引いた線の向こう側
首が落ちた瞬間。
辺りは、水を打ったように静まり返った。
誰も、声を出さない。
石を握ったまま固まっている者。
子供を抱き寄せる母親。
目を逸らせないまま立ち尽くす団員。
血の匂いだけが、やけに生々しかった。
エドワルドは、ゆっくりと剣を警備員へ返した。
「……片付けろ」
短い命令。それだけ。
怒鳴りも、説教も、見せしめの言葉も無い。
ただ、それだけだった。
警備員たちが無言で動き出す。
布を掛け、担架に乗せ、運んでいく。
まるで最初から“無かったもの”のように。
その様子を、保護民たちは黙って見ていた。
やがて。
ぽつり、と。
誰かが呟いた。
「……助けて、もらったのに」
別の誰かが続く。
「嘘ついて入り込もうとして」
「しかも、俺たちをクズ呼ばわりだ」
「自業自得だろ……」
怒りではない。呆れでもない。
ただ、冷めた現実認識。
それが、この場の総意だった。
レオンが横に並ぶ。
「……よろしかったのですか」
「何がだ?」
「公開で、あそこまで」
エドワルドは、少しだけ視線を落とした。
「迷ったさ」
本音だった。
「だがな」
視線を村全体へ向ける。
土埃だらけの道。建てかけの家。
痩せた子供たち。
それでも必死に生きようとしている人間たち。
「ここは、“生き直す場所”だ」
静かに言う。
「奪うために来た奴の席は無い」
レオンは、小さく頷いた。
「……団員も同じ気持ちでしょう」
「恨まれるかと思ったがな」
「いえ」
レオンは即答した。
「逆です」
「?」
「皆、安心しています」
エドワルドは眉を上げる。
「“守ってくれる”と、分かったからです」
その言葉に。胸の奥が、少しだけ重くなる。
守る。その為に、斬った。
助ける為に、殺した。矛盾している。
だが。
――どちらも、必要だった。
「……綺麗事だけじゃ、領地は守れんか」
「はい」
レオンは淡々と答える。
「戦場と同じです」
風が吹いた。
血の匂いが、少しずつ薄れていく。
遠くで、子供の笑い声が戻る。
誰かが作業に戻る。
木槌の音が、また響き始める。
日常が、再開する。それを見て。
エドワルドは、ようやく息を吐いた。
「……仕事に戻るぞ」
「はっ」
歩き出す。その背中を。
保護民たちが、自然と道を開けていた。
恐怖ではない。軽蔑でもない。
違う。
静かな、信頼。
「この人の下なら、生きられる」
そういう目だった。
エドワルドは気付かないふりをした。
気付けば、背負ってしまうからだ。
守ると決めた時点で。
もう後戻りは出来ない。
――線は、引いた。
こちら側に立つ者は守る。
向こう側に立つ者は、容赦しない。
それが、この領の掟。
それが。俺のやり方だ。
歩きながら、空を見上げる。
まだ遠く、王都の方角はうっすらと赤い。
世界は、壊れ始めている。
だが。
「……ここだけは、壊させん」
小さく呟いた。
その声は、誰にも聞こえなかった。
けれど確かに。
俺の中で何かが、静かに根を下ろしていた。




