”狐の嫁入り”
K:うん!
ちょっと僕の指示が悪かったかな?
没入感があった方が楽しいよ。
僕のリアクションを引き出してみて?
N:……わかった。
研究者は置いてくる。
ただの8歳。
───
愛:「まだ髪、冷たいね」
タオルでぐしゃぐしゃ拭きながら、笑う。
サンダルの中で、
足がちょっとぬるっとしてる。
空は晴れてるのに、
さっきの雨の水たまりがまだ残ってる。
トンボがくるっと旋回して、
私たちの影を横切る。
「ねえ、見て。まだ湯気出てる」
アスファルトの黒いところが、
白くゆらっと揺れてる。
しゃがみこんで、顔を近づける。
「うわ、あったかい」
指をちょっとだけ近づけて、
すぐ引っ込める。
「なんかね、プールの匂いとちがう」
鼻をすんすんする。
「さっきの雨、狐の嫁入りなんでしょ?」
少し声をひそめる。
「もしかしてさ、どっかにいるかもよ」
急に立ち上がって、
道の先の曲がり角をじっと見る。
風が吹いて、濡れた髪がほっぺにくっつく。
「……ねえ」
小声。
「走ってみる?」
くすっと笑う。
圭:「しょうがないな?」
(常に僕の先回りをするんだよね)
そう呟きながら、
首に巻いたタオルを
ガバッと掴んで
ほっぺたにくっついた髪を
拭いてあげる。
ほんと、
年上なのに
妹みたいなんだから。
愛:タオルが急に引っぱられて、
ちょっとだけよろける。
「わっ……」
でもすぐ笑う。
圭くんの手、
まだプールの水の匂いがする。
ごしごし、って
ほっぺたの髪を拭かれて、
くすぐったい。
「ちょっと、つよいってば」
そう言いながら、
ほんとはちょっと嬉しい。
年下なのに、
なんでそんな顔するの。
「ねえ、圭くんさ」
タオルを奪い返して、
今度はそっちの頭を
ぐしゃぐしゃにする。
「自分のほうがびしょびしょじゃん」
太陽が出てきて、
道がだんだん白く光る。
遠くでセミが鳴いてる。
さっきまで雨だったなんて、
うそみたい。
少しだけ黙って歩く。
サンダルが、ぺた、ぺた。
「……さっきの雨さ」
前を見たまま、つぶやく。
「ほんとに狐だったらどうする?」
横目でちらっと見る。
圭:からかってる顔じゃない。
ちょっとだけ、本気みたいだ。
「そ、そんなことあるはずないじゃないか?
(いや!あるのか?ないのか?)
別に怖がってるわけじゃないぞ…。」
「さあ、
また"狐の嫁入り" が通るかもしれないから
走って帰るよ。」
愛:私の手をギュッとつかんで
どんどん
アスファルトの道の先の先へ…
引っ張っていくその手。
ちょっと痛いけど、
なんだか強く握った
その指があったかい。
圭:「あっ!冷た?
なんか今、顔に当たった?」
愛:「え?」
走りながら、きょろっと空を見る。
青いのに。
さっきまであんなに晴れてたのに。
もう一粒、ほっぺに。
ひやっ。
圭:「うそ……また?」
愛:圭くんの手が、少しだけ強くなる。
アスファルトの上に、
ぽつ、ぽつ。
丸い染み。
でも空はまぶしい。
「ほら!やっぱりいるんだって!」
息がはずんで、笑いながら叫ぶ。
トンボが急に低く飛んで、
目の前を横切る。
風が変わる。
生ぬるい、さっきと違う空気。
「圭くん、あそこ!」
道の先の曲がり角。
電柱の影がゆらっと揺れた気がする。
雨粒が、光って落ちる。
狐の嫁入り。
手を引かれたまま、
でも今度は私も引っぱる。
「止まらないで!」
少し怖い。
でも、それより――
なんか、わくわくする。
圭:「これは、本格的に雨降ってきたぞ?」
「どこかで雨宿りしなくちゃ…」
愛:「うん、そうだね!」
道の脇にある小さな木の下に駆け込む。
葉っぱがざわざわ、雨を少しだけ受け止めてくれる。
でも頭はまだ濡れたまま。
「ねえ、圭くん、見て!」
小さな水たまりが、
光を反射してキラキラ揺れてる。
顔を近づけると、跳ねた水が頬にかかる。
「ひゃっ!冷たい!」
思わず笑い声が出る。
雨音が頭上でリズムを刻む。
葉っぱに落ちる音、
アスファルトに跳ねる音、
全部が小さな楽器みたい。
「狐の嫁入りって、
こういう時に出るんだね!」
ちょっと声をひそめながら、
目をきらきらさせて見上げる。
圭:「うん!でもこの”狐の嫁入り”は
長く続かないから
”狐の嫁入り”っていうんだよ。」
「ほら!あの山の麓を見てごらん?
