整理
状況を、整理しておかなければならない。
この部屋を使っていた記憶があるのは、十歳前後までだ。正確な年齢までは思い出せない。だが、使用人や乳母に直接尋ねるのは不自然すぎる。突然そんなことを聞けば、訝しまれるだけだ。
年齢の確認は後回しにする。
今は、それよりも重要なことがある。
――これから、何が起こるかだ。
俺は、ゆっくりと深呼吸をして、頭の中を整理する。処刑台の記憶は鮮明だが、その前に積み重なった年月もまた、消えてはいない。
まず、十二歳。
この年は、豊作だった。
雨の巡りがよく、病害も出なかった。小麦の出来は例年を大きく上回り、領内の倉は満ちた。
十三歳。
この年も、豊作。
だが、問題はそこからだった。周辺領地も同様に収穫に恵まれ、小麦が市場に溢れた。結果として価格は暴落。農民は作っても利益にならず、商人は買い叩き、倉を持つ者だけが笑った。
十四歳。
一転して、凶作。
長雨と冷夏が重なり、小麦は育たなかった。前年の安値で手放してしまった者が多く、備蓄は少ない。価格は暴騰し、飢えが現実のものとなった。
十五歳。
不満は、ついに領外へと溢れ出る。
各地で暴動が発生し、王国全体が疲弊した。治安維持のために兵が動員され、農作業はさらに滞る。悪循環だった。
十六歳。
その混乱に、隣国が目を付けた。
国境を越えた侵攻。父と兄は、迎撃のために出陣した。
――そして、帰ってこなかった。
戦死。
知らせを受け取った日のことは、今でも覚えている。理解するより先に、周囲が泣いていた。俺は、何も言えなかった。
侵攻そのものは、辛うじて食い止めた。
だが、代償は大きすぎた。
働き盛りの男たちは戦場で倒れ、畑は荒れ、家々には喪が広がった。領民は疲弊し、領内の生産力は大きく落ち込んだ。
その混乱の中で、俺は領主となった。
若すぎる領主。
経験もなく、余裕もなく、理想だけを抱えたまま。
領地を立て直そうとした。
税を集め、制度を整え、無駄を省こうとした。
だが、王都では別の嵐が吹いていた。
クーデター。
王権は揺らぎ、中央の統制は弱まり、地方領主は疑心暗鬼に陥った。支援は滞り、責任だけが押し付けられる。
そして、その四年後。
疲弊しきった領内で、反乱が起きた。
原因は一つではない。
重税。
急ぎすぎた改革。
人の心を置き去りにした判断。
結果として、俺は捕らえられ、裁かれ、処刑された。
――そこまでが、俺の一度目の人生だ。
ゆっくりと、拳を握る。
今は、まだ十歳前後。
父も、兄も、生きている。
畑は荒れていない。
領民は、反乱など想像もしていない。
だが、未来は変わらずに待っている。
何もしなければ、同じ道を辿るだけだ。
豊作も、凶作も、暴動も、侵攻も。
すべては、これから起こる。
ならば、選択を変えなければならない。
豊作の年に、溢れる小麦をどう扱うか。
凶作の年に、誰を守り、誰に負担を求めるか。
暴動の兆しを、どこで察知し、どう抑えるか。
そして――
父と兄を、戦場に立たせない道が、本当に存在しないのか。
答えは、まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
急いではいけない。
一度目の人生で、俺は急ぎすぎた。
正しさを掲げ、人の事情を後回しにした。
だから今度は、違う。
十年という時間は、短くはない。
だが、油断すれば、一瞬で過ぎ去る。
処刑台の低さを、俺は忘れていない。
あの高さが、判断を誤った末路だった。
だから、この十年を無駄にはしない。
静かに、慎重に、未来を一つずつ、書き換えていく。
それが、二度目の人生で俺に与えられた役目だ。




