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甘い毒

《夏目袮音》

高校生天才ピアニスト。

縛られている生活に嫌悪感を抱いている。

真面目。

《東雲翡翠》

袮音の因縁の相手であり、好きな人。

誘惑するのが得意。

何か隠し事がある。

《お母様》

天才バイオリニスト。

世界に名を轟かしている。

《お父様》

天才ピアニスト。

世界に名を轟かしている。


〜これから〜

《如月碧》

袮音の前に現れた、ピアニスト。

彼も何かを隠している。

《松下千鶴》

翡翠の元に現れた突然の女の影。

バイオリニスト。

綺麗な雑巾で、溢れたワインを拭くとしよう。

当たり前のように、綺麗な雑巾は綺麗な紅色に染まってしまう。洗っても落ちないシミとなる。

こびりつく汚れを穢れと思うか、潔白と思うか。

僕は、誠実に生きてきた。真っ白な「雑巾」だ。

でも僕には、その白が「穢れ」に見える。


誰かに染めて欲しい。


その瞬間、僕の人生の旋律は一瞬にして崩れた。




「何度言ったらわかるんだ。今のお前じゃ、世界に行けない。好きなことをするのは、海外進出してからだ。」

「でも僕、ピアノがこれ以上上手くなるとは思わないです。」

「何甘えたこと言ってるんだ。今お前は確かに、テレビに映るほどには上達している。だがそれではダメなんだよ。」

「なんでです?なんで…僕…」

「いいからお前は俺の言うとおりにしろ!」

「お父様…」

「わかったら出て行け。」

「…」

僕は、お母様とお父様の操り人形だ。

ピアノは好きだ。でも、趣味で楽しみたい。

僕には夢があるから。やりたいことが山ほどあるから。

成績優秀。運動神経も抜群。文武両道で、ピアノ、バイオリン、ギター、他にも色々完璧にこなせる。

そんな肩書きが僕には苦痛だった。

少し力を抜くとみんなから白い目で見られる。

みんなからの視線が怖い。

「お母様、」

「袮音。どうしたの?」

「僕、ピアノの講師を付けたいです。」

「あら、随分急ね。やる気になったの?」

「僕はいつだってやる気です。でも、伸びないから。お父様の教えだけでなく、講師をつけたいのです。」

「わかったわ。いいわよ。でも、袮音の実力は結構高い。だから講師もそこそこ上の方を連れてこなきゃね。お母さんに任せてちょうだい」

「ありがとうございます。お願いします。」

僕は伸びない。でも、伸びなければ幻滅される。

幻滅された先を僕は、知っている。

ここまでのし上がってきた。そのまま進まなければ。

重圧を快感と捉えることで、僕の今の実力は伸び代に変わる。

僕は天才ピアニスト天才バイオリニストの息子。

そして、日本一の高校生天才ピアニストだ。

この肩書きを穢さないように。

崩さないように。

壊さないように。

もうあの時の思いは、したくないから。


数日後。

「行ってきます。」

いつも通り登校しいつも通り一人、教室で佇む。

ホームルームが始まると、先生が転校生を紹介すると一人の生徒を廊下から呼び出した。

「愛鷹高校から来ました。東雲翡翠と申します。この度は明王高校、2-Aの仲間に加わることができて光栄です。よろしくお願いいたします。」

あれ、東雲翡翠って確か…

思い出す前に、彼は僕の後ろの席に来た。

「よろしくね、夏目袮音くん。」

「なんで僕の名前…」

「そりゃあ、有名だもの。君も俺のこと、知ってるくせに。」

「え?」

話していると、「夏目さん、前を向いて。」と先生から注意をされた。

「昼休み、校舎裏に来て。」

そう言う彼に頷き、僕は前を向いた。


昼休み。

僕は言われた通り、校舎裏に行った。

昼休みだし、お弁当を食べる時間を少しでも確保しようと思い、お弁当も持って行った。

「東雲さん。」

「お、夏目くん。」

「どうしてこんなところに?」

「いや別に。ていうか、律儀にお弁当まで持ってきたんだね。」

「うん。ここで食べるの嫌いじゃないから。あと、来て戻ってってやってたら食べる時間がないでしょ。」

「そうだね。本当は殴り合いでもしようかと思ってたけど、律儀な君にそんなことできないや。」

「殴り合い!?」

僕はびっくりして声を大きくしてしまった。

すると東雲さんは僕の口に人差し指を当て、「静かに。俺がそんなことするやつだってバレたら許さないからね?」とニヤけた。

「ご、ごめん。」

僕はベンチに座り、お弁当を食べ始めた。

「それにしても、なんで僕を?いや別に。って言ったけど何かしら理由あるでしょ。」

