嘘が剥がれ、波が姿を現す
「エドワルド様!」
呼び止める声は、明らかに切迫していた。
「如何した? そんなに慌てて」
「領主様より、直ちに領主館へとの事です!」
その言葉で、嫌な予感が胸をよぎる。
「……何かあった様だな」
走りながら問い返す。
「何があった?」
「詳しくは……ただ、急ぎだと」
それで十分だった。
領主館の執務室。
父上は机の前に立ったまま、書簡を握っていた。
こちらを見る目は、既に状況を理解し切った者のそれだ。
「エドワルド。忙しい時に呼び立ててすまん」
「いえ。それで……?」
「商人達からの報告だ」
一拍置いて、父上は告げた。
「王都の軍保管倉庫が、王都民によって襲われたそうだ」
「……!?」
言葉を失う。
「まだ情報は押さえ込んでいる様だが……」
父上は、低く続けた。
「恐らく、今この瞬間は、更に酷い事になっているやもしれぬ」
沈黙。
重く、逃げ場のない沈黙。
「……遂に、始まってしまいましたか」
「うむ」
父上は、ゆっくりと頷いた。
「もはや嘘は完全に剥がれた。書類の上の“安定”と、現実が完全に乖離したのだ」
窓の外を見る。
「波が来るぞ、エドワルド」
静かな声だったが、断言だった。
「一応、こちらでも対応し、人員の増強はしておりますが……」
「それは分かっておる」
父上は遮る様に言う。
「だが問題は、“来るかどうか”ではない」
一歩、こちらへ近づく。
「波の高さ、だ」
胸の奥が、冷たくなる。
「はい……可能な限り、抑えます」
「それが分かっていれば良い」
父上は、視線を和らげた。
「父上!」
「何だ??」
「我が領の備蓄は、耐えられますか?」
一瞬、考える。
「……現時点では、問題無し、ただし」
「ただし?」
「流入が想定を超えれば、来季以降に影響が出る」
「ならば、手は打つ」
机に置かれた地図を指で叩く。
「来季の種まきは、さらに黒麦の面積を広げる。じゃじゃ芋、硬豆もだ」
「分散、ですね」
「うむ。可能な限りな」
そして、南の方角を示す。
「それに、南町の開拓にも期待しておるぞ」
その言葉に、責任の重さを感じる。
「……解りました」
父上は、深く頷いた。
「これは、まだ序盤だ。王都が揺れた以上、周辺は必ず動く」
そして、静かに告げた。
「エドワルド。
“守る”だけでは足りぬ時が来るかもしれん」
俺は、まっすぐに答えた。
「はい。その覚悟は、出来ています」
嘘は剥がれた。波は、姿を現した。
あとは——
どこまで耐え、どこから動くか。
戦は、もう始まっている。
剣の無い戦が。




