昭和の学校2
こんな事になるなら、初めから両親を説得し私立を受験すべきであった。そう考えて見ても、もう後の祭りである。次の日何とか心に決心をつけ理容院へ行く。すると散髪屋のマスターが、
「今度中学入学かい、川上中学校だねおめでとう、勉強がんばってね」すると僕は理容院のマスターにこうお願いした。
「おじさん、僕、丸刈りにするの初めてだから、なるべく長髪に近い丸刈り頭にできませんかね、できればこの短髪風に」
僕は理容院内にサンプルとして貼ってある坊主頭と言うより短髪風のモデルの髪型を見てそう言った。なぜならその髪型がその時、僕が丸刈りを受け入れできるギリギリの限界の髪型だったからだ。
すると叔父さんは、あっけらかんとした口調で
「知らねえのかい?川上中学校は、一分狩りって校則で決まっているんだよ、二分狩り、五分狩り、すべてアウトよ、私が今この髪型に切ってもいいけど、また入学してから学校で検査があるからね、この髪型だと切り直しって先生に言われるぞ」
その時僕は、リンゴ狩り、いちご狩り、など果物の収穫刈りは聞いたことはあったが、一分狩りなど、二分狩りなど頭髪の刈り方など何の事かさっぱりわからなかった。
「え、そ、そ、そうですか?そしたら仕方ないです。じゃ一部刈りでお願いしますかね」まるで食堂に入りかつ丼や天そばでも注文するような感じで、マスターにそう伝えた。
それから、自分の前に先客がいたので、順番待ちの椅子に腰かけ初めての丸刈りの順番をドキドキしながら待つていた。僕はこの理容院は、小学校から通っているのに、中学校の校則まで知っているマスターはなぜ、中学校に進学すれば丸刈りだと僕に教えてくれなかったのだろう。子共の頃から毎月欠かさず散髪に通っていたのに、少しでもその時話があれば今度行く中学校に進学することも無かったのに・・・そんな誰かのせいにしてまで、その時の僕は丸刈りになるのがそれほどいやだった。
床屋の順番待合ちの椅子に、黒い革ジャンを着てぼくの前に散髪を待っている一人の男性が居る。この男性、どう見ても髪は短く一分狩りの坊主頭である。一見やんちゃなバイク乗りって感じがする。歳は十八歳ぐらいであろうか。不思議に思うのは、この髪型でいったいどこをどう散髪するのかと思うのである。すると、彼の順番になり床屋の散髪椅子に座るとその男性は、マスターにすかさずにこう言った。
「いつものやつでお願いするよ」僕はその時思った。いつもの髪型だって本当におかしいことを言う人である。もしかしたらその時僕は、彼はてっきり男性用のかつらでも付けるつもりなのかと思っていたが、でもかつらでは無かったのだ、何とマスターが理容ばさみを持たず、カミソリを磨ぎ始めた。その磨ぎ方がまるで洋食のローストビーフでもこれから切ろうとする料理人のような佇まいに見える。それを見て僕は、何だ髭剃りだけをしてもらう為にこの兄ちゃんは来店したんだなと思った。しかし、その髭剃りは、僕が予想していた彼の顔の部分では無く、何と彼の頭部に当て始めたできないか。頭部のあの短い一分狩りの髪の毛を石鹸を付けて剃り出している。いやこれには僕も驚いた。何もこんなに短く生えた髪の毛を剃り切らなくてもいいのにと・・・・
彼のかろうじてあった髪の毛が、まるで小学校の時、磁石で砂鉄を集めた理科の実験のように、たちまち細い黒の毛根がカミソリに吸い取られ、跡には正月の鏡餅のような、めでたい頭部が現れた。男性はテカテカに光った理容院の大きな鏡に映る頭部を、しきりに左右前後に動かし散髪の出来栄えを見ている。そして、ひととおり散髪の工程が終わりマスターが男に言った。
「大変お疲れ様でした。どうですか後ろはこんな風に仕上がりました」マスターは手に持った小鏡を男の後に当て、自信満々の表情で仕上がり具合を確かめた。そして、手元からタバコを一本を取出し兄ちゃんに渡し、店のライターでタバコに火まで付けてやる
そればかりか、頭や肩のマッサージまでしてあげる過剰サービス対応だ。マスターとこの客との会話を聞いていると、どうもこの店に通うのはまだ今年になってからの様だ。新顔の客には特に対応が良いマスターだ。
「満点、満点、今流行り、今流行り、バッチグー有難うマスターこの店最高」彼の黒い革ジャンにスキンヘッドが妙に似合う。僕はその光景を見て彼に聞いた。
「この髪型今流行ってるんですか?」すると兄ちゃんは理髪店の鏡越しに僕の顔見て
「流行ってるよ、原宿では今一番ナウイ髪型よ、ねマスター、君もこの髪型にすれば明日から学校中のヒーローよ」そう言って店を出てアメリカンスタイルの大きなバイクに乗り颯爽と店を後にした。それを聞いた僕は、どうせ丸刈りにするなら、僕も学校中の人気物になってやるぞと思い、さっきまであんなに丸刈りになることへのプレッシャーもどこ吹く風のごとく、スポーツ刈りの限界はおろか、一分狩りさえも飛び超え、スキンヘットと言うワイルドで、もうこれ以上は理容院に存在し無い究極の髪型を選び散髪することにした。