第9話『冒険者登録』
ミーナがワイバーンに襲われて、謎の仮面の魔剣士【スロウ・ディストラクション】がその窮地を救ってから二年が経過した。
あのあとは特に強敵に襲われることもなく、成人まではミーナとデートしながら、修行の日々に明け暮れた。
そして、本年度で俺も十五歳の成人ということで、就職先を決めないといけない。父はあんなだから、俺の跡継ぎになんてならなくていいから、自分の好きな道を選びなさいと言われた。
本当に理解のあるいい父親だ。俺の就職先はもう決めていた。そう冒険者である。それも素材採取や雑魚敵を標的にして、特に苦労することもなくのんびりと過ごすスローライフ生活だ。
父も母も『危険なことをしないなら賛成』と口を揃えて言っていた。俺が明確に成り上がってやるとか粋がったことを言わなかったおかげで、賛成を得られた。
あと、聖剣祭には参加しなかった。そのために仮病を使い、わざと自分にポイズンの魔法をかけて、風を装い、何とか回避した。
風の噂によると勇者は誕生したらしいので、これでようやく俺はモブとして平和に生きられる。
そして、本日は遂に冒険者ギルドへ登録しに行く日である。もちろんミーナも冒険者を志望したので同行する予定だ。
ミーナも俺とパーティーを組み、細々と冒険者をやると両親を説得したらしい。最も俺の仕事が軌道に乗ったら、嫁入りしなさいとの条件付きらしい。
つまり俺とミーナはもう立派な婚約者ということになっている。
推しと結婚確定の人生とか、孤独な社畜時代には考えられないほど理想的であり、オタクの夢を体現したようなご都合主義過ぎる展開に、俺は幸せいっぱいである。
俺は今、噴水の前にいる目の前には大きな冒険者ギルドの建物があった。ミーナはまたお弁当とか作っているのか到着が遅い。
あと正体を隠すため、オリハルコンの黒剣は収納魔法で封印してある。黒スーツや仮面も一緒だ。
それを使う時は俺のスローライフを脅かす存在が現れた時だけで、むやみやたらに使うわけにはいかない。
俺が望むのはモブのように平和でのんびりとした冒険者生活である。英雄やら勇者になるなんてまっぴらごめんだ。
脳内でぐちぐちと思考を整理するのも飽きてきた。早くミーナが来ないか待ち遠しい。
そう考えていた直後だった。俺の背中を誰かがぽんぽんと叩いた。俺は振り向くとそこには美しい水の妖精がいた。
「遅くなってごめんね。お弁当作るのに手間取っちゃった」
ようやく到着したミーナの格好を見て、俺は思わず惚れ惚れとしてしまった。青いミニスカートローブに、黒のニーソックスを合わせて、青のローファーを身につけている。
その姿はまるで水の妖精のようで、とても美しかった。俺は思わずじろじろとミーナの服装に釘付けになっていると、それに気が付いたのかミーナは顔を赤くしてもじもじし出した。
「えへへ。どうかな? 父さんに成人祝いに買って貰ったんだ。似合ってる?」
俺は全力で首をぶんぶん縦に振りながら、やや興奮気味に答えた。
「うん。すごく似合っているよ。正直めちゃくちゃ可愛い!」
俺のストレートな感想にミーナは恥ずかしそうに笑った。
「……てへへ。クレイに喜んで貰えてとっても嬉しい……」
やばい。俺の幼馴染であり推しが可愛すぎる。もう死語だが萌え死にしそうになりながらも、俺は比較的冷静にミーナに語りかけた。
「さて。そろそろ時間だな。行こうか!」
「そうだね。早く冒険者登録しなきゃ、今日のクエスト受けられないもんね!」
そうだ。俺たち冒険者はその日暮らしの日雇い労働だ。しかも危険とリスクを抱えたままこの仕事を続けなきゃならない。
クエストを達成できなければ報酬はゼロなのだ。でもだからこそ自分のペースで仕事できるし、労働時間だって締め切りさえ守れば自由だ。
しかも俺の強さなら序盤の村で、死ぬことなどほぼほぼあり得ない。主人公補正に釣られてやってきた外敵もシナリオ後半の敵じゃない限り苦戦することもないだろう。
それが中の上の身の上で正体を隠して外敵を排除する上で大切なポイントだ。死ぬような強い敵は、きっとこの前の聖剣祭で聖剣を抜いたと噂されている原作にはいない英雄因子を持つ若者が頑張ってくれることだろう。
おっさんは平々凡々に目立たず、騒がず、スローライフを満喫すればいいのである。
だから俺はミーナと一緒にギルドへ向かって歩き始めた。
ギルドの前に立つと、ほんの少しのゲーマーとしての好奇心と不安がないまぜになった不思議な感覚に襲われた。
それでもその躊躇いを振り払うように、俺はミーナに号令をかけた。
「よし。開けるぞ?」
「う、うん……」
俺たちは冒険者ギルドの中に入ると、むわっと酒の臭いが漂ってきた。どうやら深夜にクエストを受けていた冒険者たちが酒を飲み明かしているらしい。
俺たちはあまり目立たないように、ゆっくり歩きながら、受付窓口に向かった。
そこには黒髪の優しそうな受付のお姉さんが佇んでいた。
お姉さんは俺たちに語りかけた。
