農家側からの反応が増え始める
変化は、声にならないところから始まった。
畑の端で、農家同士が集まって話している。
以前からあった光景だが、話題が少し違う。
「最近、土が扱いやすい」
「鋤の入りが、前よりいい気がする」
「一日終わっても、腰がまだ動く」
誰かが声高に主張するわけではない。
だが、同じ言葉が、別々の口から何度も出てくる。
エドワルドは、少し離れた場所でそれを聞いていた。
(数字じゃないな……でも、確実だ)
畑仕事は、感覚の積み重ねだ。
毎日触るからこそ、僅かな違いに気づく。
「坊ちゃま」
年配の農家が、声をかけてきた。
「何かありましたか?」
「いえ……その鋤の形ですが」
やはり、そこだった。
「鍛冶屋に持っていけば、同じ形にしてもらえると聞きまして」
「はい。修理のついでなら」
「新しく作り直すより、安いですね」
それだけ言って、農家は畑に戻っていった。
無理に広める必要はない。
聞かれたら答える。
それだけでいい。
◇
別の日。
今度は、別の話題が出てきた。
「この畑、去年より育ちがいい気がする」
「肥料の量、変えたか?」
「いや、同じだが……」
肥料の効果は、すぐには出ない。
だが、数値としては出始めている。
葉の色。
背の揃い方。
枯れる株の数。
「今年は、無駄が少ないな」
それは、期待ではなく実感だった。
◇
エドワルドは、帳面を手に畑を回る。
収量の見込み。
畝ごとの差。
肥料の量。
農家の一人が、不思議そうに尋ねた。
「坊ちゃま、そんな細かく見て意味があるんですか?」
「あります」
即答だった。
「来年、同じ事をするために」
農家は、しばらく考え込み――
「なるほどな」
と、短く答えた。
否定ではない。
理解だ。
◇
数日後。
鍛冶場に、列ができていた。
鋤。
鍬。
刃の欠けた道具。
「直すなら、あの形で」
誰かが言い出し、
それが当たり前になり始めている。
鍛冶師は、何も言わない。
だが、作業の手は止まらなかった。
◇
じゃじゃ芋の畑も、順調だった。
葉は青く、茎は太い。
まだ掘るには早いが、期待は持てる。
近くで見ていた農家が、ぽつりと呟く。
「……これ、他の畑でもやれますかね」
その言葉に、周囲が静かになる。
エドワルドは、すぐには答えなかった。
「収穫を見てからにしましょう」
「ですよね」
焦りはない。
だが、関心は確実に芽生えている。
◇
夕方。
畑を離れる時、エドワルドは振り返った。
誰かが命じたわけでもない。
規則を変えたわけでもない。
それでも――
農家たちは、自分から動き始めている。
(ようやく、だ)
押し付ければ、反発される。
早すぎれば、潰される。
だが、結果が先にあれば――
人は、自分で納得する。
エドワルドは、帳面を閉じた。
まだ、大きな成果は出ていない。
だが、土の中では、確実に根が張り始めている。
それでいい。
この領地は、
静かに、しかし確実に変わり始めていた。




