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反乱で処刑された若き領主、気づいたら過去に戻っていました。  作者:


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書庫という逃げ道

肥料のことは、知っている。


前の人生で、俺は学んだ。

家畜の糞尿、落ち葉、藁。

土に有機物を戻さなければ、地力は持たない。


――だが。


それを、今の俺が言い出したらどうなる?


九歳の子供が、畑を見て、肥料が足りないなどと言い始める。

大人たちは笑うだろうか。

それとも、不気味がるだろうか。


どちらにせよ、まともには受け取られない。


前の人生でも、同じだった。


正しいことを言えば、理解される。

そう思っていた。


結果は――処刑台だ。


「……駄目だな」


一人、部屋で呟く。


今回は、同じ轍を踏まない。


正しいかどうかより、

どう通すかを考えなければならない。



父を説得する?


無理だ。


父――グレイス伯爵は、理不尽な人間ではない。

だが、忙しい。


領地。王都。軍備。周辺貴族との関係。

九歳の息子の「思いつき」に、時間を割く余裕はない。


それに、父は数字で判断する。


収穫量。税収。兵糧。

目に見えない土の疲弊など、優先度は低い。


では、どうする?


答えは、意外なほど近くにあった。


――書庫だ。



グレイス家の書庫は、領館の奥にある。


石造りの部屋。

湿気を防ぐため、常に焚かれる小さな炭火。

並ぶのは、帳簿、地誌、農書、戦記。


子供が近づく場所ではない。


だからこそ、都合がいい。


「エドワルド様? どうなさいました?」


書庫番の老爺が、驚いた顔をする。


「本、読みたい」


「は……?」


「畑の本」


老爺は一瞬、困ったように眉を寄せた。


だが、すぐに苦笑する。


「農書は難しいですよ。数字も多い」


「いい」


子供の我儘に見える。

だが、拒む理由はない。


「……では、こちらを」


渡されたのは、かなり古い農書だった。


ページを開く。


見覚えのある内容が、並んでいる。


輪作。

休耕。

堆肥。


前世で学んだことと、ほとんど同じだ。


――あったじゃないか。


この世界にも、知識はある。

ただ、使われていなかっただけだ。


俺は、ゆっくりと読み進めた。


全部を理解する必要はない。

重要なのは――覚えておくことだ。



数日後。


俺は、また畑に出ていた。


今度は、農夫に質問する。


「ねえ。昔は、どうしてたの?」


「昔、とは?」


「おじいさんの頃とか」


農夫は、懐かしそうに空を見る。


「そうですなぁ……昔は、畑を休ませたり、落ち葉を鋤き込んだりしてました」


「今は?」


「忙しくてなぁ。そんな余裕はありません」


――余裕がないのではない。

余裕を作る発想が、消えただけだ。


夜、書庫に戻る。


別の本を読む。

今度は、地誌。


土地ごとの土質。

水の流れ。


すべてが、繋がっていく。


数字だけを追っていた頃には、見えなかったものが。



ある日、父とすれ違った。


「最近、書庫に通っているそうだな」


「うん」


「難しくはないか?」


「難しい」


正直に答える。


父は、少し笑った。


「なら、無理はするな」


「でも、面白い」


それだけ言う。


説得はしない。

提案もしない。


ただ、学んでいる姿を見せる。


それでいい。


父が何かを変えるのは、

誰かに言われた時ではなく、

必要だと感じた時だけだ。



部屋に戻り、今日読んだ農書を思い返す。


肥料の章。

そこに書かれていたのは、奇抜な方法ではない。


ただの、積み重ね。


――これなら、いける。


俺が言い出さなくてもいい。

書庫にある「昔からの知識」を、

父や役人が再発見すればいい。


そのきっかけを、

俺が作ればいい。


前の人生では、俺は前に出すぎた。


今回は、裏に回る。


書庫は、逃げ道であり、武器だ。


九歳の子供が、ただ本を読んでいるだけ。

それだけで、世界は少しずつ、変えられる。


俺は、静かに次の本を手に取った。


処刑台へ向かう道から、確実に外れるために。

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