問いと位置
エドワルドが呼ばれたのは、夕刻だった。
執務を終えかけた頃合い。
書類の山は片付いているが、灯りはまだ落とされていない。
「失礼します」
「入れ」
領主――父は、椅子に深く腰掛けたまま、息子を見た。
「じゃじゃ芋の件だ」
いきなり、本題だった。
「はい」
「八十三キロ。報告は受けているな?」
「はい」
「偶然ではないな?」
一拍。
エドワルドは、きちんと顔を上げた。
「偶然ではありません」
即答だった。
領主は、その返答を咎めもしなければ、驚きもしなかった。
「理由を言え」
「土質と作物の相性です。肥料の効果もありますが、それだけではありません」
「ほう」
「じゃじゃ芋は、栄養を“一度に使わない”作物です。だから痩せた土地でも育ち、結果が安定します」
子供の説明ではない。
だが、学者の言葉でもない。
“現場を見た者”の口調だった。
「年二回、というのも本当か?」
「条件次第ですが、可能です」
領主は、ゆっくりと腕を組んだ。
「……お前は、どこまで考えている?」
「作付けを増やせば、飢えは減ります。全てをじゃじゃ芋にする必要はありません。小麦が不作の年の、受け皿になれば十分です」
「保管は?」
「乾燥パスタと併用します。芋は一部を貯蔵、残りを加工か配布に」
淡々とした答え。
だが、その裏にある意図は明確だった。
――領地を、止まらせない。
領主は、しばらく黙ったまま、エドワルドを見ていた。
「一つ、聞く」
「はい」
「なぜ、私に先に言わなかった?」
問いは、責めではない。
試すようでもあった。
エドワルドは、少しだけ視線を落とす。
「……結果が無い状態では、許可を得にくいと思いました」
正直な答えだった。
「それに」
一瞬、言葉を選ぶ。
「失敗した時に、父上の判断が否定される形になるのは避けたかった」
その言葉に、領主は目を細めた。
「ずいぶん、大人びた言い方だな」
「自覚はあります」
「……そうか」
領主は、深く息を吐いた。
「確かに、今回の件は“私が決めた”形にできる。それは、領主としては助かる」
そして、静かに続ける。
「だがな、エドワルド」
声が、少しだけ低くなる。
「これから先は違う」
「はい」
「結果が出た以上、周囲はお前を見る。農家も、職人も、側近もだ」
「……」
「善意だけでは済まなくなる」
それは、警告だった。
「だから決めた」
領主は、机に手を置いた。
「じゃじゃ芋の本格作付けは、私の名で進める。乾燥パスタも同様だ」
「ありがとうございます」
「だが」
一拍置く。
「考えたのは、お前だ!隠すつもりはない」
エドワルドの目が、わずかに見開かれた。
「お前は“実務に関わる立場”になる。表には出ないが、決して子供扱いはしない」
それは、立場の変化を意味していた。
「……覚悟はあるか?」
エドワルドは、迷わなかった。
「あります」
「なぜ?」
「もう、始めてしまったからです」
領主は、苦笑した。
「確かにな」
椅子から立ち上がり、息子の前に立つ。
「一つだけ約束しろ」
「はい」
「独断で踏み越える前に、一度は相談しろ!止めるためではない。支えるためだ」
エドワルドは、深く頷いた。
「約束します」
「よし」
領主は、満足そうに頷く。
「では行け!明日から忙しくなるぞ」
執務室を出る背中を見送りながら、領主は思った。
(もう、“芽”ではない)
(根を張り始めている)
それが吉か凶かは、まだ分からない。
だが――
見逃せる段階では、もうなかった。
静かに、しかし確実に。
領地は、次の段階へ進み始めていた。




