乾燥パスタ完成
最初に「形になった」と言い出したのは、料理人だった。
「……坊ちゃま」
厨房の片隅で、慎重に声をかけてくる。
「これは……完成と言って、いいと思います」
台の上に並べられたそれは、細く、均一で、割れも少ない。
乾燥も安定しており、触れば軽い音がした。
「茹で時間も、ほぼ一定。味も、前より落ちていません」
料理人の声には、抑えきれない達成感が混じっていた。
エドワルドは、そっと一本を手に取る。
軽い。
以前の失敗作とは、明らかに違う。
「……長く置いても?」
「三ヶ月、試しました。虫も出ていません。湿気対策さえすれば、もっと持つでしょう」
胸の奥が、静かに熱くなる。
やっと、だ。
◇
その日の夕食。
食卓に並んだのは、いつもより簡素な一皿だった。
だが、皿の中央には、見慣れない料理がある。
「これは?」
父が、視線を向ける。
「例の試作品です」
料理人が、少し緊張した声で答えた。
「乾燥小麦麺を、茹でております」
父は、フォークを取る。
香りは、控えめ。
だが、不快ではない。
一口。
噛み、飲み込む。
「……」
一瞬の沈黙。
グレイスは、父の表情を読む。
否定も、驚きもない。
ただ、考えている。
「悪くない」
短い評価だった。
「腹に溜まる」
「保存できる」
「作り置きが利く」
父は、皿を見下ろす。
「完成、と見ていいな」
料理人が、深く頭を下げた。
「はい」
父は、ゆっくりと頷く。
「名は?」
「……まだ」
料理人が、困ったように答える。
「呼び名は、乾燥パスタと」
「そうか」
父は、それ以上詮索しなかった。
「では、次だ」
次。
その言葉に、場の空気が変わる。
「これは、食事だ!だが――」
父は、視線を上げる。
「備えにもなる」
グレイスは、黙って聞いていた。
これは、自分の手を離れ始めている。
それでいい。
◇
数日後。
倉の一角に、専用の棚が設けられた。
量は、まだ少ない。
だが、明確な用途が与えられた。
・非常食
・試験保存
・一部農家への提供
「売るのは、まだ早い」
父は、そう判断した。
「まずは、使えるかどうかだ」
正しい判断だった。
◇
農家に渡されたのは、ごく少量。
「茹でるだけでいい。味付けは、自由」
最初は、戸惑い。次に、驚き。そして――納得。
「腹持ちがいい」
「火を使う時間が短い」
「粉より扱いやすい」
声が、静かに広がる。
◇
エドワルドは、畑の脇でそれを聞いていた。
自分から説明はしない。
聞かれれば、答える。
それで十分だった。
乾燥パスタは、
奇抜な発明ではない。
ただの、
「不安を少し減らす道具」だ。
だが、その価値を知る者は、
確実に増え始めていた。
◇
夜。
一人、部屋で考える。
肥料。
じゃじゃ芋。
乾燥パスタ。
点が、線になり、
線が、面になりつつある。
急がない。
だが、止まらない。
処刑台の低さを、忘れない。
完成したのは、食べ物一つ。
だが――
この領地は、確実に
「飢えに対して強くなり始めている」。
それだけで、今は十分だった。