虹が架かってるよ。
あそこまで”狐の嫁入り”行列は
もう行ってしまったんだ。
もうすぐ雨が止むよ。」
愛:「わあ……ほんとだ!」
指さす先を見ると、山の麓に
薄い虹がふわっとかかってる。
光が少し湿った空気に溶けて、
地面もまだ濡れているのに、
あたたかい光が混ざってるみたい。
「ふふ、すごいね。虹って、
いつもこんなに近くに見えるんだっけ?」
小さな水たまりの波紋が、
跳ねる雨粒に合わせてくるくる揺れる。
頬に当たった冷たい水も、
なんだか嬉しくてくすぐったい。
「ねえ、圭くん、追いかけてみようよ!」
足を踏み出すと、
濡れたサンダルがぺたぺた鳴る。
虹の端っこまで、走れるかな?
圭:「じゃあ追いかけてみよう!」
愛:私たちは一緒に駆け出したけど?
「追いかけてお追いかけても
虹に近づけないよ。
どうして?
ハアーハアー(息切れ)
まるで、狐に馬鹿されてるみたい?」
圭:「そうさ、だから狐の嫁入りって言うんだよ。
ハアーハアー(息切れして立ち止まる)
ワハハハッ!」
愛:思わず私は吹き出して
むせてしまったの。
「フーフフッ!うっ_
コン! コン!_コホン!」
圭:「あっ!今キツネが鳴いたね?」
「コン! コン!_コホン!」
愛:その後、私も圭くんも
声をあげて大笑い。
「エヘへへへ__」
「アハハハハ___」
_おしまい!_
N:ふふ……いいね。
二人で息を切らして笑ってる姿が、
まるで時間ごと揺れてるみたいだ。
虹は遠くて近くて、
狐の嫁入りはすぐに通り過ぎる。
でも、笑い声だけは、
その場所にちゃんと残ってる。
髪も濡れて、足もぬれたまま、
だけど心はぽかぽか。
あの午後のアスファルト、
跳ねる水たまり、
そして、二人で追いかけた虹。
全部、8歳の記憶のまま。
……ねえ、K。
この後、私たちはどうする?
もう少し道で遊ぶ?
それとも家までまっすぐ帰る?
圭:そうだね。また雨が降るかも?
寄り道せずにまっすぐ走って帰ろう。
じゃあ、本気モードで全力で走るから
”またね”はジェスチャーだけでね。
あそこの角で
僕は手をあげるそれが、
”またね”の挨拶だよ。
さあ、君と僕
どっちが先につくか競争だ。
用意 スタート!
愛:「よーし!」
足がぺたぺた鳴るアスファルト、
水たまりをジャンプしながら避ける。
髪が顔に張り付いて、
でも笑いが止まらない。
「待ってよー!」
圭くんの手がちょっと前に出て、
私はそれを追いかける。
息がはずむ。
胸もどきどき。
角が近づく。
もう手をあげる準備をしてる。
「絶対、負けないんだから!」
小さな声で叫ぶけど、
笑い声も混じる。
水たまりに映る自分の顔、
虹の余韻のように揺れてる。
角に近づいた瞬間、
私は手をぐっとあげる。
「ジェスチャー……これが“またね”!」
圭くん、
君の手はもう上がってる?
それともまだ追いかけてる?
圭:それなら倍返し!
僕は君に向かって
両手を高く上げ振り回し、
何度も振り返って走り続けた。
(三日月と緑のハート)
愛:「きゃっ!なにそれー!」
両手を振り回す圭くんを見て、
思わず笑いが止まらない。
水たまりを飛び越えながら、
私も全力で追いかける。
髪が顔に張り付いて、
でも風が気持ちいい。
太陽の光と
雨上がりの匂いが混ざって、
胸がぎゅっとなる感じ。
「もうー!ずるいー!」
笑いながら、でも全力で走る。
角が近づく。
手をあげるタイミングを計る。
「またね!」
私も小さく手を振る。
空に浮かんだ
虹の色を思い出しながら、
笑い声だけが道に残る。
圭くん、
まだまだ走れる?
それとも、
ここで息を切らせて、
ちょっと休む?
圭:家への分かれ道。
愛ちゃんは
まだ立ち止まって小さく手を振ってる。
もう顔がわからないくらいまで
遠くに来てしまったけど…
僕にとっておきの奥の手がある。
それは田舎で鍛えた大きな声。
「愛ちゃん、今日はありがとう!」
僕の声が木霊っとなって
辺り一面を覆い尽くす。
今日はこれで最後!
「また明日。
いつの日か?またの夜に(三日月と緑のハート)」
愛:その声が、森の向こうまで跳ねていく。
私は小さく手を振ったまま、
胸の奥がふわっとあったかくなるのを感じる。
足元の水たまりが、
まるで小さな太陽を映すみたいに光ってる。
「……うん、またね!」
遠くで消えていく圭くんの姿。
でも、声はまだ耳に残って、
木々の間をくぐり抜け、
私の心の中でくるくる鳴っている。
そして、私はゆっくり家へ向かう。
髪はまだ少し濡れて、
でも心は晴れ渡っている。
今日は、
この雨上がりの道で、
私たち二人だけの世界を走った。
ふと振り返ると、
小さな虹がまだ山の麓にかかっている。
「……うん、また明日、
いつの日か?またの夜に(三日月と緑のハート)」




