台所の才能
俺の行動は、どうやら目立っていたらしい。
台所の隅で、生地を伸ばし、干し、砕き、また捨てる。
そんなことを何日も繰り返していれば、当然だ。
「……坊ちゃま」
料理人が、声を掛けてきた。
不思議そうな顔だった。
叱るでも、止めるでもない。
ただ、純粋な疑問。
「何を、なさっているんです?」
来たか、と内心で息を整える。
「うーん……保存食?」
「保存、ですか」
「小麦を、長く置いておける形にしたい」
料理人は、干してある生地を手に取った。
折り、匂いを嗅ぎ、指で弾く。
「硬いですね」
「うん。今は、失敗」
正直に言う。
「完成の形は?」
俺は、少し迷ってから答えた。
細長い。
乾いている。
茹でると、柔らかくなる。
言葉を選びながら、頭の中のイメージを話す。
料理人は、途中で目を細めた。
「……なるほど」
その声色が、変わった。
「麺、ですか?」
「多分、そんな感じ」
「乾かした麺」
料理人は、腕を組んだ。
「生地の配合を変えれば、折れにくくなるかもしれません」
胸の奥で、何かが跳ねた。
さすがだ。
俺は知識を断片でしか持っていない。
だが、この人は、経験で補える。
「乾燥させる理由は?」
料理人が、こちらを見る。
俺は、すかさず答えた。
「軽くなる。腐りにくい。運びやすい」
「……兵糧向きですね」
言い当てられ、思わず笑いそうになる。
「うん。水と火があれば、食べられる」
料理人は、深く頷いた。
「確かに、理に適っています」
疑いは、もうなかった。
◇
その日から、空気が変わった。
俺が主導することは、ない。
料理人が、生地を変える。
伸ばし方を変える。
干し方を変える。
俺は、横で見ているだけだ。
時々、質問される。
「このくらいの太さで?」
「もう少し、細い方がいいかも」
それだけ。
試作品が、増えていく。
折れるもの。
粉になるもの。
噛み切れないもの。
「……これは、食えませんな」
料理人が、渋い顔をする。
俺は、すぐに言った。
「全部、出して」
「坊ちゃま?」
「失敗品、俺が食べる」
料理人は、目を丸くした。
「そんな、危険です」
「捨てるより、いい」
嘘ではない。
捨てれば、何も残らない。
食べれば、少なくとも経験は残る。
「毒じゃないでしょ?」
「……それは、まあ」
「じゃあ、いい」
料理人は、しばらく考えた後、苦笑した。
「……責任、重いですよ」
「俺が取る」
九歳の言葉としては、重すぎる。
だが、引く気はなかった。
◇
試食は、地獄だった。
硬い。
味がない。
顎が疲れる。
だが、中には「惜しい」ものもある。
「これは……茹で時間を長くすれば、食えます」
料理人が言う。
「これは、崩れるけど、粉にして使える」
失敗は、分類されていく。
捨てるものは、なくなった。
◇
夜。
部屋に戻り、顎を押さえながら考える。
これは、俺の仕事じゃない。
俺がやるべきなのは、
「形を作ること」ではなく、
「才能を繋ぐこと」だ。
料理人は、すでに走り始めている。
俺は、止めなければいい。
前の人生では、俺が全部背負った。
判断も、責任も。
今回は、違う。
分担する。
信じる。
それが、信じすぎない、ということだ。
◇
翌日。
料理人が、少し得意げに言った。
「坊ちゃま。少し、形になってきました」
干し棚には、揃った細長い生地。
まだ、完成ではない。
だが――道は見えた。
時間は、まだ足りない。
それでも、確実に前へ進んでいる。
俺は、静かに頷いた。
「続けよう」
処刑台へ向かう未来から、
また一歩、離れた気がした。




