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第5話『試行錯誤って楽しい』

 一年半の時が過ぎた。俺は毎日コツコツと積み上げるように、剣術と魔法に加えて、【究極突破】と【深淵】のスキルアップに励んだ。


 最初の一か月目は上手く制御出来ずに倒れてしまう日もあった。それでも社畜根性でなんとか、その苦労も乗り越えた。一山超えたらあとは楽だった。


 わずか一か月半で魔力の制御に成功したし、オリハルコンの剣を複製することも策に策を練って家宝の剣をコピーすることに成功した。


 それで問題になったのは銅の剣でオリハルコンの剣を折ることの難易度の高さだった。たかだか一か月半のスキルアップでは、銅の剣でオリハルコンをへし折るなんて無理ゲーだったのだ。


 そこからは試行錯誤の繰り返し。角度、強度、魔力の質や性質の変化。様々な本や研究論文を読み込んで何度も粘り強く挑んだが、どうしても折ることができなかった。


 ゲームでは【究極突破】を習得したら、オリハルコンなんてすぐに破壊できたのだ。


 でもよく考えたらゲームで破壊したのは、勇者になった主人公だ。


 もし勇者になることが条件であった場合なら、この努力は意味を為さないことになる。


 でもそれなら仲間キャラで同じことができる理屈が通らない。きっとこの難行を成し遂げるのに何か一つのピースを見落としているのだ。


 それが何かはまだ分からない。原作知識があって、その通りにやってできなかったということは不測の事態だから仕方がない。


 おそらく俺を勇者にさせようとする見えない運命的な力が働いているように思う。


 それでも勇者になるなんて、俺はごめんだ。現実世界でもスローライフしているブロガーやらフリーランスが、その生活を手に入れるために必死に努力を積み重ねることになるのと同じだ。


 何の代償もなしに、安心で安全で平和に過ごせるなんて、ただの夢物語なのだ。


 それでも俺は望んでこの努力を行っている。自分の意志で選択して動くなど、社畜時代のハンコを押すだけの仕事とは充実感がまるで違うのだ。


 試行錯誤すら楽しいと思えるこの努力は。社畜時代には味わえなかった快感だ。聖剣を抜いただけで、強制的に国に任命されて、世界を救う使命の鎖で縛られた世界の奴隷になるブラック労働の勇者の仕事とは大違いだ。


 しかも命を代償として、あれだけ大変で鬱なイベントをこなさないといけない。何度もシナリオを見てきたからこそ、あんな大変な思いを現世では味わいたくないのだ。


 自由を選択して、冒険者として最低限稼いで生きていくことと、使命を背負い世界を救うという使命に縛られるのでは幸福度が全く違う。


 俺が欲しいのは安心だ。その安心を保証するために、こんな地道な努力をしているのだ。


 そして、今日もその地道な努力を結実させるべく銅の剣を構えた。全身の魔力を全開にして、極限まで引き上げた身体能力を以てして、渾身の一振りでオリハルコンの剣に銅の剣を叩きつけた。


 今日はクリティカルヒットを狙うつもりで、角度や動作も調整してある。これは手応えありかと思ったが、今日もいつもと同じように銅の剣が後方に弾かれて、オリハルコンの剣はびくともしていなかった。


「やっぱり駄目かぁ。一体何が足りないんだろうな……」


 俺は諦めずに別に角度からクリティカルダメージが最大限になるようにダメージ量を計算して叩きつける――失敗。


 魔力量を極細にして質だけ最大に絞って打ち込む――失敗。


 銅の剣にアビス系魔術を纏わせて叩きつける――失敗。


 それから百を超える試行錯誤の果てに、今日もとうとうオリハルコンの剣をへし折ることはできなかった。


 俺は後ろから声がかかるのが聞こえた。


「ただいま。クレイ。お土産買って来たぞ!」


「うわぁぁッ!?」


 俺は慌ててオリハルコンの剣を【収納】の魔法を用いて隠した。正体を隠して戦うと決めてからいざという時のために備えていた切り札のひとつだ。父は俺の反応を心配していつもの過保護ぶりを発揮し始めた。


「どうした。足でも痛むのか?」


 父さんが俺の足を触ろうとしたので、俺はすぐにごまかした。


「ううん。何でもない。急に話かけられたから驚いただけだよ」


 俺の話を聞いて、父は何かを納得したような顔をした。


「ははぁん。さては思春期男子特有のアレだな。十二歳になったんだし、もうお前もそんな歳か!」


「ち、違うよ。ただ魔術の訓練をしていただけさ!」


「ふっふ~ん。まあ、そういうことにしといてやろう」


 何か下世話な方向に勘違いしているようだ。それはまあいいとして、父さんが帰ってきたのなら、当分は退屈な剣術の基礎修行になるだろう。


 俺は好きなことを抑圧されるストレスに、思わず肩を落とした。それを心配してか父さんが声をかけてきた。


「どうした? 何か悩み事でもあるのか?」


「ううん。何でもない」


「そうか。それならいいのだが。それより土産だぞ!」


 父さんは大きな袋包みを開封して、プレゼントを取り出した。


「じゃじゃーん。見てみろ! 父さんが王都の道具屋で買ったフィジカルトレーニングスーツだ!」


「フィジカルトレーニングスーツだって!?」


 俺はそのスーツを見て目を輝かせた。何故ならゲーム序盤の中でも攻撃力ステータスを大幅にアップさせることができるレアアイテムのひとつだからだ。


 ゲーマーとして実物のレアアイテムを見るのは、ワクワクを抑えきれない。


 俺は父さんからプレゼントを受け取るときちんと頭を下げて礼を伝えた。


「父さん。ありがとう。とっても嬉しいよ!」


「あっはっは。そうだろう。なんたってお前は剣の基礎や魔法の研究ばかりで、筋肉が足りてないからな! 父さんは心配だったんだよ。お前があまりにもひ弱で頼りなかったからな!」


 俺は父の言うことにはっと閃いた。


「そうか! フィジカルが足りてなかったのか!」


 父さんはにやにやしながら、こちらを見つめた。


「やっぱりお前も男の子だな。男子たるもの、筋肉がないと女子にモテないもんな!」


 何かまた父さんは陽キャみたいな理屈を述べたが、それは「あはは……」と適当に流しておいた。


 それよりも父さんの一言で気が付いた。俺がオリハルコンの剣を折れない理由がはっきりした。筋肉。つまり攻撃力が足りてなかったのだ。


 いくら【究極突破】を習得したとはいえ、純粋な攻撃力自体は並みの子供に気が生えたようなものなのだ。


 それではいくら十倍に攻撃力にしても、元の数値が低ければ効果も低くなる。


 つまり身体が出来ていないのに、身体能力を強化しても、並みの大人剣士と大差ないということだ。


 ようやくだ。やっと光明が見えた。これでしっかりと半年くらい体を鍛えれば課題も解決されるだろう。偉い人はよく言ったものだ。筋肉はすべてを解決すると。



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