放浪編【5】
馬屋に着くと髭ずらの親父が嬉しそうに
「おお、あんたいつもいい時に来るよな。この馬は今手に入れたところだ。見てくれよ。」
「なるほど!これは紛れもなく駿馬だ。買いたいのは山々だけど、今日は2頭買いたいし持ち合わせがたりるかな。」
「うちに買いに来たってことは、お目当ては例の栗毛だよなあ。あれは200貫、こっちが180貫、合わせて380貫はさすがに厳しいよな。
勉強して340貫ならどうだい?」
「うーん、もう少し...そうだ! 親父さん、その髭ずらなら絶対酒好きだよな。」
「髭と酒は関係ないと思うが、確かに酒に目がないのは確かだ。」
「ご覧くだされ。これぞ美濃の国、隠し蔵元の特級酒ですぞ。頭が高い!」
「へへー」と平伏する馬屋の主人。
「酒飲みにとってよだれもん、、、じゃなくて垂涎の的、死ぬまでに一度は飲みたい幻の酒!
相場は100貫ゆえ酒と240貫での取引でいかが?」
「ぐぬぬ、、100貫の酒か。金玉が...じゃなくて、目玉が飛び出すほど高い!
...けど飲みたい。
ジュル⁉ いかーん。 よ、よだれが、、、わかったよ、交渉成立だ。」
「お互い、いい取引ができて何より。」
「お互いねえ、まあ今回だけは特別だと思ってくんな。あとあんたたちが乗ってきた馬はこっちで返しとくよ。」
「それは助かります。必ずまた来ますので、またいい馬を頼みまする。」
「おう、任せときな。飛び切りの名馬を仕入れて待ってるよ。」
3人は深々と頭を下げ、馬屋を後にした。
これからようやく十三との約束が果たせる。
目指すは今浜の町にある国友村、おそらく現時点では日の本で一番の鉄砲鍛冶・国友善兵衛!
勘三に渡した栗毛の馬を秋風、十三に渡した芦毛の駿馬を冬風と命名。
2頭とも楽々ケロについてこれるようだ。
移動速度が底上げされた恩恵は途轍もなく大きいと双葉は思う。
大金を払ってもそれ以上の価値がある。
堺から今浜までを風の如く駆け抜け、改めてケロたちの秀でた能力に驚く3人である。
国友村は以前は静かな村だったが、鉄砲鍛冶が始まってからは見違えるほどに人も増え、発展しつつある。
鍛冶場には職人が十数名に交渉係までいる。
今や鉄砲は静かなブームと言えるだろう。
無名の足軽でも名だたる勇将すら倒せるのだから無理もない。
交渉係が言うには、今は注文が殺到していて最低でも2か月はかかるらしい。
だからとって、このまま帰るわけにはいかぬ事情もある。
国友善兵衛に会えないかと聞いてみたら、最近機嫌が悪くてどうだろかと。
小銭を少し包んで渡すと聞いてくるからとチョロ松兄さん。
案内されると確かに不機嫌そうだ。
「無駄足踏ませて悪かったな。見ての通りつまらぬ注文でごった返してる。」
(つまらぬ注文! これはうまくいけば...)
「それがしどもが求める鉄砲は大量生産のものではありませぬ。
射撃距離、命中精度、破壊力に優れた最高の芸術品を貴殿自らに作ってもらうために参りました。」
「ほう、芸術品とな。久しぶりにやりがいのある仕事がきたな。
で、誰が使うんだ? そこのでかい兄ちゃんかい?」
「拙者でござる。」十三が一歩前に出た。
「注文道理だとかなり重くなるぜ、あんたに...
「心配ご無用!」皆まで言わせず、十三は部屋の隅に置いてある越冬用の火鉢をひょいと片手で持ち上げた。
「こりゃあ、たまげた! よし、最高の鉄砲を作ってやるよ。
あんたのだからあんたも手伝えよ。」
「心得た!」
出来上がるまでの20日間、十三は別行動となる。
十三がいないとサービスシーンが心配だなと、不安を感じるのも無理もないがやむを得ない。
双葉ではカバー出来ないので、ここはひとつ唐突ながら小梅の入浴シーンでプリけつでも出さないとイカンガー(タンザニアの)。
それがしの胸はともかく、けつまでも否定しやがったな。
出会ったら最後覚悟しておけよ。
不機嫌な双葉と勘三は美濃に向かった。
今浜から美濃は割と近い。
双葉と勘三はそれ程急がずとも、元野武士の里=以後わっちの里に着くのに大して時間もかからなかった。
里の実質的支配者、わっち=お孝が仕切って新たに畑を開墾している。
新野菜の夏まきの時期に間に合うように発破をかけ、里の男たちを馬車馬の如くこき使っている。
お孝さんに任せたのは大正解だったな。
故郷から持ってきた2種類の種は、双葉のたった一つの切り札だ。
万が一にも失敗するわけにはいかない。
この様子だとうまくいきそうだなと
ほっと胸を、ない胸をなでおろす双葉だった。
わざわざ言い直しやがって、覚えてろよ。いつかほえずらかかせてやるからな!
