日々の中で思わぬ発見
朝は、決まって同じところから始まる。
セキシャク鳥の囲いに向かい、水を替え、餌を足す。
一羽一羽の様子を見て、怪我がないか、動きがおかしくないかを確かめる。
(……よし、今日も元気だな)
次は掃除。
集めた糞は、そのまま捨てない。乾かし、混ぜ、発酵させ、肥料にする。
(量も、質も、悪くない)
それが終われば、各畑の見回りだ。
硬豆、じゃじゃ芋、小麦。
芽の色、葉の張り、土の湿り具合。
途中で農家に声をかけられれば立ち止まり、話を聞く。
要望、愚痴、小さな違和感。
それらを頭の中で整理しながら、合間に書面にも目を通す。
夕方前に、もう一度セキシャク鳥の世話。
――それが、今のエドワルドの日常だった。
(……忙しいけど、悪くない)
誰かに言われたわけでもない。
だが、体が自然に動く。
◇
一通り終えた後、エドワルドは書庫へ向かった。
(他に、何か出来ることは……)
そう思うのが、もはや癖になっている。
だが、その前に――
(……そうだ)
脳裏に、思い出すものがあった。
「じゃじゃ芋の酒」
試しに仕込んだものだ。
量は少ないが、発酵は順調だったはず。
(そろそろ、頃合いだよな……)
書庫の奥、ワイン造りに使われている部屋。
そこに、問題の壺は置いてある。
蓋を開けた瞬間、鼻を突く匂い。
「……お?」
明らかに、アルコール臭。
中では、小さな泡がぷつぷつと立っている。
(発酵してる……成功?)
少しだけ、柄杓ですくう。
「……一口だけだ。一口」
自分に言い訳しながら、口に含んだ。
――次の瞬間。
「ブフォーーッ!!」
思わず、噴き出した。
「な、なんだこれ……!」
喉を焼くような刺激。
強烈な酸味と苦味。
ワインとは、似ても似つかない。
「確かに酒……っぽいけど……」
顔をしかめ、咳き込む。
「……不味い。これは、不味い……」
失敗か?
腐ったわけではなさそうだが……。
その時だった。
「坊ちゃん!何をしてるんですか、こんな所で!」
振り返ると、そこにいたのは――
領内でワイン造りをしている農家の一人だった。
「あ……」
少し、気まずい。
「いや、その……酒を作ってみたんだが……」
「酒?」
男は、興味深そうに壺を覗き込む。
「……何か、別の物が出来てしまって」
「別の物、ですか?」
エドワルドは、黙って柄杓を差し出した。
「これです」
男は、匂いを嗅ぎ――
にやりと笑った。
「ほぉ〜……アルコールの匂いは、確かにしますな」
「え?大丈夫ですか?」
「どれどれ」
ためらいなく、口に含む。
エドワルドは、固唾を飲んで見守った。
「……」
男は、少しだけ目を細め、
「ほぉ〜!」
声を上げた。
「これは……」
「……失敗、ですよね?」
恐る恐る聞く。
だが男は、首を振った。
「癖は、強い」
「ですよね……」
「だが、力強い!」
思いのほか、声が弾んでいる。
「ワインとは、全く違う味わいですな!」
「……え?」
エドワルドは、思わず聞き返した。
「美味しい、んですか?」
「ははは!」
男は、豪快に笑った。
「坊ちゃんには、まだ早い味ですなぁ」
「……あ」
その一言で、腑に落ちた。
(そうか……)
酒が失敗したわけじゃない。
単に――
(俺の体が、子供なだけか)
前の人生の感覚で考えていたが、今は十歳。
この刺激を「美味い」と感じるには、早すぎる。
「なるほど……」
「坊ちゃん、これは立派な酒ですよ」
男は、壺を叩く。
「じゃじゃ芋から、こんな物が出来るとは……」
「……本当に?」
「ええ。好みは分かれますがな」
「でも、酒としては……」
「十分以上です」
男は、急に真剣な顔になった。
「これは、早く領主様に知らせるべきです」
「父上に?」
「ええ!」
男は、力強く頷く。
「一緒に行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
エドワルドは、慌てた。
(まだ、整理もしてないのに……!)
だが、男はもう歩き出している。
「これは面白いぞ……」
その背中を見ながら、エドワルドは小さく息を吐いた。
(……研究、って言われてたな)
失敗だと思ったものが、別の価値を持つこともある。
今日もまた、積み上げた日常の中から――
予想外の芽が、顔を出したのだった。




