尾張編 【6】
まだ夜も明けきらぬ薄暗い中、東雲姉妹は任務に就くため屋敷を出た。
向かう先は今川領の岡崎城。
馬の見張り番に翔平も同行している。
黒雲に二人乗りで大胸の大胸が翔平の背中に押し付けられる案配である。
道中、姉妹二人は同じことを考えていた。
何としてもこの任務を果たさねばと。しくじったら解雇されるのは必然。
となれば昨日の夢のような夕餉や風呂に二度とありつけなくなる。
里に戻り、もとの極貧暮らしになるかと思うと耐えられそうもない。
「今、この時こそが忍び人生最大の山場だと感じざるを得ません。」あぱれる君ならきっとそう言うに違いない。
なんでも翔平が以前に酒を届けたことがあり、城の地下にある倉庫まで酒壷を運んだそうだ。
そこには城の備品が無造作に積まれており、旗印もおそらくそこにあるんじゃないかとの情報。
ご丁寧に見取り図まで渡してくれた。かなりの時間の節約になる。
任務が上首尾に終われば手柄の半分は翔平のおかげだな。
ご褒美にパフパフしてあげないと。
もちろん黒の大胸の思惑である。
そう小胸には絶対浮かびようがない発想、絶対に!
翔平の見取り図によると地下倉庫の入り口は城の裏手にある。
音一つ立てずに裏手に回り込むと、結構な高さの塀を軽々と飛び越え茂みに身を潜めた。
目当ての入り口近くに人影が見える。
見張り兼門番なら鍵を持っているかもしれない。
空が白み始めている。
いったん引き上げることにした。
再び塀を乗り越えて城から少し離れた森に向かう。
黒雲と紫雲を隠してある場所を拠点とした。
翔平はここで待機。
用意してもらった弁当の握り飯を食べた。
これがまた絶品!
抜群の塩加減に中の具が素晴らしい。
鮭と梅干、これこそ王道の美味しさ。
この握り飯のためなら死ねる!
死ねるリスト(※岩清水健太郎による特殊リスト)に載せておくことにした。
任務の決行は今宵、見張りが交代したときが狙い目だ。
夜まで交代で仮眠を取り武器や道具の準備を抜かりなく済ませておく。
翔平は食料や水を確保するためどこやらに出かけて行った。
それでも半日ほど時間がある。
忍術の修業と双葉から習った体術を反復することで充実した時間を過ごせた。
残りの握り飯で腹ごしらえを済ませ、城の裏手に向かった。
そろそろ夜のとばりが降りようとしている。
倉庫の入り口に小さな篝火が焚かれていた。
その明かりで倉庫番の顔が見て取れる。
見覚えがある。つまるところ交代が近いはずだ。
予想にたがわず、ほどなく交代の者がやってきた。
2、3言葉を交わしてから首にかけていた何かを渡して立ち去った。
倉庫の鍵に間違いない。
今は無風で海風が吹くまで待つしかない。
吹けばこちらが風上になり、いわゆる春化の術が使えるのだ。
二人は辛抱強く待っている。
いや、忍びの者にとってこれしきの事は辛抱とは言わないか。
一刻を過ぎようとしたころ、枝の葉がかすかに震え始めた。
少し風が出てきたようだ。
懐から道具一式を取り出し準備を始める。
強すぎず弱すぎず良い塩梅の風になった時を見計らって薬をまき始めた。
効果てきめん、門番は地面にへたり込み眠り始めた。
これぞ東雲流秘術・春化の術で、ただ眠り薬をまいただけ。
大急ぎで駆け寄って、首にかけてある鍵を手に入れ門番を茂みに隠した。
篝火の松明をそれぞれ手にして、鍵を開けて中に入った。
下り階段を降り切った部屋は割と広く、多くの道具が整然と並べてある。
これなら探すのも簡単だ。
部屋の奥の方の壁に竹竿が立てかけてある。
もしや旗印の竹竿ではあるまいか。
だとしたらその近くに伝令隊の旗印が置いてあるに違いない。
竹竿の近くの葛籠を開けると、まさしく今川家特有の八咫烏が描かれた伝令隊の旗印!
一枚だけ抜き取り懐に忍ばせた。
もう長居は無用。
部屋から出て、門番を茂みから戻し立ち去ろうとした、そのとき...
気配を感じた二人は後ろに飛んだ
伊賀の者が使う十方手裏剣が二人のいた位置に突き刺さる。
間一髪!あぶにゃいところだった。
今は相手は一人のようだが、如何せんここは敵地。
おっつけ伊賀衆が駆けつけてくるに違いない。
撤退あるのみ。
裏手の塀を乗り越えて近くの森に逃げ込む。
どうやら追手の人数が増えたようだ。
あちこちでピー!と呼び笛の音がする。
こういう時は下手に動かずに、闇に溶け込み潜んでいるほうがずっといいと飛び加藤から教わった。
それでもいつまでもその場にいるわけにはいかない。
細心の注意を払いながら少しずつ移動する。
長い時間をかけ、城からかなりの距離まで離れた。
ここまでくれば見つかったとしても、通りすがりの遊び人姉妹でごまかせる...はずもない。
なにせ見るからに怪しげな忍び装束の二人だし。
夜明けとともに二人は極力音をたてぬように忍び装束を脱ぎ始めた。
久しぶりのサービスシーンである。
当然だが小胸は認定されない。
脱ぎ終わると装束を裏返しにして再び着ると、色鮮やかな衣装に早変わり!
今でいうとリバーシブル!
これなら遊び人とまではいかずとも旅芸人ぐらいには見えなくもない。
本人たち曰く、東雲流秘術・変身!だそうだ。
変身に分身、どちらも秘術と呼ぶにはあまりにもしょぼい。
変移抜刀霞切りとか木の葉隠れなどとは比べる術もない。
いつかは胸を、ない胸を張って自慢できる秘術を編み出したいと願う小胸だった。
この時代は夜に出歩く者はほとんどいないが、早朝から旅路に就く者は結構多い。
東雲姉妹はわざとのんびりと歩を進めて、なにやら踊りながら変な歌など歌っている。
モスラヤ モスラ♪
ドゥンガン カサクヤン
インドゥムウ
ルスト ウィラードア
ハンバ ハンバムヤン
ランダバン ウンラダン
トゥンジュカンラーカサクヤーンム
モスラヤ モスラ
何処かで聞いたような... やはり双子と言えばこの歌なのか⁈
当然ながら伊賀衆の追手に見つかっていた。
しかし、よもやあのような間抜けは到底忍びの者とは思えない。
なにより関わると面倒だと追手たちは考えたのも無理はない。
結果としては作戦成功!
無事、翔平と合流できた。
「帰りはこっちに乗りな。」小胸の誘いに
「いえ、大きい方、馬が...に乗ります。」
チッ 馬じゃなくて、胸だろうが!
これだから男ってやつは。
いろいろあったが、清州の屋敷まで無事に帰ることができた。
任務完了!
奥座敷に入ると双葉が満面の笑みで
「よくぞ戻られた。首尾は?」
小胸は懐から旗印を取り出し双葉に渡した。
双葉は確認すると満足そうに頷いた。
「丹羽殿に届けて戻るまで、食事でも取っておくとよい。
風呂も用意させるのでゆっくりと休みなされ。
見事な働きでした。」
声を揃えて「ありがたき幸せ。」
東雲姉妹は実に美味しい食事を取り、熱い風呂にゆったりつかった後、死んだように眠りこんだ。
姉妹が手に入れた最高の褒美は、安心して眠ることができる場所だと当人たちはまだ気づいていない。
―以下に続く―




