第1話『スローライフしたいので、勇者にはなりません』
新連作始めました。よろしくお願いします。本日八話まで掲載します。
俺の心臓が爆発した。
現在の時刻は深夜三時半。
ブラック企業の社畜として働き始めて、もう二十四年。そんな俺にも、こんな最期が訪れるとは思わなかった。
意識が朦朧とする。息ができない。こんなことなら、アラフィフにもなって三日も徹夜で働くんじゃなかった。
しかし、後悔してももう遅い。俺の意識は遠ざかり、自分の命の灯が消えていくのを感じる。
こうして、俺――平村隆の人生は、働き盛りの四十六歳で幕を閉じた。
☆☆☆
「おい。クレイ。腕が止まっているぞ?」
「へ?」
だんだんと記憶が蘇ってきた。前世の社畜おっさんだった頃の記憶と、この世界で生きた記憶が融合したのを感じた。
どうやら俺は前世でやり込んでいた大人気RPG【エレガント・クロニクル】の世界に転生したようだ。
前世のような紺色のスーツを着こなした七三分けの黒髪にメガネをかけた痩せ型のおっさんではない。
茶髪ショートヘアに茶色の瞳の白いシャツに茶色ジャケットを羽織った美少年だったはずだ。
俺はぼんやりしていると、父親から声がかかった。
「おい。大丈夫か。クレイ。気分でも悪いのか?」
「いや、なんでもないよ。父さん。ちょっと虫が飛んでいて気が散っただけさ!」
「それならいいんだが。気分が優れないならすぐに言えよ。剣術の稽古で体調崩して、三日寝込む方が訓練にならんからな!」
「ああ。分かっているよ! 無理はしないさ!」
俺は父に心配をかけないようにとごまかした。何せいまの俺はファンの間で通称【エレファン】と呼ばれているゲームの主人公であり、聖剣に選ばれて勇者になるクレイ・ノーマルフィールドに生まれ変わったのだからな。
まさか父であるブレイ・ノーマルフィールド男爵も、愛する息子が自分より十も歳上のおっさんの記憶が混じっていると聞かされたらショックを受けることだろう。
だから上手くごまかして、父の教育方針である剣の素振りを再開した。
俺は素振りしながら考えた。
いまのクレイの年齢は十歳だ。あと五年後に王都で開かれる聖剣祭に父母と共に参加することになる。その聖剣祭で、たまたま聖剣を抜いて勇者になってしまい、魔王討伐を命じられるのが、このゲームの主人公クレイの運命だ。
でも前世で働き過ぎて死んだ俺からすると、勇者なんてブラック企業に近い重労働をするなんて絶対に嫌だ。
魔王討伐なんて、いつ死んでもおかしくない危険な仕事だ。そんなの絶対にやりたくない。そこで俺はあることを閃いた。
「――そうか。抜かなければいいだけじゃないか!」
「ん? 抜かないとはどういうことだ? まさか剣をもう抜きたくないということか?」
しまった。つい独り言を呟いていたようだ。俺はまたごまかすように首を振った。
「違うよ。ちょっと力を抜いて剣を振り過ぎていたから、もう少し力を込めて振った方がいいかなと思っただけだよ」
「あっはっは。いいところに気が付いたな。そうだ。剣は肩の力を抜くことが大事だが――振る瞬間に、下半身と連動させて力を込める。それがコツだ」
「へ、へぇ。やっぱりそうなのか。あはははは……」
なんとかごまかせたようだ。俺が抜かなければいいと思ったのは剣の力加減ではなく、もちろん聖剣のことだ。
この世界の勇者は、英雄因子と呼ばれる特殊なマナを持つ者が抜けば誰でもなれる。俺が抜いて世界を救う必要などないのだ。
ちなみにマナというのはこの世界を構成する元素のことだ。人はこのマナを因子として体内で魔力へと変換する。
そうすることで、魔法や奥義やスキルを使えるようになるというのが、このゲームの設定だ。
まとめると、俺が五年後の聖剣祭に参加しなければ勇者になることはない。
この田舎の辺境の街『リザルト』に引きこもりながら、のんびり低ランクの素材採取や雑魚モンスター退治の依頼をこなして、モブ冒険者としてスローライフを満喫すればいいのだ。
だが、懸念すべき点もある。この世界の主人公に転生したということは、何かしらの"主人公補正"が働いて面倒事に巻き込まれる可能性がある。
その時、この村を崩壊させるような強敵が現れたら、その時点でゲームオーバーだ。
いざという時のために備え、自らをそれなりに鍛え上げる必要がある。
ただでさえ勇者のスキルがなければ、このクレイという主人公は平均的なステータスの器用貧乏な凡人キャラなのだ。
前世でこのゲームをやり込んだ知識を活かして、強力なスキルや奥義や魔法を習得する必要がある。
それでも本来のスペックを考えると、中の上くらいしか強くはなれないだろう。それくらいクレイというキャラは勇者じゃなければ凡庸なのだ。
あと中の上とは言え、強くなってしまえば、こんな序盤の街では目立ち過ぎて面倒なことになる。だから仮面やフードで正体を隠す必要があるな。
剣を振りながら、これからの計画の目処が立った。いまは少しでも強くなるために、無我夢中で素振りに全力を尽くすことにしよう。
そうこれは勇者になるはずだったクレイ・ノーマルフィールドが、モブ冒険者としてスローライフを送りつつ、正体を隠して平穏を守るために無双する。
そんな社畜おっさんの異世界転生物語だ。




