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反乱で処刑された若き領主、気づいたら過去に戻っていました。  作者:


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受け止められる限界

さて。


今現在の状況を、頭の中で整理する。


南町に定住を始めた者が、約八百人。

領都内で治療と回復を優先している者が、約三百人。


そして一時保護として機能している、三箇所の村。


合計で、およそ七百人。


こちらは毎日、五十から百人が出て行き、同じ程度が流れ込んで来る。

回復した者が南町へ向かい、代わりに新たな保護民が入る。


——今の所、根詰まりはしていない。


だが、それは「奇跡的に」だ。


「……」


机の上に広げた簡易図。

人の流れを線で引いたものを、指でなぞる。


この線が詰まれば、終わりだ。


物資はある。

住居も、まだ何とかなる。

人手も、ぎりぎり回っている。


だが——体力の回復だけは、どうにもならない。


食べれば即動ける訳じゃない。

寝れば明日には立てる訳でもない。


衰弱というのは、時間そのものだ。


「吸収出来るか、か……」


結局、最後はそこに行き着く。


どれだけの人数を、どれだけの速度で、

どれだけの期間、受け止め続けられるか。


今は、まだ回っている。

だが、これは均衡だ。


少し人数が増えれば崩れる。

少し病人が増えれば止まる。

少し物流が遅れれば詰まる。


「……綱渡りだな」


独り言が、自然と漏れる。


それでも止める訳にはいかない。


一度、助けると決めた以上、

「これ以上は無理です」と線を引くのは、

助けられなかった者の前で刃を振るうのと同じだ。


——だが。


無理を続ければ、

   助けている側が先に倒れる。


それもまた、事実。


「……だからこそ」


俺は、書類を一枚引き寄せた。


数字を、もう一度精査する。

食料。

医療。

人員。

馬車。

道。


感情を削ぎ落とし、冷静に。


これは慈善じゃない。

これは戦だ。


相手は、飢えと時間と、流れそのもの。


「……まだ、行ける」


そう判断出来る間は、進む。


進めなくなった時、

その“感触”を間違えない為に——


今は、数字から目を逸らさない。

俺はペンを走らせ、次の指示を書き込んだ。

流れは、まだ受け止められている。


だがそれは、限界の内側に、辛うじて収まっているだけだ。


その数字を追っている最中だった。


控えめなノック。

入ってきたグレゴールの顔を見た瞬間、嫌な予感がした。


「……王政からです。併せて、近隣二領からも」


「来たか」


受け取った文は、どれもよく似た文面だった。


——現在確認されている避難民数

——受け入れ可能上限の照会

——物資供給の継続可否

——今後の見通し


淡々とあまりにも整った言葉で。


「……数字しか見ていないな」


思わず、吐き捨てる様に呟く。


そこには、衰弱という言葉も、回復に要する時間も、途中で動けなくなった者の存在も——無い。


あるのは、人数と量だけだ。


「受け入れ可能人数を明示せよ、か……」


紙を指で叩く。


書けなくはない。

今の流れなら、上限も算出出来る。


だが——


その数字が独り歩きを始めた瞬間、

そこから溢れた人間は、最初から“存在しなかった”事になる。


「……そういう事か」


王政にとっては管理。

他領にとっては責任回避。


誰も嘘はついていない。

ただ、都合の良い形に切り取っているだけだ。


「エドワルド様……どうなさいますか?」


グレゴールの声は、慎重だった。


俺は、少し考えてから答えた。


「上限は出す」


「……!」


「ただし、条件付きだ」


顔を上げる。


「“健康状態が一定以上回復した者”

   “自力移動が可能な者”

      “一時保護を経由した者”」


グレゴールが息を呑む。


「それは……数字が、かなり下がりますが」


「構わない」


むしろ、それでいい。


これは拒否じゃない。

現実を、数字の中に押し込む作業だ。


「そして付け加えろ」


俺は続けた。


「この数字は“受け入れ可能数”ではない。

“流通可能数”だ、と」


一瞬の沈黙。


グレゴールは、ゆっくりと頷いた。


「……承知しました」


書類を抱えて下がっていく背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


これでいい。


王政が見るのは数字。

他領が信じるのも数字。


ならば——

その数字の内側に、出来る限りの“現実”を押し込むしかない。


「……数字に殺される訳にはいかないからな」


机の上には、まだ処理していない報告が山積みだ。


だが一つだけ、はっきりしている。


もうこれは、救助の話ではなく、管理の話になり始めている。


そして管理が始まった時、人は最初に——切り捨てられる。


「……切らせない」


そう呟いて、俺は次の指示書に手を伸ばした。

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