積み重ねの先に
少しずつだが、確かに結果は付いてきている。
数字はまだ小さい。だが、嘘はついていない。
肥料を使った畑は、他より明らかに育ちが良い。
乾燥パスタは、失敗の山を越えて「食糧」として数えられる量になった。
じゃじゃ芋は、試作から作付けへ――ほんの一部だが、領内に根を下ろし始めている。
(これで……変わるはずだ)
エドワルドは、そう思いながら畑を眺めていた。
一度に大きく変えようとすれば、必ず歪みが出る。
前の人生で、それは嫌というほど学んだ。
だから今は、小さな結果を積み重ねる。
誰かが「失敗だった」と切り捨てられない程度に。
誰かが「偶然だ」と言い張れない程度に。
小麦の増産。
乾燥パスタの安定生産。
じゃじゃ芋の定着。
どれも、まだ「切り札」ではない。
だが、切り札に育てるための土台にはなる。
(時間は、まだある)
そう思えたこと自体が、以前とは違っていた。
◇
その日の夕方。
屋敷は、いつもより少しだけ慌ただしかった。
豪華な飾り付けはない。
招待客もいない。
使用人たちも、いつも通りの仕事をしている。
だが、厨房だけは、わずかに違った。
「坊ちゃま、こちらを」
差し出されたのは、小さな焼き菓子だった。
小麦粉と、蜂蜜と、ほんの少しの果実。
「……ありがとうございます」
「今日は、10歳のお誕生日ですから」
料理人は、そう言って穏やかに笑った。
(そうか)
エドワルドは、一瞬だけ立ち止まる。
10歳。
前の人生では、何も知らず、何も考えず、ただ守られていた年齢だ。
今は違う。
だが――
(それでも、10歳なんだな)
そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
◇
夕食の席は、家族だけだった。
父と、兄と、そして自分。
派手な乾杯はない。
だが、父はエドワルドを見て、短く言った。
「10歳だな」
「はい」
「最近、よく動いていると聞いている」
褒めるでも、責めるでもない声音。
「結果も、出始めている」
兄が、横で軽く頷いた。
「無理はしていません」
エドワルドは、そう答えた。
「積み重ねているだけです」
父は、しばらく黙ってから言った。
「それが、一番難しい」
その言葉に、えどあは驚いて顔を上げる。
「焦らず、だが止まらず。それができる者は、そう多くない」
父は杯を持ち上げた。
「誕生日の祝いだ!派手なものはないが……」
一瞬、言葉を探し、
「よくやっている」
そう言った。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「ありがとうございます」
それだけで、十分だった。
◇
夜。
部屋に戻り、エドワルドは小さく息を吐いた。
10歳の誕生日。
何かが劇的に変わるわけではない。
だが――
肥料は土に残り、作物は畑に根を張り、考え方は、人の中に静かに広がっている。
(間に合え)
声に出さず、そう願う。
次の豊作まで。
次の凶作まで。
そして――まだ見えない未来まで。
小さな結果を、積み重ね続ければ。
この領地の運命は、きっと。
10歳の少年は、静かに灯りを落とした。
その背中は、まだ小さい。
だが、進んでいる道だけは、もう戻らなかった。