食べた物を飲み込み、僕はそう言う。

「一つ言うなら、人が嫌い。君は好き。」

「へぇ。」

なんだそれ、と内心思う。

「君は、俺のこと思い出した?」

「…ちゃんと覚えてないけど、もしかして中学の時の?」

「それだけか。」

「…思い出したくないから。」

「じゃあ、覚えているんだね。」

そう。覚えている。

中学の時も、僕は天才ピアニストとしてとある有名なコンクールに出ていた。みんなに期待の目を向けられている中、もう一人の逸材がいた。東雲翡翠。

僕とは違う力強い演奏が、僕を追い越した。

銀賞を初めて取った瞬間。同じ中学だった。違うクラスだったけれど、今まで集まっていた同級生が、全て東雲さんのところに行ってしまった。

「君の実力、俺は知ってる。みんなはただ、演奏を聴いて、強い弱いで地位を決める。」

「でも、僕が伸びなくて、君より実力不足なのはわかってる。」

「そんなことない。系統が違うだけだよ。」

「系統か。でも僕は君の演奏が好きだよ。昔から憧れだよ。」

「そっか。」

僕はマヨネーズの付いたブロッコリーを食べ、飲み込んだ。

「美味しい?」

「食べることは好きだからね。なんでも美味しい。」「そ。てか、口にマヨネーズついてる。」

「え?どこ?」

東雲さんは、ここ、と表してくれたが、僕は取れずにいた。

すると一生懸命マヨネーズを取ろうとする手を掴み、

「ここだよ」と言い、僕に近づいた。

「え?」

そして、僕の唇に唇を重ねた。

「取れた。」

その瞬間、僕の今までの何かが壊れ、穢れた。

甘い毒が僕の心に混ざるように。

東雲さんは僕の手首を掴み、再び唇を重ねた。

僕はなぜか拒否しなかった。

嫌じゃなかった。好きでもないのに、東雲さんの甘い毒に段々と浸かっていく。

「ん…」

漏れる息が愛おしかった。

僕は抑える手首を払い、東雲さんの首に手を添え、

甘い口付けを交わした。

「…ごめんね、急に。」

「…別に、大丈夫。東雲さんだから。」

「付き合ってもないのに、というか、好きでもないのに、再会して少ししか経ってないのにこんなことするなんて変だよね。」

「変、だよ。でも、僕だって拒否しなかった。僕のマヨネーズ取ってくれただけでしょ?」

「そういうことにしておくか」

「うん。嫌じゃ…なかったよ。」

「そっか。」

僕はお弁当を閉じ、教室に戻ろうとした。

その時、東雲さんが「ちょっと待って」と僕の手を掴んだ。

そして、僕の制服で隠れている首にキスをし、「これでもう忘れないでしょ。」と、キスマークをつけた。

僕は段々と顔が赤くなっていき、「し、失礼します!」と言い走って行った。

今まで、恋愛もせず、ただひたすらに親の言う通りに生きてきた。

真っ白に生きてきた。清く生きてきた。

ただ、その白が僕には穢れに見えていた。

誰かに染めて欲しかった。

誰かに僕を汚してほしかった。

僕を綺麗に染めてほしかった。

でもそんな僕の前に思い出したくもない、大嫌いだったはずの東雲さんが現れた。彼は僕を穢してくれる。

僕を綺麗にしてくれる。

僕は東雲翡翠という甘い毒にハマってしまったみたいだ。この甘い毒を飲み干したい。沈みたい。

東雲翡翠が僕の人生に現れたその瞬間、

僕の人生の旋律は一瞬にして崩れた。

あの甘い毒に溺れたい。

僕は首のキスマークに手を当てて、そう思った。


放課後、僕はいつも通り一人で家に帰った。

「ただいま帰りました。」

「おかえり。袮音。ピアノの講師さん、あと一時間もしたら来ると思うわ。」

「なんという名前の人なんですか?」

「それは…来たらわかるわ。」

「え?」

「とりあえず、手を洗って、ピアノの練習をしなさい。」

「…わかりました。」

僕は言われた通り、手を洗い、ピアノに指を乗せ、コンクールのために奮闘していた。

すると、コンコンコンとお母様のノックの音が響いた。

「講師の方が来てくださったわよ。開けていい?」

予想よりも早くに講師の人が来てしまった。

「はい。大丈夫です。」

僕がそう言い立ち上がると、お母様がドアを開けた。

その時、僕は唖然とした。

「どうも、講師の東雲翡翠と申します。」

東雲さんが、講師として来ていたのだ。

「え…お母様、これはどういう…」

「私は、あなたにとっていい刺激になるのかなって。そしたら、上達すると思って…」

「刺激って…」

「とりあえず、頑張って!翡翠くん、よろしくね。」

「はい。ありがとうございます。」

ガチャンとドアが閉まり、お母様が出ていく。

