行動する
さて、肥料の件をどうするか。
答えは、分かっている。
分かっているからこそ、難しい。
前の人生で学んだ知識は、この世界でも通じる。
それは、書庫で確認した。
だが――知っているだけでは意味がない。
言葉にした瞬間、それは「余計な知恵」になる。
九歳の子供が、土の配合を語り始める。
そんなもの、誰も信用しない。
なら、どうするか。
「……自分で、やるか」
独り言は、小さく呟く。
幸い、この領地には余力がある。
今すぐ飢えるほどではない。
失敗しても、誰も困らない規模で試すことはできる。
命令しない。
提案もしない。
ただ、やってみる。
◇
場所は、領館の裏手。
使われていない小さな空き地があった。
畑と呼ぶには狭く、庭と呼ぶには荒れている。
ちょうどいい。
まずは、材料だ。
家畜小屋へ行く。
「臭いから、近づくなよ」
世話役に言われるが、首を振る。
「平気」
糞尿。
乾いたものを選ぶ。
次は、木工所。
大鋸屑を分けてもらう。
「何に使うんです?」
「土」
それだけ答えると、怪訝な顔をされた。
最後に、森の縁で枯葉を集める。
手は汚れる。
服も汚れる。
だが、不思議と嫌ではなかった。
前の人生では、こんなことをする時間はなかった。
常に書類と数字に追われていた。
――土は、数字では語れない。
◇
空き地に、層を作る。
糞尿。
鋸屑。
枯葉。
それを、何度か繰り返す。
本に書いてあった通りだ。
だが、書いてあるだけで、実感はなかった。
匂い。
湿り気。
手応え。
触れて初めて、分かることがある。
「何してるんだ?」
声を掛けられ、振り向く。
農夫だった。
「……土作ってる」
「は?」
「育てる前の、土」
農夫は、しばらく黙って層を眺めていた。
「坊ちゃん、変わった遊びしますな」
笑われる。
それでいい。
「これ、畑にするの?」
「うん」
「何植える?」
「まだ、決めてない」
嘘ではない。
何を育てるかは、結果次第だ。
◇
数日後。
変化が出始めた。
熱。
触ると、ほんのり温かい。
分解が進んでいる証拠だ。
匂いも、少しずつ変わる。
腐臭ではなく、土の匂い。
――来た。
胸の奥で、小さく息を吐く。
農夫が、また覗きに来た。
「……不思議な匂いですな」
「そう?」
「腐ってるだけじゃない」
それだけ言って、彼は去った。
押さない。
引かない。
気づくのを、待つ。
◇
数週間後。
堆積は、しっかりと崩れていた。
俺は、農夫に頼んだ。
「少し、使ってみてくれない?」
「どこに?」
「余ってる畑で」
「失敗したら?」
「俺のせい」
農夫は、しばらく考えた後、肩をすくめた。
「坊ちゃんの遊びに付き合うのも、悪くない」
それで十分だった。
◇
種を蒔く。
種類は、ありふれた野菜。
特別なものではない。
特別なのは、土だけだ。
日が経つ。
芽が出る。
それだけで、胸が少し軽くなる。
だが、まだだ。
俺は、成功を信じない。
前の人生で、信じすぎた。
結果は、最後まで見なければならない。
◇
農夫が、言った。
「……伸びが、早い」
その声は、低かった。
別の農夫も、見に来る。
「水、変えた?」
「変えてない」
「肥料?」
「分からん」
誰も、俺を見ない。
それでいい。
噂が先に歩けばいい。
◇
夜。
部屋で、手を洗いながら考える。
これは、始まりに過ぎない。
一つの畑。
一つの例。
だが、確かに言える。
俺は、言葉を使わずに、示せた。
前の人生では、逆だった。
説明し、説得し、押し通した。
結果、反発を生んだ。
今回は、違う。
土が、語る。
人は、それを見て、判断する。
処刑台へ向かう道は、
こうして一本ずつ、潰していく。
静かに。
確実に。
まだ、誰にも気づかれないまま。




