孵化、そして数を数える
セキシャク鳥の観察を始めて、数十日。
朝、囲いを覗いたグレイスは――
一瞬、目を瞬かせた。
「……あ」
巣の中。
藁の隙間で、小さな影が動いた。
「孵った、か」
まだ羽毛も頼りなく、ふらついている。
だが、確かに――雛だ。
(速いな……本当に)
卵を産むまで。
産んでから、温め。
そして孵化。
どれも、想定より早い。
「……何日だ?」
エドワルドは、すぐに木札を手に取った。
卵を確認した日付。
孵化を確認した今日。
(まだ、正確じゃない)
数が少なすぎる。
条件も、一定ではない。
「……これは、毎日観察だな」
記録を取る。
日数。
温度。
天候。
雌の様子。
全て、残す。
前の人生では――
こういう「当たり前」が、後回しにされていた。
結果だけを求め、過程を残さない。
だから、再現できなかった。
(今回は、違う)
◇
囲いの中。
雌は、雛を守るように身を低くしている。
雄は、少し離れた場所で警戒していた。
(……役割が、分かれてる)
不用意に近づかない。
刺激しない。
「当面は……」
エドワルドは、心の中で整理する。
「卵は、取らない」
数を増やす。
それが、最優先だ。
(せめて……)
視線が、囲い全体を見渡す。
「今の、十倍」
それくらいは、欲しい。
数が増えれば――
卵を回せる。
一部を食用にし、一部を孵化用に残す。
ようやく、循環になる。
(今は、まだ“芽”だ)
◇
夕刻。
書きかけの報告書が、机の上に広がっている。
孵化確認。
推定日数。
行動観察。
父には、すでに概要は伝えてある。
だから、焦る必要はない。
(ある程度、纏めて……だな)
細かすぎても、混乱する。
だが、要点は落とさない。
エドワルドは、筆を走らせた。
「孵化速度、想定以上」
「凶暴性は管理可能」
「増殖優先期間を設ける」
書き終え、息を吐く。
◇
夜。
囲いの方から、微かな鳴き声が聞こえた。
雛の声だ。
小さく、弱い。
だが、確かに生きている音。
(……増えていく)
焦らない。
取らない。
食べない。
「今は、守る」
エドワルドは、静かにそう決めた。
この小さな命の積み重ねが、
いつか――
領地の腹を、満たす。
その日まで。
観察は、続く。




