芋酒
商人に、あの酒を飲ませた結果――評価は、想像以上だったらしい。
「かなり、いい反応だったぞ」
そう報告してきたのは、父だった。
じゃじゃ芋酒。
荒く、癖が強く、ワインとはまるで違う酒。
だが、商人は顔色一つ変えず杯を空け、しばらく黙った後で、こう言ったという。
「……これは、売れる」
その場で、五キロ分。
現物での買取が成立した。
値は、決して安くない。
むしろ、初物としては破格だったらしい。
「今後、この地で量産する話も、出ている」
父は、淡々とそう続けた。
量産。
つまり――継続的な生産。
エドワルドは、胸の内で小さく頷いた。
(新しい産業、か)
本来の目的は、違った。
小さい芋。
傷がついた芋。
保存に向かないもの。
それらを、無駄にしないための手段だった。
食べられないものを、酒に変える。
それだけのつもりだった。
だが、結果は――想像以上だった。
◇
「それとだ」
父は、一枚の書付を差し出した。
「今回の売り上げの一部を、お前の予算として渡す」
「……俺に、ですか?」
「正式に、だ」
書付には、金額が記されている。
子供が自由に扱うには、明らかに大きい。
「条件は一つ」
父は、視線を向ける。
「新しいものに使え」
「報告は?」
「予算内なら、事後でいい」
一瞬、耳を疑った。
「領主の了解は、不要だ」
「……商人とのやり取りは?」
「直接、話して構わん」
父は、少しだけ口角を上げた。
「その辺りは、私が話をつけておいた」
つまり――
「自由に、使っていい」
その言葉が、はっきりと胸に落ちる。
(……これは)
正直、嬉しい。
いや、それ以上に――重い。
「ただし」
父は、すぐに釘を刺す。
「農具や設備の類は、こちらの管轄だ」
「分かりました」
「お前が手を出すな」
「はい」
それは、領主としての線引きだ。
権限の所在を、曖昧にしないための。
(……なるほど)
父は、試している。
どこまで考え、どこまで動くか。
「この意味、分かるな?」
「……はい」
エドワルドは、静かに答えた。
「“探してみろ”という事ですね」
「そうだ」
父は、短く頷いた。
「この金は、結果を出した者への褒美でもあり――次を見るための、投資でもある」
エドワルドは、書付を見つめた。
(自由に使える……)
好き勝手に、ではない。
責任付きの自由だ。
だが。
(悪くない)
これなら、出来ることが増える。
書庫だけでは届かない所へ、手を伸ばせる。
新しい作物。
加工。
保存。
流通。
(……次は、何だ?)
胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
「分かりました」
エドワルドは、深く頭を下げた。
「無駄には、しません」
父は、それ以上何も言わなかった。
◇
執務室を出ると、風が心地よかった。
自由な予算。
商人との直接交渉。
子供としては、破格の扱いだ。
(ラッキー……ではないな)
これは、期待だ。
期待されている。
“次”を。
「さて……」
エドワルドは、空を見上げる。
「何を、見つけに行こうか」
小さな成果を、積み重ねてきた。
その延長線に、まだ見ぬ選択肢がある。
派手さはいらない。
だが、意味のあるものを。
エドワルドは、ゆっくりと歩き出した。
次の一手を、探すために。




