第3章:温瑰(はるき)― 温もりを纏う薔薇
有名な「美女と野獣」の物語には、ガラスケースに閉じ込められた一輪の薔薇が登場する。あの花は象徴であり、不幸な悪徳王子に魔女がかけた呪いでもあった。月日が流れるごとに、一枚、また一枚と花びらがガラスの中に散り落ち、残された時間がわずかであることを告げる。美貌を誇った王子の人生は、醜い野獣の姿のまま永遠に封印されようとしていた。
クインがこの物語を母に読んでもらったのは、小学校一年生の時だった。当時の彼女は、美しい娘の愛が野獣の運命を救ったのだと純粋に信じていた。あの薔薇の花が持つ残酷な意味に気づくこともなく。
赤い薔薇には棘がある。その誇り高く鮮やかな美しさは、万病に効く貴重な薬の原料にもなる。しかし同時に、それは極めて危険で、容易に手折ることはできない。
物語において、薔薇は「救済」であると同時に、王子の運命を縛る「呪い」でもあった。そして、ただ一輪の薔薇を欲したために、逃げ場のない運命に引き込まれた美女にとっても。
すべては……「薔薇」という名のゆえに。
東京の郊外。午前九時を過ぎた頃、温瑰は一人静かに家業の薬局の店番をしていた。椅子の背もたれに体を預け、疲れを癒やすように手で首筋をさする。学業と弟の看病に追われ、ここ数日はまともに眠れていないようだった。
客が来ない隙を見て、温瑰は生薬の棚へと歩み寄り、ストレスを和らげ精神を安定させる薬草の引き出しを開けた。乾燥した薔薇の花びらをいくつか手に取り、エキスを抽出して静かに口に運ぶ。
苦いが、香りはとても芳しい。
「温瑰……僕の名前の中にも、薔薇があるんだな」
自分自身の人生を歩むために生まれたのか、それとも父の命令に従うためだけに生まれたのか。彼はもう、それを忘れかけていた。刻一刻と過ぎていく時間の中で、温瑰は常に漢方の世界、あらゆる花や薬草の効能の中に沈み込んでいた。
だが、温瑰の心の奥底には、自分自身のために……何かを試してみたいという切実な願いが常にあった。
ふと思考を止めると、彼は周囲を軽く見渡し、一冊のノートを取り出した。そしてラジオのイヤホンを耳に当て、流れてくる古い音楽の旋律に耳を傾ける。自分だけの世界に浸る。そこだけが、彼の心が安らぎを見いだせる場所だった。
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「えっ? 日本語を勉強してるの?」
夜 ザー・クインは、クラスメイトの友人と一緒に塾からの帰り道を歩いていた。その友人は、くるくるとした短い髪に、愛らしい瞳、そして明るい笑顔を持つ少女で、クラスの男子からも人気があった。
「そうなの、クイン! 私、アニメの男の子たちが大好きでしょ。声優さんの声もすごくセクシーなんだもん。将来は日本に行って、日本人の男の子に会って、アニメへの情熱を爆発させるのが夢なの!!」
クインは口元に手を当て、小さく微笑んだ。この友人の純粋でユーモラスな性格は、一緒にいるだけでクインの心を明るくしてくれた。
「クインも一緒に通おうよ! 私のクラス、人数が少ないから、友達と一緒の方が楽しいもん」
友人はクインの手をせわしなく揺らし、母親にお菓子をおねだりする子供のように甘えてみせた。何かに誘われることなど滅多になかったクインにとって、その提案はとても嬉しく、心が温まるものだった。しかし、彼女の家庭に外国語を習うような経済的な余裕がないことは明白だった。
「誘ってくれてありがとう、チャン。でも、もう少し考えてみるね。私、アニメにはあまり詳しくないし、日本についてもよく知らないから……」
チャンと呼ばれた友人は、瞳を輝かせながらいたずらっぽく笑った。
「とりあえず調べてみてよ! もしかしたら将来、日本人の男の子に恋しちゃうかもしれないよ?」
クインは小首を傾げ、微笑みながら心の中でそっと呟いた。
(そんなこと、きっとないわ)




