循環を作る
豆類か。
エドワルドは、書庫の机に肘をつき、並べた資料を見比べていた。
豆は、すでに領内でも育てられている。
だが規模は小さく、あくまで副次的な作物だ。
(増やすなら、流れを作らないと意味がない)
ただ作って、ただ食べて終わりでは駄目だ。
前の人生で、それは嫌というほど思い知らされた。
食用として消費する分。
翌年の種として確保する分。
余った、古くなった豆――ヒネ物は家畜の餌へ。
(この循環が出来れば……)
豆は土を選びにくく、保存性も高い。
小麦が不作でも、主食の補助になる。
家畜の餌にも回せれば、糞尿が肥料になる。
土へ、戻る。
「……順番だな」
まず豆。
その後に家畜を増やす。
逆にすれば、必ずどこかで歪む。
◇
エドワルドは、棚から一冊の古い農書を引き抜いた。
紙は黄ばみ、角は丸くなっている。
豆類の項をめくる。
「……これか。硬豆」
指が止まった。
食用としては、やや硬い。
味も、特別良いとは言えない。
だが、保存性が高く、虫にも強い。
(悪くない)
柔らかく煮れば、十分に食べられる。
何より、長く持つ。
(これは……“備え”向きだ)
主役ではない。
だが、欠かせない。
エドワルドは、頷いた。
「父上に、頼もう」
商人経由で、種を手に入れてもらえばいい。
量は、最初は少なくていい。
(まずは、育つかどうかだ)
◇
次に、視線を移す。
家畜。
牛や羊は、すでにいる。
だが、数を増やすには時間がかかる。
飼料も、場所も、手間も要る。
(……これだ)
挿絵付きのページに、見覚えのない鳥が描かれていた。
「セキシャク鳥……?」
小型。
卵を頻繁に産む。
飼育期間が短い。
肉よりも、卵が主だ。
(卵……)
調理の幅が広い。
栄養価も高い。
何より、増えるのが早い。
(……前の人生では、見た覚えがない)
少なくとも、領内では聞かなかった。
だが、この書庫に記録があるということは――
(存在はしている)
育てられていないだけだ。
(理由は、分からない)
難しいのか。
手間がかかるのか。
単に、知られていないだけか。
(これは……)
エドワルドは、小さく息を吐いた。
「俺が、やるしかないな」
誰かに任せるには、未知が多すぎる。
だが、自分なら――失敗しても、やり直せる。
前の人生の記憶がある。
失敗の重さを、知っている。
◇
夕刻。
エドワルドは、父の執務室を訪れた。
「父上、お時間よろしいでしょうか」
伯爵は、書類から顔を上げた。
「どうした?」
「ご相談が、二つあります」
珍しい言い回しに、伯爵は少し眉を上げる。
「豆類の生産についてです」
エドワルドは、簡潔に説明した。
規模を広げること。
保存と種の確保。
家畜の餌へ回す循環。
伯爵は、黙って聞いていた。
「……理にかなっている」
そう言って、頷く。
「硬豆の種は、商人に当たらせよう」
「ありがとうございます」
「もう一つは?」
エドワルドは、一瞬だけ迷い、
「セキシャク鳥の飼育を、試したいです」
伯爵の眉が、わずかに動いた。
「聞いたことがあるな……確かに、記録はある」
「私が、育てます」
はっきりと、そう言った。
「最初は、小規模で構いません。失敗しても、私の責任で」
伯爵は、息子をじっと見つめた。
命令ではない。
願いでもない。
覚悟だ。
「……よかろう」
静かな声だった。
「だが、必ず報告しろ」
「はい」
「一人で抱え込むな」
その言葉に、エドワルドは一瞬、目を伏せた。
「……承知しました」
◇
執務室を出た後、夕焼けが庭を染めていた。
豆。
鳥。
循環。
どれも、小さい。
だが、確実に積み重なる。
(前は、ここまで辿り着く前に――)
首元に、幻の重みが蘇る。
グレイスは、首を振った。
「今度は、違う」
急がない。
だが、止まらない。
10歳の少年は、静かに次の一手を思い描いていた。
それは、派手な改革ではない。
飢えないための、当たり前を作る――
そのための、一歩だった。




