兄弟の戦議
砦の門が開いたのは、夜明け前だった。
強行偵察隊が戻る。
馬は汗まみれ。
兵は泥と血に塗れている。
「門を閉めろ!」
重い扉が音を立てて閉じられる。
見張りがざわめく中、クラウスが石段を降りてきた。
「……随分と早い帰還だな」
その目は鋭い。
無事を確認して、ほんの僅かだけ緩んだ。
「敵はいた」
エドワルドは馬から降りる。
「しかも本物だ」
クラウスの眉が動いた。
「ほう」
砦内・戦議室
簡素な机。地図。灯り。
レオンも同席する。
「精鋭部隊です」
エドワルドが口を開いた。
「反応が早い。混乱がない。待ち構えていた可能性もある」
「待ち構えていた?」
「俺の名を知っていた」
空気が変わる。
クラウスがゆっくり腕を組む。
「……情報が漏れているな」
「恐らく」
レオンが補足する。
「兄上の遅滞戦術を受けた後、奴らは本気の部隊を投入しております」
クラウスは小さく笑った。
「やっと本気か」
「笑い事じゃない」
エドワルドが睨む。
「森の中を躊躇なく突っ込んで来た。統率もある。あれは指揮官が優秀だ」
「黒鎧の男だな?」
「見たのか?」
「見ていないが、想像はつく」
クラウスは地図を指で叩く。
「奴らは最初の騎兵部隊でこちらの罠を確認した。次に本軍。そして今、精鋭部隊」
「段階を踏んでいる」
「そうだ」
クラウスの目が鋭くなる。
「これは試されている」
静かな沈黙。
エドワルドは拳を握る。
「……俺が出たのは失策か?」
クラウスは即答しなかった。
少し間を置いてから言う。
「いや」
「必要だった」
エドワルドが顔を上げる。
「敵の質が分かった。それが一番大きい」
「だが次は——」
「次は、お前を狙う」
はっきり言った。
「兄上……」
「お前は象徴になりつつある」
クラウスの声は冷静だ。
「救護。侵攻阻止。王都偵察。噂は広がる」
レオンが頷く。
「敵にとって厄介な芽は、早めに摘むのが常道ですな」
エドワルドは沈黙する。
前世では——
父が前線。
兄が戦死。
自分は後手。
だが今は違う。
「……なら」
顔を上げる。
「狙わせればいい」
クラウスの目が細まる。
「ほう?」
「俺が前に出る。兄上は砦を固めろ」
「餌になる気か?」
「違う」
エドワルドの目が静かに光る。
「囮だ」
レオンが小さく笑う。
「やっと似てきましたな、兄上に」
「余計な事を言うな」
クラウスは腕を解く。
「だがな、エドワルド」
声が少しだけ柔らぐ。
「一つだけ覚えておけ」
「何だ」
「お前は死ぬな」
一瞬、空気が止まる。
「……父上が言いそうな台詞だな」
「私は父ではない」
クラウスはニヤリと笑う。
「だが、弟を失う気もない」
静かな兄弟の視線が交差する。
結論
「敵は精鋭を出してきた」
クラウスがまとめる。
「つまり、本軍は近い」
「時間は?」
「最短で五日」
「長くて七日」
レオンが答える。
「それまでに」
エドワルドが言う。
「罠をもう一段階、深くする」
クラウスがゆっくり頷く。
「いいだろう」
そして。
「本格的な戦になる」
静かに、しかし確実に兄弟は理解していた。
これは小競り合いではない。
王国崩壊後、初の“国家戦”だ。
そして——
敵は本気で、エドワルドを狙っている。
灯りの揺れる戦議室で、二人は同時に地図を見下ろした。
戦は、次の局面へ入る。




