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八神 愛の回想録2:出会い 志賀島の夕暮れ(偽の記憶)

潮風が頬を撫で、開きかけたページがふとめくれる。

愛の手にはジュール・ヴェルヌの『緑の光線』、

圭の手にはランボーの『イリュミナシオン』。

ふたりは海岸沿いの細い道を歩きながら、

それぞれの物語の中に沈んでいた。


ほんの偶然――

視線がページから外れ、ぶつかりそうになって初めて、

互いの存在に気づく。

驚きと、思わずこぼれた笑い。


「ごめんなさい!」

「いえ、僕も…」


互いの手にある本を見て、少し驚く。

「ヴェルヌ?」

「ランボー?」


ふたりの笑みの奥に、どこか同じ色の孤独が灯る。

海辺の岩に腰を下ろし、果てのない空と海を

ただ黙って見つめていた。


接点に火花が飛んだ。

二人の話題は、いつか見た映画『緑の光線』へ。

(エリック・ロメール監督――太陽が海に沈む最後の瞬間、

その刹那に放たれる緑の光)

そして、ゴダール、ブレイク、『天国と地獄の結婚』へと続く。


空を埋め尽くす黒い羊の群れのような雲を見つめながら、

愛は詩人のように朗々と詠う。


「リントラは吠え、重苦しい空にその火炎を揺り動かし、 

 飢えた雲は大海原を圧して低迷する――」


圭は思わず笑い、そして頷く。

「ウィリアム・ブレイクの『天国と地獄の結婚』冒頭だね。

 まるでJ・G・バラードの『夢幻会社』みたいだ。

 相対する天使と悪魔、光と影、太陽と月、

 空と海、真実と虚構、人と物――

 この世界のすべてを呑み込み、交わり、最後に飛翔していく。」


「え?」

「川に墜落した飛行機と、そのパイロット。 

 そして川底で眠る翼竜の化石が見る夢の話さ。」


愛は海風に頬をなでられながら微笑む。

「SF版の“天国と地獄の結婚”ね。」


ふたりは時を忘れ、言葉よりも長い沈黙で語り合った。

やがて、圭は空を、愛は海を見上げる。


雲の切れ間、水平線の彼方――

沈みゆく太陽が赤く弱まり、

海に飲み込まれるその瞬間、

二人の視界をかすめる緑の閃光。


それはほんの一瞬の、永遠。


ふたりは同時に息を呑んだ。

言葉にならない静寂の中、

緑の残光が互いの瞳に映りこむ。


そして愛がぽつりと言った。


「ねえ、圭。もし、もう一度、私たちが偶然出会ったなら――」

「うん? 出会ったなら――?」

「それは必然。“緑の夜”を思い出してね。」



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