田家の天下統一はそう遠くないかと。
あと...」
「あとなんじゃ? はっきりもうせ!」
「やり方が気に入らぬのじゃ⁈」
「余にそんな口を利けるのはおまえぐらいじゃな。
ただで済むと思うか?」
「思いますよ。 隣の部屋に殺気がありますが槍衾(伏兵)の人数が少々たりませぬな。
ここで我らとやりあうというなら相手いたしますが、我らの楽勝です⁈」
「ふん、生意気な奴め。 ...よかろう、余のじゃまをせず、織田家の敵にまわらぬなら、どこなと行くが良いわ。」
「それは今後のそちらの出方次第で確約できませぬが、今日のところはこれにて⁈」
信長と訣別した双葉たちはとりま京の町を目指した。
「うまい蕎麦屋がある。今から皆で食べに行きましょう。」
「蕎麦か! 久しぶりかも⁈」
「食いまくるぞ!」
「我らが通った後は、ペンペン草一本生やすでないぞ⁈」
「おおー!」 皆ノリノリだが、それは少し違うと思うが⁈
京の町で人気の蕎麦屋の一つ、更科に着いたときちょうど店の開店直後だった。
そこに風の党一味?がなだれ込む!
目ざとく双葉を見つけて嬉しそうにテテテと駆け寄ってきたのは更科の看板娘の
小梅(通称はプリケツ)である。
「お久しぶり! 特大鴨ネギ...双葉さん!」
「おお! 小梅さん、あいだが開いたお詫びもかねて、たくさん鴨ネギを連れて参ったぞ⁈」
「有難いこってす、アイランドゴッテス(馬名)!
御無礼、韻ヲフンデミマシタ⁈」
「とりあえず、ビール...じゃなくて全員にざるを5枚ずつとおにぎりも5個ずつ大至急でおね⁈ 予め断わっておくがこれで済むと思うなよ!」
(チンピラの捨て台詞かよ⁈)
「わ、わかりました!」 目をパチクリ@@
「あと、手が足りないだろうから、この味平にも手伝わすとしよう。 料理の腕は保証します。」
「じゃあ、味平さんは厨房に入ってください!」
「お任せください!」
小梅が皆にお茶を出して廻るうちにもとりあえず、一人2個ずつのお握りと沢庵が次々に過去ばれてくる。
具は梅と昆布で塩加減が絶妙な熱々出来立ての逸品!
食べ終わるころには一人三枚ずつざるそばが運ばれる。
極力待たさぬようにとの配慮が伺える。
更に残りのお握り三個とざるそば二枚も運ばれ、追加注文を取りに走りまわる小梅⁈
店の主は味平の手際の良さにしきりに頷いて感心しながら追加注文を造っている。
味平は釜の米の残量をちらっと見て
「追加のお握りは一人三個まで! 欲しい者は手を挙げて⁈」
言うまでもなく全員が手を挙げる。
主にはそば粉の在庫があるなら追加のそばを打った方がいいと助言して、自らそばを打ち始める。
味平の独単場が続く...
そば粉の在庫もなくなり追加注文ができなくなった時点で修羅場は終わった⁈
「これにて終了!」 味平の宣言に渋々、箸を置き
「ご馳走さまでした!」と手を合わせる。
「無い袖は振れないし、今日のところはこれぐらいで勘弁してやるか。」とか
「腹八分目にも満たないが、是非もなし。」
皆、好き勝手なことを言っている。
店の主は小梅を呼び、横に立たせたうえで味平に
「あんた、婿入りして店を継いでくれないか?」と。
「有難いお誘いですが、私には使命がありますゆえ...
皆まで言わさず主は小梅に後ろを向かせ、
「見てくれ! この尻を‼ 婿に来れば無料で触り放題だぞ⁈」
「おいおい、困るな。 親父さん、《《他の役立たず》》ならいざ知らず、よりにもよって味平を引き抜こうとは!」続けて
「ましてや、色仕掛けで取り込もうとは言語道断! 恥を知りなされ⁈」と
いったいどの口が言うのか?
まわりの風の党の輩もうんうんと頷く。
記憶力が無いのかもしれない。
「ぐぬぬ、済まなかった、ごめんなさい。」
「御免で済んだら警察はいらにゃい! ここは誠意を見せなくちゃな⁈」
もはや、ゆすりたかりの類である。
「誠意ですか?@@」
「冗談です! 我らは戦乱の世にあって最後の良心(自称)とまで言われている?誇り高き集団と自負しています!
誠意を見せろとか《《銭を出せ》》とかいうはずがありません。」しれっと双葉。
(本当に冗談なのだろうか?)不安になる親父。
「店主、馳走になった。勘定はいくらかな?」
急いで計算して小梅が勘定書きを見せると
「店主、つけといてくれ!」と。
「つけですか?@@」
「冗談です!」 さすがにつけや踏み倒しはできない。
「次来るときは予め連絡してから《《襲撃》》しますので仕入れと覚悟を怠りなく!」
「冗談ですよね?」
「本気です!」
最後に味平から店主に
「良質の山芋を仕入れて夏は冷山、冬は熱山として品書きを増やせば今まで以上に繁盛間違いありません。
しかも精力増強、ビンビン間違いなしですよ⁈」
益々味平を婿に欲しくなる店主だった。
風の党一味が立ち去った後の更科の店にはそば粉も米も一粒も残されていない!
まさにイナゴの大軍が襲撃したに等しい有様であった。
更科の店には『本日は売り切れにつき閉店』の張り紙が風になびく。
開店後、半刻《約一時間》もたたないうちでの出来事であった。
双葉たち風の党は次に堺の町に向かった。
次は堺の町に危機が訪れる!...訳ではない⁈
―以下に続く―




