形になる速さ
南町は、目に見えて変わり始めていた。
昨日までただの更地だった場所に、朝には杭が打たれ、昼には骨組みが立ち、夕方には壁の輪郭が見える。
「早ぇな……」
文官が思わず呟く。
図面は単純だ。寸法は統一。
材料も揃っている。
そして何より——迷いがない。
「次、梁!」
「そっちはもう屋根行けるぞ!」
「壁材、こっちに回せ!」
声が飛び、手が動く。
誰かが指示を出さなくても、自然と役割が分かれていく。
王都経験者の職人が要点を押さえ、領内の職人が手数で支え、保護民の中の若い者達が、それを必死に追いかける。
「五部屋、反対側も五部屋!
通路は真っ直ぐ、詰まるな!」
「共用の台所は先に作れ!使い始めたら後が楽だ!」
建物は、一棟ずつ完成するのではなかった。
骨組みだけが一気に並び、壁がまとめて張られ、屋根が連なって被せられる。
気が付けば——
「……もう、住めるな」
そう言われて初めて、文官は気付いた。
完成を待っていない。
出来た端から、人が入れる。
雨風を凌げる。火を使える。眠れる。
それだけで、人は生き延びられる。
エドワルドは、少し離れた場所からその様子を見ていた。
「……数字じゃないな」
紙の上の“収容可能人数”よりも、
現場で積み上がっていく建物の数の方が、ずっと正確だった。
一棟。また一棟。
それは家であり、避難所であり、
そして——
「居場所だ」
誰に言うでもなく、そう呟く。
南町は、まだ未完成だ。整ってもいない。
余裕があるわけでもない。
だが——
受け入れる速度だけは、誰にも負けていなかった。
そしてその速さこそが、これから押し寄せる“波”に対する、唯一の答えになりつつあった。
南町に、音が戻り始めていた。
最初は、槌の音や木を切る音だけだった。
次に、人の声が増えた。
指示でも、怒号でもない、普通の会話。
「ここ、寝るには十分だな」
「雨、しのげるだけでありがてぇ」
「……久しぶりに、屋根の下だ」
建ったばかりの建物の前で、保護民——いや、救護された人々が立ち尽くしていた。
中へ入る者。
しばらく外で空を見上げる者。
壁に手を当て、何度も確かめる者。
「本当に……ここに居ていいんですか?」
若い女が、建築職人にそう尋ねた。
「ああ。名前書いて、部屋決めて、それで終わりだ」
「……それだけ?」
「それだけだ」
拍子抜けした様な顔の後、
女は、堪える様に唇を噛み——小さく頭を下げた。
礼を言う声が、あちこちで上がり始める。
だが、職人達はそれを受け取らない。
「いいから中入れ」
「まだ先あるぞ、休める時に休め」
「次はもっと人来るんだ」
誰も“救っている”つもりではなかった。
ただ、回しているだけだ。
それが、空気を変えた。
夕方。
共用の台所から、湯気が立ち上る。
鍋の中身は簡素だ。
だが、火を囲む人の数は多い。
「……あったけぇな」
「腹に入るだけで違う」
笑い声が、混じった。
ほんの一瞬。
確かに——日常の匂いがした。
それを、エドワルドは少し離れた場所で見ていた。
「……切り替わったな」
南町は、もう“避難地”ではない。
“溜める場所”でもない。
人が来て、休み、次に進む。
あるいは——ここに根を下ろす。
流れの中に、生活が混じり始めた。
波は、まだ来る。もっと大きなものが。
だが今この瞬間、南町は確かに——
耐えられる町になり始めていた。




