知らない作り方
これで、数ヶ月もすれば結果は出る。
畑は嘘をつかない。
土が変われば、作物が応える。
だが――待っているだけでは、足りない。
時間は、限られている。
十二歳の豊作。
十三歳の豊作と小麦暴落。
十四歳の凶作。
頭の中で、年表が勝手に並ぶ。
「……間に合わないな」
呟いた声は、幼い。
だが、焦りだけは大人のそれだった。
次に手を打つべきは、分かっている。
小麦だ。
◇
前の人生で、忘れられない光景がある。
侵攻してきた隣国軍。
その補給部隊が運んでいた食糧。
乾燥した、細長い塊。
最初は、ただの保存食だと思った。
だが、違った。
軽い。
腐らない。
水と火さえあれば、すぐ食える。
――補給が、異様に楽だ。
あれを見た時、背筋が冷えた。
戦は、剣だけでは無く、胃袋で決まる。
後で聞いた。
小麦を練り、乾かしたものだと。
乾燥パスタ。
言葉だけは、覚えている。
だが――作り方は、知らない。
◇
現物は見たことがある。
形。
硬さ。
匂い。
だが、製法は不明だ。
小麦粉と水?
塩は?
どれくらい乾かす?
失敗すれば、ただの硬い団子だ。
腐れば、意味がない。
九歳の俺が、いきなり作り始めれば、不審がられる。
肥料以上に、目立つ。
「……厄介だな」
前世の知識は、万能ではない。
断片的で、不完全だ。
だからこそ――慎重になる。
◇
まずは、調べる。
書庫へ向かう。
農書。
料理書。
軍記。
「乾燥食」
「携行食」
「保存」
目に付く限り、読み漁る。
似たものは、ある。
乾燥パン。
干し肉。
穀物粥を乾かしたもの。
だが、あの形はない。
――まだ、一般的ではない。
つまり、先行できる。
だが、方法が分からない。
◇
部屋に戻り、考える。
敵軍が持っていた。
軍用。
なら、目的は明確だ。
・軽い
・腐らない
・大量生産できる
・味は二の次
味は、後でいい。
まずは、保存性。
小麦を、どこまで水分を抜けばいい?
完全乾燥?
半乾燥?
……いや。
いきなり答えを出そうとするな。
前の人生と同じになる。
正しさを急ぐな。
◇
俺は、台所を覗いた。
料理人が、生地をこねている。
「それ、何?」
「団子用です」
小麦粉と水。
単純だ。
「乾かしたら、どうなる?」
料理人は、首を傾げる。
「硬くなります」
「腐らない?」
「……分かりません」
それでいい。
分からないなら、試すしかない。
◇
ただし――俺が前に出ない。
肥料の時と同じだ。
「遊び」に見える範囲で。
団子を、細く伸ばす。
日陰に干す。
風通しを良くする。
失敗しても、問題ない量。
誰にも、命令しない。
料理人が、興味を持てば、それでいい。
◇
数日後。
干した生地は、石のように硬くなった。
折れる。
砕ける。
……これでは、食えない。
だが、腐ってはいない。
一歩だ。
「……まだだな」
夜、布団の中で考える。
敵軍は、どうしていた?
形が揃っていた。
工房があったはずだ。
だが、今は再現でいい。
完全な答えでなくていい。
「使えるかどうか」だ。
◇
時間は、待ってくれない。
肥料の結果。
乾燥食の試行。
並行して進めなければならない。
前の人生では、俺は一つずつ潰そうとした。
結果、全部遅れた。
今回は、違う。
完璧を求めない。
失敗を、前提にする。
九歳の子供が、遊びで作ったもの。
それくらいの扱いでいい。
本当に価値があるなら、
周りが、勝手に拾い上げる。
俺は、ただ種を撒く。
土に。
そして、時間に。
処刑台へ向かう道を、
少しずつ、遠ざけながら。
まだ、形にはならない。
だが――確かに、次の戦いの準備は、始まっていた。