「東雲さん、これはどういう…」

「ただ教えに来ただけだよ。」

再び顔が赤くなる。

「赤面症なの?いつも顔赤くなっちゃってる。」

「こ、これは別に…」

「そっか。」

東雲さんは僕の頬に手を当て、顔を近づけた。

僕はぎゅっと目をつむり、ぎゅっと口を閉じた。

すると、「何もしないよ。」と僕にデコピンをした。

「いてっ」

「俺は二時間だけ君の講師。忘れないでね。」

「まあ…じゃあお願いします。」

「とりあえず一曲弾いてみて。」

「じゃあ、ラ・カンパネラを弾きます。」

僕はコンクールで東雲さんに負けてしまったこの曲を敢えて選択した。

大きく息を吸い、鍵盤に指を当て、演奏し始める。

東雲さんは腕を組みながら後ろで演奏を聴いている。

僕は十二分間、ひたすらに引き続けた。

「ありがとうございました。」

「やっぱり、俺は今のままでいいと思うんだけどな。」

「え?」

「完璧とは言えないのかもしれない。けど完璧なんてできない。誰が何をもって完璧と言うのか。今の君はしなやかな演奏で、力強か引くところもしっかりできている。俺はこれを完璧と言いたい。」

「え…じゃあどうすれば」

「伸ばさなければいい。」

「でもまた幻滅されたら…」

「前に聴いた君のラ・カンパネラは確かに不十分な点がいくつかあった。リズム感、間、強弱全てがまだ不十分だった。でも、今はこれがとても良くなっている。だから幻滅はされないさ。」

「でも、お父様もお母様も伸びないって、まだまだ練習しろって。」

「そっか。そしたら練習だけしていたらいいんじゃない?伸びようとするから辛いんだ。」

「なるほど…」

「てことで、こっからレッスン始めますか!」

「はい、お願いします、先生。」

僕はそう言い、再びピアノに向き合った。

そこからと言うものの、僕は楽しくレッスンすることができた。

「ありがとうございます。先生。」

「二時間疲れたな。」

「お疲れ様です。先生。」

そう言うと、東雲さんは僕に近づき

「もう先生じゃないよ。」

と僕に口付けをした。

僕は少し顔を離し「翡翠、僕の部屋に来てよ。」

そう言い、隣の部屋に翡翠を呼んだ。

「部屋ってことはそういうことしちゃう?」

「ギリギリで耐えてよ。」

「焦らすね。」

翡翠は僕をベッドに倒し、僕を食べるように口付けをした。

息が漏れる。

メガネを外し、何度も何度もキスをする。

すると翡翠は僕の制服のボタンを胸の辺りまで開け始めた。

「まって、」

「大丈夫。印付けるだけ。」

翡翠は僕の首や鎖骨や胸にキスをし、印をつけた。

制服で見えないところには、大きいあざのような印もつけてきた。

「本当はここから先に行きたいところだけど、今日はキスで我慢するよ」

「翡翠…」

僕は翡翠に再びキスをした。

甘い口付けが、ご褒美のようなもので僕はまた快感を覚えた。

僕たちはベッドに寝転がり、向かい合っていた。

「レッスン終わりはご褒美と、キスのレッスンだな。」

「いいの?」

「うん。もう、なんならレッスンしないでずっとキスでもするか?」

「いいけど、ダメ。」

そう言い、僕は再びキスをした。

しばらくして、翡翠を家に送ることになった。

「今日はありがとう。」

「いいんだよ。楽しかったし。」

家まで送り、帰り道。

一人暗い道を歩く。

夜風が沁みる。肌寒く、そしてこの独特な匂いを嗅ぐ。

僕は翡翠が好きなのかもしれない。

薄々気付いてきたその感情を僕は必死に抑えていた。

なぜか。

理由は一つ。

翡翠は僕を好きではない。

翡翠のキスは、翡翠の甘い言葉は、翡翠の毒は

僕を落とすためだ。

僕に勝つためだ。

僕の才能を認めるのも、

そういうことなのかもしれない。

それでも僕はこの甘く、深い毒に沈んでいたかった。

孤独に気付けば、僕はもっと落ちるだろう。

翡翠との口付けを思い出し、唇を指でなぞる。

暗闇の中、鼓動が響く。

あのキスが、僕のためじゃ無くても

僕のためにしていたい。

好きを隠して、交わるだけ。

それだけだ。

恋をしてしまえば、孤独に気付いてしまうだろう。

僕の最も恐れている孤独に。

ただ、翡翠をもっと感じたい。

僕は翡翠への気持ちを隠し、夜に行われる数分のレッスンⅡを快感と捉える。そう、捉えたい。

そう思った瞬間

僕の人生の旋律は完全に崩れた。

有害な毒を飲み干すように。

甘い毒に溺れるように。

贅沢な毒に浸かるように。

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