数字の内側で
提出した書面は、完璧だった。
受け入れ可能人数。
流通可能数。
回復期間の平均。
滞留を避けるための上限設定。
どこを見ても、非の打ち所がない。
「……これで、向こうは安心する」
エドワルドは、机の上に置いた控えの写しを見下ろしながら、静かにそう言った。
数字は明確だ。線も引いた。
条件も添えた。
王政も、他領も、そして机上で仕事をする連中も——
見るべき数字は、すべて揃っている。
「所詮……書面だけを見て判断する連中だ」
その声に、苛立ちはない。
あるのは、諦観に近い冷静さだけだった。
彼らは安心する。上限がある事で。
管理されている事で。
“把握している”という錯覚で。
だが——
「現実は、書面通りにはならない」
それは、エドワルド自身が一番よく知っている。
隣領では、既に数字が合っていない。
報告は遅れ、精度も荒い。
ましてや——
連絡すら取れない小さな村が、いくつある?
「……あるいは、最初から数えられていないか」
そうなればどうなるか。
小役人は、必ずこう処理する。
“記録が無い”“確認出来ない”
“当初から存在しなかった”
——無かった事にする。
責任を避ける為に。帳簿を守る為に。
「なら、そこを使う」
エドワルドは、淡々とそう判断した。
書面上の数字は守る。
だから、誰も文句は言えない。
だが現場では——
可能な限り、人を受け入れる。
回復が遅れても。時間が掛かっても。
一時的に負荷が増えても。
「切り捨てる理由にはならない」
数字を守るか。人を取るか。
その二択を、エドワルドは最初から選んでいない。
数字を盾にして、人を守る。
ただ、それだけだ。
「書面と実が合わない?当然だ」
現実は、常に数字より先に動く。
そして、そのズレに気づく頃には——
救われるべき人間は、もうここに居る。
「後から“想定外”と言わせればいい」
責任は取る。言い訳もしない。
だが——
最初から切り捨てる選択だけは、しない。
エドワルドは、新たな受け入れ指示書に署名した。
数字は、今日も整っている。
帳簿も、美しい。
その内側で——
人だけが、静かに増えていく。
それでいい。




