尾張編【2】
夜明けとともに目が覚めた双葉だが、寝ぼけていても鼻はきく。
朝食の支度がすでに始まっているようだ。
匂いにつられて、ふらふらと調理場の方へと歩いていくと、昨日とは違う二人の係が同時に「おはようございます」と挨拶をしてきた。
挨拶を返すと、「もうすぐ用意ができますので」とありがたいお言葉。
二人ともかなり小柄で踏み台の上に乗って調理している。
子供?じゃないにしてもかなり若い。
銀シャリに味噌汁、海苔に生卵、焼き魚に沢庵と梅干。
夕食の係から、かなり多めに用意しておくようにと言付けがあったとのこと。
ありがたくて腹の虫が騒ぎ出す。
木下様が自ら料理の達者な係を選び、十分な給金を出すからくれぐれもよろしくと仰せで。
至れり尽くせりだな、今度礼を言わねば。
勘三も起きたようで、のっそのそとやってきて席に着くと、順に朝食の膳が運ばれてくる。
いただきます。
たくさん召し上がれ。
二人の娘がそれぞれ給仕についてくれた。
10杯目のおかわりを平らげたところで、腹八分目でおいておくことにした。
その代わりに昼飯用に握り飯を10個ずつと竹筒のお茶の用意を頼んだ。
風呂係から今日も沸かすかどうか聞いておいてほしいとのこと、少し考えて今日は沸かさなくていいと伝えてくだされと答えた。
連日であの騒ぎはまずいかも。何か手をうったほうがいいかな。
日課のケロの世話を済ませて、これも日課の鍛錬を始めると勘三も傍らで筋トレを始めた。
体が温まったところで二人は素手による申し合いをする。
体格的にはるかに勝っている勘三が双葉に手も足も出ない。
幼い頃から母から武道を習い、13歳で東風流の免許皆伝の腕前になった。
目の前でひっくり返っている勘三をぼんやり見ながら、しばしの間物思いにふける双葉だった。
我に返り勘三が起き上がるのに手を貸してやると、苦笑いしながら立ち上がった。
「今日の助言をお願いします。」
「そうさな...考えるな!感じとるのだ⁉」
どこかで聞いたことのあるような...燃えよ、チョロゴン?
「水浴びをして、着替えてきます。」すごすごと勘三。
「お見事ですぞ、双葉殿。」振り返ると藤吉郎が拍手喝采!
どうやら途中から見ていたようだ。
興奮して双葉の両手を取ってブンブンと振り回す。
こういう無邪気さが藤吉郎にはある。
なんでも迎えに来たら、思いもかけぬ鮮やかな双葉の武術が拝めたと喜んでいる。
今日もやることが多く、時間がいくらあっても足りない。
ゆえに、早い時刻から招集がかかったとのこと。
朝食の係の娘が弁当とお茶を持ってきて、藤吉郎にも挨拶をしてから帰っていった。
勘三が戻るまで藤吉郎と話すことにした。
縁側に座ると藤吉郎の方から「聞きましたぞ、夕べは大変だったそうな。」と切り出してきた。
ずいぶん、耳が早いなと少し感心すると、昨日の見物客が藤吉郎の家に、酒目当てにやってきて話したのだという。
「そのことで相談がありまする。」
「何なりと。」
「できるなら風呂は毎日入りたいのですが、毎晩あの騒ぎになるかと思うと、いささか気が引けて頼みづらくて。
せめて見物客が半分ぐらいなら少しはましになるかと。」
「簡単なこと。万事拙者にお任せください。」
「もらい湯の分までとなれば、薪代もかかりましょうし、それがしが出しますので。」
「それには及びませぬ。十分な費用の許可がでておりますれば。」
「薪なら私の出番です。小屋にまだかなり残っているので取って参ります。」戻ってきた勘三が申し出た。
「ならば運び手を揃えておきます。」
「何から何まで痛み入る。感謝の言葉もありませぬ。」
「拙者の役目ならば当たり前のこと、礼には及びませぬ。」
「受けた恩義は倍返しが家訓なればいつか必ず。」
「ほう、ならばその日を楽しみにしておきまする。」
木下藤吉郎、思った以上に頼れる人物だな。
―以下に続く―