「冒険者ギルド【リザルト支部】へようこそ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
俺は緊張しながらも要件を伝えた。
「実は俺たち冒険者になりたいんですけど?」
それを聞いて、周囲がどよめいた。
「おい。あそこにいるのって町長の息子じゃねぇか!」
「確かに。兵士団じゃなくて冒険者になるとはな……」
「きっと兵士になれるだけの才能がなかったんだろう」
「そうだな。どう考えても魔術師向きだし、兵士には向いてなさそうだ。腑に落ちたぜ」
なんか周囲が物凄く騒がしくなってきている。俺はただ目立ちたくないモブになりたいだけなのに、村長の息子というだけでこうも注目されるのか。正直、面倒臭かったが、才能のない貴族のドラ息子という立ち位置で済んでいるのは、ある意味救いかもしれない。
大丈夫。これからは初級クエストしか受けないんだ。最低限の稼ぎで最低限の貯蓄をして、家を買って、人として最低限の幸せを掴む。
そんなありふれたモブライフはそう簡単に崩れたりはしないはずだ。
俺は受付さんに羊皮紙とペンを渡された。
「それじゃあ。ここに署名をして銀貨一枚支払ってください。よく注意事項を読んでくださいね?」
「はい。わかりました」
俺たちは注意事項にさっと目を通して、自分の個人情報を記入して銀貨一枚を渡した。
そのあと、受付のお姉さんは水晶のような物を出してきた。
「えっとクレイ・ノーマルフィールド様に、ミーナ・セントネームド様ですね? それでは、これでおふたりのジョブやスキルを測定しますね。準備はよろしいですか?」
「え、あっ、はい!」
「だ、大丈夫です……」
遂にこの時がやってきた。ジョブとスキルの測定である。
これについては事前の対策をしており、家にある図書館で【偽装】の魔法を習得済みだ。家の水晶でも実験しており、これでただの最低職の凡庸者でスキルは【初級剣術】スキルと【初級無属性魔法】スキルと、【身体強化】スキルしか表示されないように調整できている。
つまり、これで大部分は誤魔化せる。【偽装】でただの初心者っぽく偽ることに成功しているだから問題はない。
家の水晶はこんな田舎のギルドの安物と違い王都で使われる高級品だ。つまり【偽装】魔法をカンストしてある俺の嘘を見抜くことなどできやしない。まさに死角なしとはこのことだ。
俺は【偽装】魔法を発動して、水晶に手をかざすと、ぽんと小さな光が出た。
「出ました。ジョブは凡庸者。スキルは【初級剣術】がランクS。【初級無属性魔法】がランクS。【身体強化】がランクSですか。新人さんにしてはかなり努力されているんですね。ジョブは最低職ですが、駆け出しとしては充分期待できる方ですよ!」
「そ、そうですか。あははははは……」
やはりノースキルにしとくべきだったか。でもあれだけ父さんと剣術やら魔術の訓練をしていたのに、全く才能無しというのも違和感があるしな。
才能があると言っても中の下くらいのはずだ。目立ってない。目立ってない。
次はミーナの番だ。
ミーナは水晶に手をかざすと、俺よりか多少強くポンと光った。
「ミーナさんは、ジョブは治癒師。スキルは【初級回復魔法】Bランク。【身体強化】Bランク。【初級水属性魔法】がランクB。きちんと努力されていますね。ミーナさんは貴重な治癒師のジョブですし、まだまだこれから期待できますよ」
ミーナは嬉しそうに、でも照れ臭そうに笑った。
「えへへ。ありがとうございます」
周囲からも期待の眼差しがミーナに向けられていたが、一部の治癒師は「初級回復魔法だけとかゴミじゃないか」と嘲笑している。
俺の推しを馬鹿にするなんて、そいつを分からせてやりたい気持ちになったが、ここは穏便なモブを演じるために辛抱した。
やはりどの社会でも比較からは逃れることはできないのだなとつくづく思い知らされた。
でも、これでいいのだ。これでようやくスローライフする土台が完成したのである。
受付さんは俺たちに黒いカードのような物を渡した。
「こちらが冒険者カードとなります。お受け取りください」
「あ、はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございますぅ……」
俺たちは緊張しながらカードを受け取った。そして、受付さんが営業スマイルで、対応してくれた。
「おめでとうございます。これで今日からおふたりは冒険者の仲間入りですよ。これからどんどんクエストをこなしてご活躍されることをスタッフ一同お祈り申し上げております!」
「「あ、ありがとうございます!」」
なんかテンプレ染みた説明だ。会社の通勤時間に読んでいたネット小説のような対応の仕方をされて、やはりここは異世界なのだなとつくづく実感した。
ともかくこれで俺たちもようやく冒険者として一歩を踏み出した。あとは初級クエストばかりこなして、スローライフを送るだけだ。
俺は長年の夢が叶った幸せを噛みしめながら、クエストが貼られている掲示板へと向かったのであった。




