根を下ろすまでの距離
南町では、少しずつだが確実に家が完成し始めていた。
柱が立ち、屋根が乗り、壁が塞がる。
それだけの事なのに、人の表情は目に見えて変わる。
領都に最初に到着した保護民たちは、ようやく体力が戻り始めていた。
医療兵の許可が下りた者から順に、南町へ移動し、完成した家へと入居を始めている。
「家がある」
その事実だけで、人は前を向けるらしい。
不思議なものだ。
もちろん、いきなり元の生活に戻れる訳じゃない。
まずは新しい環境に慣れてもらう必要がある。
土地も違えば、人の距離感も違う。
少しずつでいい。
本当に、少しずつで。
仕事についても同じだ。
すぐに動ける者も居れば、まだ身体が追いつかない者もいる。
無理をさせる気は無い。
「出来る人から、出来る事を」
それだけでいい。
南町は、まだ“町”と呼ぶには心許ない。
だが、確かに人の営みが始まりつつある。
俺はその様子を眺めながら、胸の奥で静かに思った。
――ここまで来た。
まだ途中だが、確実に前には進んでいる。
焦らない。
崩さない。
根を下ろすには、時間が必要なのだから。
南町は、生活は始められても、田畑はこれからだ。
いきなり小麦を求めるのは無理がある。
まずは蕪だろう。
成長が早く、土も選ばない。
食料にもなるし、冬前の繋ぎにもなる。
その後だ。
黒麦、そしてじゃじゃ芋。
この順なら土地への負担も少なく、痩せた土でも持ち直す。
土は嘘を吐かない。
だが、時間は必要だ。
一気に結果を求めるものじゃない。
今年どうこう、来年どうこうと焦れば、必ず歪む。
ここは“生き延びる場所”であって、“搾り取る場所”じゃない。
それを忘れなければ、土地は応えてくれる。
俺は地図の南町の辺りに指を置き、静かに息を吐いた。
今すぐ何とかなる事ばかりじゃない。
だが、何もしなければ、何も始まらない。
――時間を味方にする。
それが、今の最善だ。