双葉たちに気付いたお孝が
「あんたたち、早かったじゃない。見ておくれ、この畑!」
「お見事です。感服しました。流石としか!」
「わっちが責任を持ってやり遂げるから大船に乗った気でいな。
もし失敗したら、わっちの代わりにうちの旦那に腹切らせるからさ。」
どこまでも哀れなうちの旦那である。
その哀れなうちの旦那が双葉たちに伝言があるというので、お孝の家に行くことになった。
双葉たちが家に入ると、自分のヤバい状況を分かっていない旦那が嬉しそうに近寄ってきた。
何でも双葉たちが里を出てすぐに蜂須賀党の見回り隊が来たので、
わしらが野武士を廃業して百姓に戻ると伝えたところ
隊長がそれはめでたい、毎月いくらか払えば里を守ってやると。
あとあんたちが頭の小六さんに会いたがってると言ったら、
普段は出払ってることが多いが、在宅なら会うぐらいはかまわないだろうとのこと。
ここ数日は屋敷にいるとも。
「それは重畳、早速会いに行くことにしようぞ。」
体を大事にと旦那に告げて里を後にした。
手土産の酒も忘れずに持っていかねば。
何でも蜂須賀党は以前は尾張の国、海東群にあったが、織田信秀に敵対し敗れた後は美濃の国で斎藤道三に協力するようになった。
里に隠し蔵元から酒を届けに来ていた翔平が案内してくれるという。
何度も酒を届けたことがあって、小六とも顔見知りの間柄でよく小遣いをもらうそうだ。
蜂須賀屋敷に着くと翔平の顔パスで、頭の部屋まで誰にも咎められずに
たどり着けた。
翔平が声をかけると部屋の中から主と思しき声で「翔平か、構わんから入れ。」と中から返事があった。
いよいよ蜂須賀小六正勝に会える!
「翔平!客人がいるならそう言えよ。こんな格好で失礼する。」
「いっこうに構いませぬ、まずはこれを。」と隠し蔵元の1級酒を差し出した。
「小六兄貴、いつも買う3級酒じゃなくて1級酒だよ、それは!」と翔平。
「なんじゃと! 2級酒すら久しく飲んでないというのに。
まことにもってありがたい、遠慮なく頂戴いたす。」
「喜んでいただけたならこれ幸い。」
「では改めて御用の趣を聞きましょう。」
「一つは権三さんの里を警備してもらいたい。
われらにとっては生命線となる里ゆえに。
報酬は月に200貫と1級酒2壺でいかがでしょうか。」
「十分すぎる報酬だ、あの里にはそれほどの価値があるのだな。」
「今の時点ではまだありませぬが、1年後、いえ数か月後には。」
「なるほど。里の警備、確かに引き受けた。安心するがいい。
他にもまだ話があるようだな。」
「はい。我らの考えに賛同し、協力してくれる同志を捜し集めています。
誰しもが生まれてくる時代を選ぶことはできませぬ。
戦国の世に生まれたからには戦で殺しあうのが当たり前のこと。
やらねばやられる定め。
しかしながら、我ら戦で人を殺めたくありませぬ。
そもそも戦のあること自体が嫌でたまりませぬ。
ではどうすればよいか。
戦国の世が永遠に続くことは決してありませぬ。
日の本を統一して太平の世を作る天下人が現れるのが物の道理かと。
その天下人にできうる限りの支援をして、一日も早く戦乱の世を終わらせることこそわれらが願い。」
双葉の言葉を静かに聞いていた小六が、そこで口を開き尋ねた。
「で、その天下人に足りうる人物とは一体誰なのか。」
「今はまだわかりませぬ。これから見極める所存。
もしや、まだ生まれておらぬやも。
その時は力を蓄え、子や孫に夢を託すのみ。
ただ、これだけ長く戦乱が続くと英傑が現れるのにいい頃合いのような予感がして、故郷を出て参りました。」
「なんとも気の遠くなる夢のような話じゃな。
儂も立場のある身ゆえ迂闊な返事はできぬが、英傑とやらが見つかればまたくるがよい。話はそれからだ。」
「承知しました。いずれその時が来ればまた。」
双葉たちが去ったあと、小六は貰った酒を飲みながら思案にふけっていた。
(若い、というよりは甘い。人を殺めるのが嫌で戦乱の世をなくすだと。
そんなことができるならだれも苦労はせぬわな。
だがもし、生きているうちに太平の世を迎えられたら、痛快極まりない!
誰を担ぐかにもよるが、不思議と協力してやりたい気もする。
一方、双葉たちはわっちの里に向かう道すがら、今後の予定を決めかねていた。
やはり、誰を神輿に担ぐかが急務である。
間違えれば一からやり直しになる。
一発で大当たりといきたいものだが、なかなかそううまくはいくまい。
やはりここは情報が豊富で智謀の優れた人物に相談するのが上策と言えよう。
竹中半兵衛重治、うってつけの人物が美濃にいるのだ。
問題はどのようにわたりを繋ぐかだ。
勘三との相談を聞いていた翔平が
「竹中の若殿なら仲がいいよ、おいら。」
「本当か、翔平!」
「うん、酒と団子を届けて庭掃除を手伝うと、小遣いをくれるんだ。」
小六兄貴に、竹中の若殿。翔平の人脈は凄いな!
酒の届け先で、用事や手伝い、買い物などで小遣いを稼ぎ、信用を得て重宝されるようになったのだろう。
里から酒を、途中で団子を買っていけば問題なく会えるという。
翔平、あなたこそ真のスーパースターだ。
これから遂に今孔明・竹中半兵衛に会えるのだ。
―以下に続く―




