急ぎ領主へ
理由は一つ。
じゃじゃ芋から造った酒――その試作品が、思った以上に“酒”になってしまったからだ。
同行したのは、ワイン造りを任されている農家の男。
彼の腕と舌がなければ、そもそもここまで自信を持って持ち込めなかった。
執務室に通されるなり、領主は怪訝な顔をした。
「……急ぎの用件だと聞いたが」
「はい。酒を、お持ちしました」
「酒?」
領主の視線が、エドワルドの手元に移る。
布で包まれた小瓶。
「はぁ? じゃじゃ芋から酒を?」
呆れと疑念が、隠しきれていない。
「はい。試作ですが。ぜひ一度、味を見ていただければと」
領主は溜息をつきながらも、手で促した。
「……よかろう。出してみろ」
瓶の栓を抜いた瞬間、空気が変わる。
甘さではない。
果実でもない。
鼻を刺す、強いアルコールの匂い。
「ふむ……」
領主は、杯に注がれた透明に近い液体を見つめる。
「エドワルド。これは、この前の十キロのじゃじゃ芋からか?」
「はい。そこから作った試作品です」
領主は、ゆっくりと口に含んだ。
一瞬。
眉が動く。
「……確かに、酒だな」
ごくりと喉を鳴らす。
「ワインとは、まるで違う。力が強い」
杯を置き、もう一度匂いを確かめる。
「荒々しい。整ってはいないが……芯がある」
農家が、すかさず補足する。
「はい。癖は強いですが、これはこれで飲み応えがあります。恐らく、ワイン同様に寝かせれば、角が取れるかと」
領主は、腕を組んだ。
「……なるほど」
そして、ふと視線をエドワルドに向ける。
「お前も飲んだのか?」
「……はい。一口だけ」
「で?」
「吹き出しました」
即答だった。
「果樹のジュースの方が、好きです」
一瞬、静寂。
次の瞬間。
「はっはははははは!!」
執務室に、豪快な笑い声が響いた。
領主は腹を抱える勢いで笑う。
「そうか! そうか!!」
涙まで浮かべながら、エドワルドを見る。
「お前は随分と大人びたことを考えるが……味覚は、ちゃんと子供だな!」
「……」
「安心したぞ」
肩の力を抜き、領主は続ける。
「ここでこの酒を“美味い”“力強い”などと言い出したら、余計に気味が悪かったわ」
笑いながら、杯を再び手に取る。
「ふむ……だが」
一口、もう一口。
「これは、使える」
その一言で、空気が引き締まった。
「よし。今回収穫したじゃじゃ芋の――半分を、この酒造りに回す」
農家が息を呑む。
「残りは、種芋として確保だ。次に繋げる」
「……ありがとうございます」
「それと」
領主は、杯を机に置く。
「まだ、残っておるな?」
「はい。少量ですが」
「おい!」
扉の方へ声を張る。
「商人を呼べ!」
そして、エドワルドを見る。
「残った酒を、少し持ってこい。商人に飲ませる」
「え?」
「反応を見たい」
領主は、にやりと笑った。
「価値があるかどうかは、市場が決める」
ワインとは違う。
貴族の嗜好品でもない。
だが――
「これは、“別の酒”だ」
領主は、静かにそう結論づけた。
じゃじゃ芋は、食糧になる。
保存にも向く。
そして今、酒にすらなる。
エドワルドは、胸の奥で小さく息を吐いた。
(また一つ、道が増えた)
急がない。
だが、確実に。
この領地は、確実に“変わり始めている”。




