内側の刃
戦議が終わってから、半刻も経っていなかった。
砦の廊下を、レオンが無言で歩いている。
その後ろに、縄で縛られた男が一人。
エドワルドの前に連れて来られた。
「……何だ?」
レオンの顔は笑っていない。
「捕えました」
「誰だ」
「補給係の一人です」
エドワルドの目が細まる。
補給係。
砦内の配置、兵站、食料配分を知る立場。
「理由は?」
レオンが小さな布袋を机に置く。
中から出てきたのは——
小さく丸められた羊皮紙。
エドワルドが開く。
そこには、簡単な地図。
砦の内部構造。弾薬庫の位置。水源。
そして——
「……私の部屋か」
沈黙が落ちた。
男は俯いたままだ。
「弁明はあるか?」
静かな声。
男は唇を震わせる。
「……家族が、向こうにいる」
レオンの拳が僅かに動く。
「だから売ったのか」
「違う! 売った訳では……!」
顔を上げる。
「向こうの兵が来たんです……!
家族の名前を知っていた!
断れば……」
声が途切れる。
エドワルドは何も言わない。
男は必死に続ける。
「情報を渡せば家族は助けると……!
私は……私はただ……」
「……家族を守りたかった?」
男は頷く。静寂。
その場にいる全員が理解している。
それは、分かる。分かるが——
許せるかは別だ。
クラウス入室。扉が開く。
「聞いた」
クラウスが入ってくる。
机の羊皮紙を見る。
「……甘い」
短く言った。男が震える。
「お前一人の判断で何百が死ぬ」
「っ……!」
「家族を守る?その為に他人の家族を差し出すのか」
男は崩れ落ちる。
エドワルドは黙っている。
前世の記憶が一瞬よぎる。
裏切り。処刑台。誰かの密告。
胸の奥が冷える。
決断
「レオン」
「はっ」
「他にもいるか?」
「可能性は高いですな」
クラウスが言う。
「これは一人ではない」
エドワルドは男を見る。
「敵は私を狙っている」
男は震えながら頷く。
「黒鎧の男か?」
男の目が揺れた。それが答えだった。
エドワルドはゆっくり立ち上がる。
「……家族はどこだ」
男が顔を上げる。
「え……?」
「場所を言え」
「国境近くの村です……」
レオンが目を細める。
エドワルドは数秒、黙る。
そして。
「拘束」
レオンが男を押さえる。
「処刑ではないのですか?」
エドワルドは首を振った。
「まだだ」
クラウスがじっと見る。
「……甘いな」
「違う」
エドワルドの目は冷たい。
「利用する」
空気が変わる。
「家族を守る」
男が顔を上げる。
「ただし条件がある」
「……は、はい」
「今度は敵を裏切れ」
男の呼吸が止まる。
「敵が接触してきたら、全て報告しろ」
「……!」
「家族は保護する」
レオンが目を見開く。
クラウスも黙る。
「ただし」
エドワルドの声が低くなる。
「二度目は無い」
男は泣き崩れた。二人きり。
男が連れ出された後、クラウスが言う。
「本当に保護する気か?」
「する」
「敵は利用するぞ」
「だからこちらも利用する」
沈黙。
クラウスがふっと笑う。
「……変わったな」
「そうか?」
「ああ」
クラウスの目は鋭い。
「前なら即座に首を刎ねていた」
エドワルドは窓の外を見る。
「今は戦争だ」
静かに言う。
「人も、情報も、使えるものは使う」
灯りが揺れる。砦の外は静かだ。
だが——内側に、火種はあった。
そしてそれは。
黒鎧の敵将が、既に砦の中に触手を伸ばしている証だった。




