尾張編 【7】
もう打てる手はすべて打った。
後は今川義元の上洛を待つのみ。
双葉たちは朝の鍛錬を済ませ汗を流した後、朝食をとり休息していた。
東雲姉妹は爆睡している。
安心して眠れるときは少しの時間でも寝るスタンスらしい。
その効果で目覚めたときに今までとは比べ物にならない気力と体力が湧き出ている。
いきなり襖が開き「今戻ったぞ、双葉。」
十三が双葉に飛びついた。
あえて交わさずに受け止めると「真打登場が間に合ったみたいだな!」
上機嫌の十三である。
見れば背中に鉄砲を担いでいる。
「それが例の新型鉄砲だな。」
「あーまてらす絵馬十六と名付けたぞ。」
なんでも今までの鉄砲ならせいぜい40から50メートルぐらいまでが射程距離だったが、アーマライトM16、、、あーまてらすは100メートルまで狙えるという。
十三は鬼に金棒化したと感じざるを得ません。
十三はひっくり返っている大胸を見て、何か感じたのかにやりと笑った。
好敵手と見たのか同類と見たのか、、、
十三の合流で戦略の選択肢が増えた。
いざとなれば義元の狙撃も可能で、戦況が悪くなっても成功すれば一発逆転もある。
あくまで最後の手段だが。
おもむろに小胸がむくりと起き上がった。
「むにゃ、聞こえる。ほら貝…
ついにその時がきたようだ!
「急いで登城するぞ。」双葉の掛け声に皆が反応した。
と思いきや、大胸だけは寝ていた。
小胸が蹴飛ばして起こすと寝ぼけながらも蹴り返す。
そんな中、尾張全体が臨戦態勢に入った。
1560年5月12日
今川勢2万5千の大軍が駿府城から出撃した。
松平元康が先鋒を命じられ、尾張に向かって進軍を始め後続軍も順次出発。
本隊も早ければ5日とかからず国境近くまで進み沓掛城に入るだろう。
清洲城での軍議は籠城か野戦で意見が分かれ、何も決まらぬまま軍議は終わった。
5月19日未明に今川勢が丸根・鷲津砦への攻撃を開始。
その知らせを受けた信長は鼓を打たせ敦盛を舞い終わると、僅か6騎で出陣した。
熱田神宮に兵力を集結し善照寺に向かい偵察隊の連絡を待った。
約2千の兵が集まった時、偵察隊から義元本隊の情報が入った。
まもなく桶狭間に着くとのこと。
信長は決戦の場を桶狭間と決めたようだ。
全兵力を桶狭間に進めた。
その先頭に双葉たちがいた。
東雲姉妹を斥候に出し、敵軍がいないことを確認してから慎重に進軍を重ねる。
義元本隊以外と戦闘になれば勝機はない。
即ち、東雲姉妹が判断を間違えれば織田家は滅亡する。
小胸は前方200メートルで義元本人が村人からの献上品を収め、どうやら休息を命じたと察した。
大胸をその場に残し、小胸が最終報告として信長のもとに走り出す。
その小胸の顔にポツリと水滴がかかった。
しめた!
もう少し雨足が強くなればぎりぎりまで気配を消すことができる。
織田軍には最高の援軍だ。
やはり信長には天運があると感じざるを得ません。
もう義元の本陣はすぐ近くにある。
「狙うは義元の首! 全軍突撃‼」
信長の号令と共に、戦闘が始まった。
土砂降りの中、乱戦になったが今川勢は混乱している。
義元の旗本たちは、ここで戦闘になるとは夢にも思っていなかったであろう。
双葉たちは先陣となり今川勢を蹴散らしていく。
「尾張のおおうつけ見参! 東海一の弓取りの顔拝みに来たぞ!」
義元の旗本隊はほとんど逃げ腰で既に勝負はついたも同然であった。
いままさに今川本陣を織田軍が蹴散らしている。
義元は一番槍をつけた服部一忠に反撃して膝を切り割ったが、毛利新介によって組み伏せられ、首を討ち取られて死亡した。
「義元公、打ち取ったり!」叫ぶ新介。
信長のもとに伝令が走った。
「やったか! 皆の者勝鬨だ!」
えいえいおー‼
こうして桶狭間の戦いは織田軍の大勝利で幕を閉じた。
ほとんど無名に近かった織田信長の鮮烈な全国デビューである⁉
―以下に続く―




